第19話
結論として、彼らに見合うリリーファーは見当たらなかった。
「……どうするか」
「どうしようかねえ」
結局、最初のベスパの場所に戻ってくるほかなかった。ベスパの前では先ほどの整備リーダーがニコニコと二人の帰りを待っていた。
「どうだい? リリーファーを見て? 大会のリリーファーはどれもいいものばかりだろう?」
「そうですね……けれどいいのはあまり」
崇人がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに整備リーダーは崇人の方に顔を近づける。
「そういうと思っていてね! ベスパ、まだ使えるよ! チーム貸切ってのもありなんじゃないかな!? なんて」
「チーム貸切……なるほど、その手が」
整備リーダーの言葉にヴィーエックは頷く。理解していない崇人はヴィーエックに訊ねた。
「なあ、『チーム貸切』ってなんだ」
「チーム貸切というのは、名前のとおりだよ。チームで一機、リリーファーを貸し切るんだ。それしか使うことができない代わりに、細工をされる心配も少ない。最近はあとの選手を妨害するためにわざとりリーファーコントローラーを盗んだりする輩も居るからね。その対策には効果的、ってもんだ」
整備リーダーの言葉に、彼らは頷いた。確かにそのとおりである。この大会は勝てば『国お抱えの起動従士』になれるチャンスを得られる。そのためならば何だってするだろう。それがたとえ規約を違反していても、だ。
だからこそ、その対策をしなくてはならない。する必要があり、する義務があるのだ。
「……けれど、エスティはいいよ。ヴィーエックもいいかもしれない。だが、アーデルハイトとヴィエンスの二人には何も言ってないじゃないか。このまま俺らで決めていいものなのかねえ」
「いいんじゃないの?」
「って、アーデルハイト!? いつの間に……!」
気がつけば、ヴィーエックの後ろにはアーデルハイトが立っていた。ヴィーエックの肩に手をかけて、したり顔で笑っていた。
「いやあ、楽しそうな話をしているもんだからさ。ついつい参加しちゃうわけですよ。……んで? チーム貸切だって? なんか面白そうなことしようとしているねえ」
「面白そうなこと、というか、チーム貸切は一番リスクが低いからね。便利っちゃ便利だ。それが一番だと思うし」
「まあ、そいつはそうだ。それが国のお抱えと違うところだね」
アーデルハイトは手に持っているミルクティーの紙パックジュースを一口飲む。いつの間に買ってきたのだろうか。
「だけれど、まだ全員の意見を聴いてないから、ダメだと思うんだよね」
「いいや、タカト。そんなことは問題ないと思うぞ? 特に問題もなく、全員の了承を得られるはずだ」
「どうして?」
崇人の問いにアーデルハイトは小さく微笑む。
「……なんとなくさ」
アーデルハイトはそう言って、崇人の肩をぽんと叩いた。
アーデルハイトの言うとおり、エスティは勿論ヴィエンスもこれに了承してくれた。
「……確かに、安全性を考えるとチーム貸切の方が一番だろうしな」
というのが、ヴィエンスの結論だったらしい。
「まあ、結論も出たことだし……これでいいかな?」
アーデルハイトがそう言ったことで全員は小さく頷く。それを見て整備リーダーはニッコリと笑みを浮かべた。
「よしっ! それじゃ手続きするから、もうちょっと待っててね。……えーと、書類はどこいったかなあ……」
「しっかりしてくださいよ~」
エスティはそう言いながら、整備リーダーの背中を軽く叩いた。
整備リーダーはそれに気づかないようで、棚の一つ一つを捜索していた。
「……リーダー……、これ」
そこに、薄幸そうな少女が通りかかった。格好が整備士と同じなので、彼女もまた整備士なのだろう。
レモンイエローのポニーテールがキャップからはみ出ていた、少女だった。目はクリッとしていて丸く、色白の肌がその髪と相まっていた。
「……あら、これ」
手に持っていたものをリーダーは見て、言う。
「これ、チーム貸切の許可書じゃない。どうしてあなたが?」
