第3話

[2]

 昼休みは学生の数少ない他クラスとの交流時間である(リリーファー起動従士訓練学校は各クラスの棟が別々になっており、それぞれの棟を移動するには授業間の休憩時間僅か五分では移動もままならない)。特にそれが行われるのは中央棟にある学生食堂だ。

 学生食堂に集まる学生は全体の半分近くであると言われている。許容人数は三百七十人とされているので余裕で入ってしまう。なぜならば、学生食堂にはメニューが普通のファミリーレストラン以上に豊富にあるため――とも言われているが、実際にはただ弁当を作るのが大変だったり、行きにお店で買っていくのが面倒だったりするのを凡て解決した結果ともいえるだろう。


「タカトくんも一緒にご飯を食べようよ」


 と、エスティからのお誘いもあって崇人は食堂にやってきたのだった。


「混んでるなぁ……」


 ――会社の食堂とは大違いだ、と言おうとして、崇人はそれを飲み込んだ。

 そんなことを言ってしまったらどうなるかは解らない。まあ、それを言ったとしても何とかして誤魔化すのだが、崇人はそう考えた。


「タカトくん、こっちこっち」


 崇人は食堂でたぬきうどんを注文し、完成したそれを受け取りエスティのよぶ方へと向かった。

 エスティのいるところは四人がけのテーブルとなっており、その内二つ(エスティ含む)は既に埋まっていた。なんでもエスティの幼馴染もこの学校に来ているらしく、その人も招いての昼食である。


「お待たせ。意外と混んでいてね」

「タカトくん、解っていたんじゃない? 初日なのに混まないほうがおかしいよ」

「そうかもね」


 崇人はそう言って微笑んで、箸を持つ。

 うどんを箸で持ち、口に頬張り込んだ。味は……正直、あちらの世界のものにも見劣りしない出来であった。そもそもどうして『うどん』がこの世界にあるのかと崇人は一瞬考えたが特に問題もなかったので考えないことにした。今それを考えても正直なところ、時間の無駄だ。


「タカトくん、そんなにうどん好きなの?」


 エスティの言葉に崇人は頷く。エスティはそれを見て、小さく微笑んだ。


「うどんって、昔からあるんだよね。こんなシンプルで美味しいもの、昔の人はどうして考えたのかなって思うよ」


 そう言ってエスティはすでに注文してテーブルに置いてあったカレーを一口頬張った。

 そういえばなぜカレーもあるのだろうか、やはりカレーも万国共通――いやこの場合は異世界共通か? 崇人はそんな余裕すら見せていた。


「……ところで、エスティ。この子誰なの? あんたのコイビトとか?」


 エスティの向かいの席に座っていた少年が言った。それを聴いてエスティは顔を赤くしてしまった。


「そうする必要はないんじゃないか、エスティ? 違う。俺は……ただクラスメイトだ」

「ふぅん……。ただのクラスメイトねぇ……」


 少年の顔は徐々に何かを考えているのか、ニヤついていた。

 崇人は『こいつとは一緒になってはならない』と考えていた。

 そう、彼の心がそう無意識に考えていた。


「……そうだ。一応自己紹介。私はケイス・アキュラ、一応魔術クラスに入っているよ。そこんとこよろしく」


 そう言ってグーサインをした。心変わりが実に早い人間である。

 崇人はそんなことを考えながら、さらにうどんを頬張った。

 昼休みを半分も過ぎた頃にはうどんの器も空になっており、あれほど満員だったテーブルの列も疎らになっていた。そんな中、三人は談笑していた。


「ところで、エスティの様子はどうよ。タカト……だっけ?」

「ああ、でも特には変わりないと思うぞ? 俺もエスティの元を知らないから解んないけれどな」

「エスティはあれだ」


 そう言ってケイスはエスティの方を親指で指差した。


「『女神』……マーズ・リッペンバー様を目指しているんだとよ」

「やだ、ケイス。言わないでよ恥ずかしいよ」

「恥ずかしいって、お前の目標だろう? 恥ずかしいと思う目標なのか?」

「うぅん……違うけれど……」


 エスティはどことなくすこし涙目になっていた。

 それを見て崇人は小さくケイスに耳打ちした。


「おい、彼女泣きそうになってるぞ」

「いいんだよ、弄りがいがあるだろ?」

「お前最低の人間だな」

「幼馴染なもんでね」


 そう言うとケイスは定食に追加注文したフライドポテトを一本頬張った。崇人も断りを入れて一本いただいた(崇人曰く、我慢できなかったらしい)ところ、塩加減がちょうど良く、かつ太さも申し分ないしポテトのほくほく加減も専門店と変わりない味だった。これは人気メニューと言われる理由も解らなくはない。

