第18話

 そのころ、マーズ。


「……まったく、お上も面倒くさいことばかりするんだから。これが終わったらほんとうに有給を手に入れるわよ」

「そんなお堅いこと言ってると、また皺が増えるぞー?」

「増えてないし!? まだ一個もない、うら若き乙女に向かってその言葉は!!」

「自分でいうのもどうかと思うがね……」


 マーズの隣にいるのは、マーズよりも背の高い女性だった。薄い金髪に白い肌、女性にしては長身で、しかし男性に比べれば華奢な身体はまさに女性から見れば理想のプロポーションで、世の女性が羨むほどだ。


「……で? 私にそういう話をしに来ただけですか。起動従士のフレイヤ・アンダーバードさん?」


 マーズの言葉ににしし、と笑うフレイヤ・アンダーバード。まるで悪魔のような微笑に、マーズはただため息をつくしかなかった。

 フレイヤ・アンダーバードはマーズの一年先輩だ。マーズのように『大会』で見つけられた――それを『原石』というのだが――のではなく、国に志願したことでなった『輝石』という存在である。そのためか、マーズの方が起動従士としての結びつきが強い(『原石』で入った起動従士が狗と呼ばれるのも、それが所以とされている)。


「……そうそう、一つ気になってだね。ペイパスから来たという起動従士、名前はなんて言ったかな」

「アーデルハイトさんのことかな?」

「そうそう、アーデルハイト。彼女のことだけれど、ほんとうに、信用していいものなのだろうかね?」

「……何を言っているの?」


 マーズははじめ、フレイヤが言っている言葉が理解できなかった。


「だから、アーデルハイトさんはペイパスの起動従士なんでしょ? 今までペイパスと啀み合っていたってのに、どうして急にペイパスと協力しようと思ったのかね、うちのお偉いさんは?」

「それは、ティパモールの紛争を平定するためでしょう。ティパモールの紛争が長引ければ、ヴァリエイブルは勿論のこと、ペイパスまでも被害を被るから」


 マーズの答えに、フレイヤはせせら笑う。


「いやあ、まさかそこまで普通すぎる答えをするだなんて」

「……何がおかしいのか、さっぱり解らないのだけれど」

「『原石』のくせして考えていないのかと言いたいのよ、マーズ。あのアーデルハイトに私も会った。挨拶しに来たからね。それで……確信したよ。あいつは、心が読めやしない」

「心?」


 マーズは、フレイヤの言葉で出てきたその単語をリフレインする。


「そう、心がないというわけではないと思うけれど、心が読めない。つまり、何を考えているのか、さっぱり解らないんだよ。だからこそ、不安で仕方ない。あれを、今は大会警備とか抜かして学生とともに居させているのだろう? もし、それが裏切って学生たちに危害を加え、大会を中止に追い込ませるとかしたらどうするんだ。ヴァリエイブルは世界的に非難され、国が解体されかねない。……もしかしたら、それを狙っているんじゃないか。私はそうも考えられるんだよ」

「……そうかねえ。私はそうも思わないけれど」

「あんたの絶対的自信はどこから来るのか知らないが、少しは余裕をもって行動しろよ? もし何かあったらたまったものじゃないんだから」

「心しておくよ」


 そう言ってマーズとフレイヤの会話は一旦終了した。

 通路を並んで歩くふたりは同僚には見えず、よく言っても姉妹にしか見えなかった。

 マーズはふと思い出して、フレイヤに訊ねる。


「――そういえば、フレイヤもこちらの担当なのか?」

「ああ。ティパモールの平定に、お上は相当力を入れるらしいね。だけど、ここで言う話じゃないかもしれないが、ティパモールにここまで力を入れる理由があるのか?」

「ペイパスと共同で平定し、開拓することで、互いの平和の象徴にでもするんだろう。お笑い草だ」


 マーズは冷たく告げる。


「しかし、本当にそうなのかね。ペイパスはアーデルハイトを遣わせてから、その後は何もない。いったい何を考えているというんだ、ペイパスは?」

「ペイパスにもペイパスなりの考えがあるのだろう。恐らく」

「だとすればいいんだがな。ペイパスは結構淡白だ。そういうので、何かを狙っていてもまったく考え取れない。ポーカーフェイスがうまいとはまさにこのことだ」


 フレイヤの言葉は、確かにそうだった。ペイパスは黙りを決め込んでいる。おそらくは、この事件の殆どをヴァリエイブルに解決させるのではないかとも考えられる。その後、疲弊したヴァリエイブルにペイパスが戦争を持ちかけることすらも考えられる(アーデルハイトが国内にいる限り、可能性は低いが)。