「さっきリーダーが、足りなくなったから大会本部に貰いに行ってと言われましたから」
「ああ、そうだったわね。ありがとう。ご苦労さま」
そう言って少女から書類を受け取る。
少女は小さく頭を下げて、その場から立ち去った。
「……まあ、一先ずいただけたので、これを使ってください。えーと、チームメンバーの名前だけ書けばまったくもって問題はないので」
「ああ。了解です」
そう言って、崇人が代表して受け取る。ペンも受け取り、全員のメンバーの名前を書く。そして、それを整備リーダーに渡した。
「はいはい! これでオッケーだから。私の方で出しておくからね。それじゃ、大会の試合をお楽しみに!」
そう言ってこちらに手を振り、整備リーダーは走ってどこかへ向かっていった。
「……まあ、結局これで決まってしまったということで……。もしかして、ほかの誰かで別のリリーファーにした人がいるかな? いないかな?」
アーデルハイトが訊ねると、ほかのメンバーは特に反応もなかったので、つまりは誰もリリーファーをほかに決めていなかったことになる。ある意味好都合だったわけだ。
それを見て、アーデルハイトはほっと一息つく。
「いやあ、もしこの中に『何か俺は別のリリーファーを見つけたぜ!』って人がいたらどうしようかなあ、とかおもっていたけれど、みんなこのリリーファーが好きになったということで! よかったね、エスティ!」
「え!? え、ええ……」
エスティは自分の名前が突然呼ばれたので驚いていた。無理もない。
「一先ず決まったことだし、一度集まって今後のことを話し合ったほうがいいだろう」
アーデルハイトの言葉に従い、エスティたちは一度部屋へ戻ることとした。
部屋に戻り、崇人は鏡を見る。自分の顔は疲れてはいないようだった。崇人はこの数ヶ月ですっかりこの体に慣れてしまった。それは人間の普通のようにもみえて、恐ろしくも思えた。
もうこのままなのだろうか――崇人は思い、自らの頬を触る。それはつい数ヶ月前ならばありえない感触だった。
だが、生きている。ここがどんな世界なのか漸く理解できた頃だが、それでも生きている。それだけでも、まだ救われているのかもしれないと崇人は思った。
「タカトー? 急がないと会議始まっちゃうよー?」
トントンとノックしたのはエスティだった。
「ああ、わかった。急いでいくよ」
そう言って、崇人は部屋を後にした。
部屋を出て、会議を行うのは各フロアにひとつずつ存在するミーティングルームだった。ミーティングルームには円形のテーブルがあり、そこに並ぶように椅子が置かれていた。すでに崇人とエスティ以外の全員が着席しており、崇人とエスティは隣同士に座った。
「……それじゃ、これから会議を始める。アリシエンス先生はすでに大会側……恐らく『オプティマス』の活動だと思うのだけれど、それに向かった。というわけで、私が指揮をとることにする」
「ちょっと待てよ。どうしてアーデルハイト……あんたが指揮権を握っているんだよ。ここは俺がやるべきだろ」
「ヴィエンスと言ったかしら。どうして、あなたがリーダーになれるのかしら? 私は先生に直々と言われたのよ?」
そうアーデルハイトが言うと、ヴィエンスは舌打ちをする。諦めたらしい。
「……話を戻す。一先ず、リリーファーは先程のことのとおり、『ベスパ』になった。あれはスタンダードであり、あの鶏冠が一番の武器だ。それで各人にはそれを活かす戦い方を推奨する。それが一番戦いやすいだろうからな」
アーデルハイトの言葉に全員が頷く。確かに、彼女の言うことは最もだった。鶏冠は強力な武器になると、あの整備リーダーも言っていた。彼女の言うことを聞くのならば、それを使うのが道理だろう。
「だが、一つだけ問題が発生する」
そう言って、アーデルハイトは話を展開していく。
「鶏冠は確かにいい攻撃のポイントとなる。だが、それは相手にも解りやすい。いや、自明な点だ。それをメインで攻撃していけば、確実に攻撃パターンは読まれるだろう」
「そりゃそうだな。俺が敵ならそうやってる」