 美味いと思いもう一本いただこうと崇人は考えたが――さすがにそういう訳にもいかないと思いその場で留まった。


「ところで、エスティ。午後はどんな授業があるの?」

「んー、午後はたぶん最後に実技があって終わりかなあ」

「実技? 大変だね、起動従士クラスはね」

「なるために来たようなもんだからねー」


 エスティは笑って、冷水を一口飲んだ。

 崇人は周りの人間とは違うことを理解していた。この世界に来たすぐにリリーファーを操縦した。この学校に来た理由もリリーファー起動従士になるためではなく、知識を付けるためであるということ。それはほかの人間とは限りなく内容が異なる。

 それをほかの人間にも言うことは出来ない。崇人はそんなことを胸の奥に仕舞っている。


「……さて、そろそろ教室に戻って準備しようぜ」


 そう言って崇人はお盆を持ち、立ち上がった。

 ちょうどその時だった。


「おい、タカトとか言ったな」


 不意に後ろから声が聞こえたので、崇人は振り返った。

 そこに居たのは、赤い髪の男だった。

 服装は黒いジャージで、ちょうど崇人が唯一持っている私服と同じメーカーだった。どうやらこの世界では有名で安価なメーカーらしい。

 ジャージ男はさらに話を続ける。


「なぜお前はここにいるんだ? お前は……起動従士じゃないのか……!?」


 その言葉の後、食堂の一切の音声が消え去った。

 そして、食堂のすべての目線が崇人とジャージ男に向けられる。

 崇人は焦っている様子を必死に抑えて、答える。


「お、おい……何を言っているか解らないんだが……?」

「しらばっくれるってのか。……いいよ、教えてやる」


 そう言ってジャージ男が取り出したのは一枚の写真だった。

 写真は白黒でよく見えなかったが、どうやら二人の人間を写しているようだった。それをよく見ると片方は女性のようにも思える。


「……これがなんだか解らないとは言わせないぞ。片方は『女神』マーズ・リッペンバー様のことだ」

「あ、ああ。確かにそうだな」

「そしてこれを見ろ」


 ジャージ男が指差したのは、もう一人の男のほうだった。

 それは紛れも無く――“三十五歳の姿”の崇人だった。


「おいおい、何を言っているんだ? 姿形を見てみろよ。この人と俺はまったく違うだろ?」


 ほかの人間には解らないが、本人がそう言うと自虐すら思えてくる言葉に、崇人は心の中で泪を流していた。


「『退行魔法』をかければ不可能じゃない……現に雰囲気が似ているしな……!」

「それを言ったら正直なんでもありだと思うんだがね?」


 現時点では崇人が圧勝だった。

 『その三十五歳の姿の』崇人と『現在の十歳の姿の』崇人が同一人物だという証拠がない現在、言葉だけではどう足掻いても崇人の方が有利だった。ジャージ男もそれを理解しているようだったが、性格がまっすぐなものなのか、まったく非常に厄介なもので、引き下がろうとはしなかった。


「……とりあえず、俺はもう授業があるから行かなくちゃならない。んで、あんたの名前は?」

「俺も起動従士クラスだ。覚えておけ、俺はヴィエンス・ゲーニックだ」


 ジャージ男――改めヴィエンスはそう言って、食堂を後にした。

 ヴィエンスが食堂を出たのを確認して、崇人はエスティの方を見た。


「なんだかうるさくなってすまない」

「いや……大丈夫よ」

「なんなんだよあいつは。エスティも気を付けておけよ?」


 三者がそれぞれの言葉を交わし、崇人はようやく食堂をあとにすることにした。

 食堂から教室にもどるまでは幾らかの会話はあったものの、盛り上がることはなかった。先程のことでお互いによそよそしくなってしまったのが原因である。


「……次の授業、実技だけどどんな感じのだったっけ」


 崇人が訊ねると、エスティは首をかしげる。


「えーと、一度練習用のリリーファーを起動させるんだったかな」

「ああ、そうだった。それ試験ってどうやるんだろうね」

「噂だと一人一エクス与えられて木を伐採する、とか? 実際に三年前にはそんな試験があったらしいよ」


 一エクスとはちょうど崇人が社会人としていた世界で換算すると一アールになる。ちなみにヘクタールは一ヘクテクスとなる。非常に言いづらいので崇人もまだ慣れてはいない。


「まじかよ。そんな試験出されても時間中に終わるか怪しいぞ」

「まあまあ。頑張るしかないでしょ。実際のときにそれが役立つかは別のところだけれどね。リリーファーは軍事活用するために開発されたものだし」

「そうなんだよなぁ……。実際にそんなのしねーよとは思うが、授業だからしょうがないってのもあるんだよな」

「そうだね。……あ、もうすぐ鐘鳴っちゃう」

「やばい、急がなくちゃ!」


 そう言って崇人とエスティは小走りで教室へと向かった。

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