「……まあ、一先ずはこれから始まる作戦会議でなんとやらというわけだ。どうなるかはさっぱり解らないがな」

「実際にどう転がるか、ね」


 そして、彼女たちは目の前にある扉を開けた。



 ◇◇◇



 その頃、セレス・コロシアム。

 崇人たちはその中にあるホテルの一室で暇を持て余していた。


「……にしても、明日かあ。明日とはいえ、やることもない。どうすりゃいいかねえ……」


 崇人はベッドに寝転がって、呟く。


「適当に時間を潰しているのは君くらいのもんだ。ほかの人たちは既にいろいろ調査に出かけているぞ。そう、例えば……リリーファーのチェックに回ったり、とかな」


 アーデルハイトはベッドに腰掛けて、言った。


「リリーファーのチェック、か……。よし」


 そう呟いて、崇人はベッドから立ち上がる。


「どうした?」

「あんたの言ったとおり、リリーファーのチェックに向かうんだよ。ちょっと遅いかもしれないがな」

「そう。ならば私もついていこうかしらね」

「ついていく?」


 アーデルハイトが言った言葉に、崇人は怪訝な表情を示す。

 対して、アーデルハイトは笑顔を崩さない。


「ダメかしら?」


 ――ダメ、とは言えなかった崇人であった。



 リリーファーが保管されている倉庫は、コロシアムの地下にある。場所を捜索され、リリーファーに細工をされないよう、毎回場所は変わるし、幾つかダミーを設置しておくし、入るには選手の指紋が必要である。だから、そう簡単には入れない。

 そんな場所へ、二人はやってきた。


「……地下と聞いたから暑苦しいと思っていたが、案外涼しいな」

「そりゃここにあるのは精密機械だからね。そう簡単に壊れないとはいえ、万全を期しているわけだ」

「はあ、なるほどね」


 崇人が興味のなさそうな表情を示すと、アーデルハイトは苦笑する。


「なんだ。君がこれから乗るリリーファーをチェックしに来たのに、なんだそのやる気のない表情は。それでは、一回戦で勝ち残ることすら危ういぞ」

「余計なお世話だ」


 崇人はそう一瞥して、あたりを見渡す。

 まわりにはたくさんのリリーファーが居た。幾人もの整備士が居たのは、その全員がリリーファーの整備にあたっているためだろう。大会にはどんなミスがあってもいけないということからだろう。


「ミスが命取り、とはいえここまで整備士はいらないんじゃないか……?」

「整備士といっても整備クラスの連中も居るけれどね。合わせて……ってわけだ。ここでいい整備をすれば、同じく国仕えになる」

「彼らにとってもチャンス、ってわけか……。解らんな、なんだか」


 崇人はそういいながら、倉庫を巡るために歩き始めた。リリーファーの周りには整備士のほかに、整備士に話を聞いている人間も居た。おそらくは、彼らが選手なのだろう。彼らはリリーファーのスペックを学び、研究するのだ。

 崇人が歩いていると、見知っている顔を見かけたので、それに向けて声をかけた。


「エスティ!」


 声をかけると、エスティは振り返った。

 エスティの隣にはヴィエンスとヴィーエックがいた。ヴィーエックは崇人に気づくとこちらを見て柔かに微笑んだが、対してヴィエンスは顔を顰めた。


「ここまで相反する反応をされると逆に面白いよ」


 崇人はシニカルに微笑むと、ヴィーエックがゆっくりと近づいてきた。


「君とちゃんと話すのは、初めてかな。タカト・オーノくん」


 ヴィーエックはそう言ってニコリと笑う。なんというか、崇人は今この男の底が見えないことを不安に思っていた。別にチームメイトであるのだから、そんなことは気にする心配もないように思えるが、しかしそれはチームメイトだからこそ気にすることなのである。