そう返したのは、ヴィエンスだった。
「……そうだ。ヴィエンスも言ったとおり、この鶏冠はこのチームにとって利点であり欠点であり弱点である。だから、それをどう乗り越えていくか、考えなくてはならない。……そのためにも、ここで話し合おうではないか」
「それでみんなで仲良く同じ対処法をとろうってか? ふざけてる」
ヴィエンスはそう言って机を叩いた。直ぐにアーデルハイトがそれに応える。
「違う。そう言う意味ではない。ただ、三人揃えば文殊の知恵とも言うだろう」
「なら俺はここには要らないな。なぜならここには俺を含めて五人居る。俺がいなくても四人だ。文殊の知恵は出てくるだろ」
そう言ってヴィエンスは立ち上がり、ミーティングルームを後にした。アーデルハイトは後を追いかけようとしたが、それよりも早かった。
アーデルハイトはしょうがないと一つため息をつき、言った。
「……集まってもらって申し訳ないんだが、明日の対戦相手を君たちに伝えてから、解散としよう。各自、それなりの方法を考えておいてくれ」
そう言ってから、アーデルハイトはそれぞれの対戦相手を言っていく。なぜ知っているのか――と崇人は訊ねたが、「アリシエンス先生から聞いた」の一点張りだった。大方、どこからか圧力があるのだろう。
そして、彼女が言った対戦相手は次のとおりだった。
崇人とは、北ヴァリエイブルのアレクサンダー・ヴェロカーロック。
ヴィーエックとは、西ペイパスのアロイス・ケーヘナ。
アーデルハイトとは南ヴァリエイブルのエリーゼ・ポンラジュア。
エスティとは東ペイパスのバルバラ・ボンターニュ。
そして、ヴィエンスとは北ヴァリエイブルのフランシスカ・リキュファシュアとなった。
どれも崇人たちが知らない名前であった。
それが終わり、アーデルハイトは席を立ち上がり、言った。
「それじゃあ! 明日から大会の予選が始まる! 張り切って行こうではないか!」
その声に、全員は拍手をあげた。
崇人たちがそういうミーティングをしていた頃。
「……マーズ。ちょっとまずい情報が入ってきたわ」
ティパモール近郊にあるとある民家は、カモフラージュしたものとなっており実際には軍の基地となっている。その基地の奥、司令室で指揮を取るマーズにフレイヤが告げる。
「それは私の名前と『まずい』をかけた高度なギャグのつもりかしら」
「そういうわけじゃないわ! ……ったく、ちゃんと聞いてよね」
そう言って、フレイヤは目の前に資料を突きつける。
「……これは?」
「これは『赤い翼』のメンバープロフィール。まあ、詳細な事は書いていないけれど。出動するかもしれないから、顔くらいは覚えておいて」
「……まさか」
漸くマーズも何かに気づいたらしく、顔を青くする。
「そのとおりよ」
対して、フレイヤは真剣な面持ちで言った。
「――『赤い翼』が行動を開始した。恐らく……目的地はセレス・コロシアム」
そして。
「それではこれから『大会』第一回戦を開始したいと思います! 第一試合は、南ヴァリエイブルのエーゴン・ヴァッド対東ペイパスのアルミン・ノーティマスです!」
ついに第一回戦の日がやってきた。歓声がスタジアム一面に湧き上がる。
スタジアムはすでに満員である。大会はいつもこのような感じであるが、今日はいつもよりも熱狂に包まれている。
「すごいなあ……。昨日の開会式以上の熱気があるじゃないか」
崇人が呟くと、アーデルハイトがシニカルな笑みを零す。
「だから言ったじゃないか。開会式よっか本選の方が熱気も強けりゃ人も多い、ってね」
「……なるほどね。こういうことか」
そう言って、崇人はモニターを再び眺めた。
アーデルハイトはそんな面々を見ながら、あることを思い出していた。
昨日、ミーティング終了後。アーデルハイトは自分の部屋に戻り、休憩していたときのことだ。
「……ふう」
ベッドに座り、アーデルハイトは一息ついていた。
彼女が持つ衛星電話の着信音が鳴り響いたのは、ちょうどその時だった。
「……もしもし」
耳に当て、応答する。相手は、マーズだった。