 チームメイトの中でミステリアスな存在がいるとすれば、それは少々ネックである。

 団体戦というものは、『チームの団結力』が問われる。だからこそ、できることならオープンにしていなくてはならない。こういう論に至っては、各々の考えがあるが、少なくとも崇人はそのような考えを抱いているようだった。


「……初めてといえば初めてになるな。それで? 何か用か?」

「まあ、そう固くなるなよ。僕は穏便に話がしたいんだからさ」

「穏便、ねえ」


 正直、チームメイトの中で一番掴みづらい人間であったヴィーエックを、まだ信じてはいなかった。

 いつも笑っているからだ。彼の母親から受け継いだアースガルズの血は美しい金髪で残っている。アースガルズ人は差別の対象にあり、それはハーフである彼も例外ではなかった。しかし、今彼は笑っている。それが『喜び』のものか『嘲笑』であるのかは、崇人には解らないのだが。


「……疑うのも解る。けれど、チームメイトだ。お互い頑張ろうじゃないか」

「言いたいことは解るんだがな。はっきり言わせてもらうと、どうも胡散臭い。信じようにも信じられないね」


 崇人がそう言うと、ヴィーエックは小さくため息をついた。


「……済まない。エスティくん、アーデルハイトくん。少しここで待っていてもらえないかな。僕はタカトくんと少し作戦会議をしたいものだから」


 ヴィーエックがそう言うと、二人は頷いた。それを見て、ヴィーエックは崇人を半ば強引に連れ出し、どこかへ向かった。

 ヴィーエックと崇人が着いたのは、倉庫の奥にある素材置場だった。ここには使われなくなった素材がたくさん置かれているようで、人もあまり立ち入らない空間のようだった。


「……ここまで呼ぶとなると、どうにも重要なことらしいな」


 崇人が呟くと、ヴィーエックはシニカルに微笑む。


「申し訳ないね。流石にあそこでこの話は出来ないと思って」

「それほど重大なことらしいな」

「ああ。特に『君にとっては』、ね」


 ヴィーエックが言ったその言葉に、崇人は少し引っかかった。

 しかし、崇人は直ぐにその意味を知ることとなる。


「――なあ、タカトくん。実は僕も、君がいた世界から来た人間なんだよ」


 その言葉を聞いて、崇人は愕然とした。次に、感激した。この世界に前の世界から来たという人間がいる。仲間がいる。それだけで、感極まってしまっていた。

 いくら崇人と仲が良いとはいえ、エスティたちはこの世界の住人であって、崇人が元々住んでいた世界の住人ではない。だからこそ、崇人は不安でもあり、気にもなっていたのだ。

 崇人はこの世界で永遠に過ごさねばならないのか――ということに。

 もともとの世界を嫌いになったわけでもないし、そうかといえば今の生活が嫌という訳でもない。ただし、仮に元の世界へ戻れなくなったとなれば話は別である。やはり、人間というのは元々生まれ育った世界に執着するものである。だからこそ、崇人はこの生活が嫌ではないものの、元の世界へ戻る術を考えていた。しかし、そう簡単には見つからなかった。

 だが、それも今までのことだった。

 目の前には、元の世界からやってきた『友』がいる。仲間がいる。ならば、元の世界へ戻る方法を探すのも若干は楽になるだろう。

 今はそれを飲み込んで、崇人は答える。


「……それは、ほんとうなのか」

「ああ。嘘はついてないよ。この世界で生き抜くには、一人で大変だったでしょう。僕もそうだったから」


 ヴィーエックは優しく微笑む。崇人から見ればそれはまるで天使の微笑みにも見えた。


「……まだ、時間はかかる。だが、いつか必ず元の世界へ戻る方法が見つかるはずだ。気を落とさずに……行くしかない」


 そう言って、ヴィーエックは右手を差し出す。それに崇人は答えるように右手を差し出し、握手を交わした。

 会話を終えて、二人はエスティたちのいる場所へと戻ってきた。


「あら、会話はもう終わったの?」


 訊ねるエスティに、崇人は頷く。


「いい作戦を立てることができたよ。これで明日以降、戦っていい結果が出ることを、あとは祈るだけだ」


 そう言ったのはヴィーエックだった。ヴィーエックの顔は笑っていた。それを見て、崇人も同じように笑った。


「……ふうん。まあ、いいけれど。とりあえず、この機体、いいと思わない?」


 エスティが指差す方向には、一機のリリーファーがあった。全身を黄色で着色されたリリーファーで、ほかにあったリリーファーとは大きく異なっていた。

 その大きな特徴が、頭についている鶏冠のような鋭く尖った角。

 それがまるで、ほかのリリーファーとは異質と思わせていた。リリーファーであるのに、リリーファーでない。


「これは……?」

「リリーファーだと思うけれど、ほかのよりも違うイメージがあると思わない?」


 エスティがつぶやく。


「確かにそう思えるね」


 崇人が言うと、エスティは微笑み、


「そうでしょう? このリリーファー、違うように見えるでしょ。これでビビーンと来ちゃってさ。決めた! 絶対にこれに乗る! 整備員さん! このリリーファーの名前を教えて!」


 そう言って嬉々としてエスティはリリーファーの近くにいる整備士のもとへ向かった。

 ちなみに一体のリリーファーにつく整備士は五名居る。その中でも赤いキャップを被っているのがその中でもリーダーとなる人間だ。エスティはその人間に聴きに行った。このリリーファーの整備リーダーは、栗色のカールした、キャップにまとめきれないほど長い髪の女性だった。


「……はいはーい、うん。これはねー、『ベスパ』って言います。いい名前でしょ? その兵器の中で一番のやつがこの『鶏冠』ですよ。鶏冠は鋭く尖っており、頭突きするとすっごい痛いんですよ。いやー、そこに力込めましたからね! そこで死んだ整備士が多数というくらい……」

「すごい縁起悪い話聞いちゃったよ!」


 エスティと整備士の会話に思わず崇人はつっこみを入れる。


「おやおやー、君はいったいどうしたんだい。突っ込んじゃってさ。夢は芸人かな?」

「そういうことじゃなくて! すげえ縁起の悪い話聞いちゃったよ! 人が死ぬほどの鶏冠……いや、リリーファーの大きさを鑑みれば当たり前なんだが!」

「うるさいなあ……。とりあえずその鶏冠で攻撃するのが一番だ、って話だよ。あとね、この鶏冠は頑丈に作ってあるから乱暴に扱っても問題ないよ」

「いいわね、私このリリーファーに乗るわ。名前……は」

「ベスパ」

「そうそう、ベスパ。いい名前よね。可愛いし」


 可愛いのか? と崇人は疑問に思ったが、そんなことは一切考えないことにした。というか崇人の元居た世界にもベスパというものはあるし、それはバイクか何かだったのだが、それをエスティたちに言う必要などもない。

 エスティはこれ以外のものには頑として変えないらしい。目移りすることもないので、それはそうであるのだが。


「それじゃ、私、このベスパで行くから。よろしくね、ベスパ!」


 そう言ってエスティはベスパに向かってウインクする。ああいうものなのか、と崇人は考えるが、あいにくこの世界でリリーファーを生き物のように扱う人は数少ない。だが、それが正しいのかもしれないと、時に見られることもあるのだ。


「それじゃ俺はどうするかなあ」


 そう言うとヴィエンスは離れ、どこか別の場所へ向かった。大方彼もリリーファーを見に行ったのだろう。アーデルハイトもすでにどこかへ消えていた。

 となると残ったのはヴィーエックと崇人である。


「……どうする?」

「どうしようか」


 二人は顔を見合わせて言う。しかし、それだけでは結論が出てこないのは自明であった。


「……一先ず、回ることにしようか」

「そうだな」


 そう言って、二人は適当に歩き出した。

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