『もしもし、マーズ・リッペンバーです。調子はどう?』
「まずまずですかね。なんとか協調性が見られたといいますか……ところで、そんなクダラナイ内容で電話をしてきたわけではありませんよね」
『……ええ、そうよ。あなたの言うとおり、本当の目的は――「赤い翼」について』
「『赤い翼』が行動を開始した……そう言いたいのですね?」
『ええ』
「『赤い翼』は……以前セントラルタワーを占領した連中が属していた組織でしたね。……それで、彼らはどこへ向かったというのですか」
『恐らく。いや、確実に……セレス・コロシアムへ向かうものだと思われる。セレス・コロシアムは大会会場だ。そこを占領して、自分たちの力を示すなどするのだろう。……バカバカしい。力からは力しか生まれない。争いから争いが生まれるのと同じようにだ。そういうことを、やつらに叩き込まねばならない。この長い戦いを打ち切るためにも』
「……そうね。たしかにそのとおりだ」
アーデルハイトはそう言って微笑む。今彼女が微笑んでいるのは、到底見えることはない。
彼女が考えていることなど、誰にも解ることはない。そう、ほかの誰にも。
『――どうしました? 調子でも悪いですか?』
「え、あ、ああ……いや、なんでもないです」
アーデルハイトはあくまでも平静を装い、話を続ける。
「それで、どうするつもりです? まさか私とタカトに戦わせるとは……ここのリリーファーは軍事用リリーファーとは大きく劣化したものです。こんなものでテロ活動を抑止できるとは到底思えないんですが」
『そんなことは軍だって解っている。私たちが今そちらに向かっている。……明日にはそちらに着くだろう。何をしでかすか解らないが、そう簡単にあいつらも手を出さないと思う。だが、だからといって油断は禁物だ。もし、そうなった場合は君たちに一任する。……私の言っている意味が、解るな?』
マーズが言わなくとも、アーデルハイトはそれがどう言う意味なのか理解できた。つまりは何かあったら煮るも焼くも好きにしていいということだ。それを聞いて、アーデルハイトは口元を緩ませた。
「……解りました。とりあえず、そのとおりにしましょう。それで、大会側には勿論……」
『ああ。今は秘密にしておいたほうがいい。最悪バレたとしても憲法で我々は守られる。君も勿論だ。それは安心してもらっていい』
「なるほど。解りました」
そう言って、アーデルハイトは着信を切った。
そして、ベッドに横たわる。考えていたのは、明日の戦いのことだ。それも自分の試合ではない、崇人の試合についてだった。
相手が――悪すぎる。
「まさか……直々にやって来るとはね……」
そう言って、アーデルハイトは眠りについた。
その頃。
「……いよいよ、明日が『大会』だったね」
「ああ。その通りだ」
白の部屋で少年と部屋が会話をしている。少年はシニカルに微笑み、林檎をひと齧りした。
「ほんとうに『大会』に向かうのか? ……あいつもいるというのに」
「なんというか、心配になるからさ。ハンプティ・ダンプティ。君だってそうだろう?」
「君がその名前で呼ぶのは、ほんとうに久しぶりだな。『|帽子屋(マッドハンター)』」
「やめてくれよ」
帽子屋は微笑む。
「――僕は帽子も被っちゃいないんだぜ。なのに、その名前で呼ばれるのは少々辛いものがあるんだ」
「仕方がないだろう。『シリーズ』の中で空いているのが帽子屋、つまり君のポジションしかなかった。……もし帽子屋でなく『ハンプティ・ダンプティ』が空いていればそうもなっただろうがね」
「ふうん……。まあ、しょうがないよね。僕には運がなかった。それだけのことだ」
そう言って帽子屋は頷く。ハンプティ・ダンプティは小さくため息をつく。
「……そうかもしれないな。だが、一先ずは『インフィニティ計画』遂行が我々の最重要事項ということは忘れないでくれ」
「……解っている」
そして、会話は終了した。
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