#02【拡散希望】灰姫レラ、ちょっとだけキャラ変えてみた (1)
【前回までのあらすじ】
第100回の生配信で大失敗した桐子(灰姫レラ)は
『キミが私を……『灰姫レラ』をプロディースしてよっ!』
と、ヒロトに無茶振りする。
ヒロトの返事はどうなるのか?
ここからはしばし、桐子の視点で物語を追っていきましょう。
それでは#02開幕です
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■□■□香辻桐子Part■□■□
河本ヒロトの第一印象は、『おとなしそう』な人だった。
授業中は寝ていることが多いし、休み時間は一人でスマホを見てばかりだ。友達どころか他の生徒と話しているところも見たことがない。
行動や先生の評価だけなら、自分とよく似ているだろう。
でも、敏感な人なら気づいたはずだ。
私がコソコソ隠れるようにして生きているのに対して、河本くんにそんな様子は微塵もない。
むしろ堂々としていた。昼寝をしているライオンがサバンナの王者であるように、自分の生き方を選んでいる人間の風格があった。
河本くんが先生を相手にして、胸を張ってVチューバーが好きなことを語っとき、桐子自身は物凄く恥ずかしかったけれど驚きはしなかった。
でもまさか、その後に続いたのが『灰姫レラ』の事だとは思ってもいなくて、パニックになって醜態を晒してしまった。
好きなものを語ることは怖い。
自分の好きなものが、相手の好きなものだとは限らないから。
それどころか、相手の嫌いなものだったりして、『好きなもの』が『攻撃』されることだってある。
それを河本くんは軽々と越えていった。
相手に受け止められなくても、自分の好きを貫く彼はかっこよかった。
だから、自分はあんな突拍子もない事を言ってしまったのだろう――。
「僕が『灰姫レラ』をプロデュースだって?!」
河本くんが聞き間違いじゃないかと問うように、桐子が言ったばかりの言葉を繰り返す。
ボサッとした前髪の奥で黒い瞳をまんまるにして、唇を閉め忘れている。鳩が豆鉄砲を食ったような表情ってきっとこんな顔だ。
「はい……、お願いします」
制服の袖でゴシゴシと涙を拭いた桐子は、深々と頭を下げる。
「…………僕は香辻さんが期待するような人間じゃない」
そう答えた河本くんはなぜか悔しそうに歯を食いしばっていた。
彼が何でそんな表情をするのか分からない。だけど、一瞬だけ口元に浮かびそうになる笑みを堪らえようとしたのだけ、桐子は見逃さなかった。
「河本くんはいろんなグッズを持ってるし、Vチューバーに詳しいですよね! だったら、客観的に面白いものが考えられると思います! そうに違いありません!」
興奮して捲し立てたせいで、濡れた頬に髪の毛が張り付き、毛先が鼻水に巻き込まれそうになってしまうが、桐子は気にしない。
「冷静になって。僕と香辻さんはただ席が隣ってだけで、これまでほとんど話したこともなかったんだよ」
「同じVチューバー好きです!」
理由はそれだけで十分だった。
「ショックな事があって香辻さんは自暴自棄になってるだけだよ。そ、そうだ、何か飲み物でも飲んで、頭を冷やしてからじっくり考えたほうがいい。僕、買ってくるよ」
誤魔化そうと河本くんは踵を返すが、先に動いた桐子が彼の腕を掴む。
「河本くんが希望を見せたのに! 何で逃げるんですか! そんなの卑怯です!」
袖を握った桐子の手はいろんな液体で汚れていたけれど、河本くんは嫌な顔ひとつしなかった。
それどころか、ハッとした表情で二人が繋がる場所を見る。
「僕が……ああ、そうだね、中途半端は一番ダメだ」
河本くんは去ろうとしていた一歩を戻し、桐子の目を見る。
「プロデュースを他人に任せるってことは、香辻さんの意志とぶつかることもある。自分の心を切り裂さいて、差し出すように感じるかもしれないよ」
「私、なんだってやります! 必要なら、え、エッチな声だって頑張ります!」
涙と鼻水でいつも以上にブサイクな顔をしている女が何を言っているんだと桐子は思ったけれど、河本くんは決して笑ったりしなかった。
「ここまでたった一人で、100本も動画を作って、いっぱい頑張ってきたのに、本当に僕に任せていいの?」
「一人だけじゃ、もう限界だと分かったんです……Vチューバー好きの河本くんが同じクラスだったなんて、きっと運命に違いありません!」
「大げさだよ」
「運命だって思わせて下さい!」
無茶苦茶なことを言っているなんて桐子自身だって百も承知だ。
それでも、もう自分には河本くんを頼るしか無かった。
「はぁ……」
目からビームでも発射しそうなほど見つめ続ける桐子に、河本くんは根負けしたと息を吐く。
「……一人で意地を張り続けるより、誰かを頼ることのほうが難しいよね。それを選んだ香辻さんに、僕は敬意を払わなければいけないと思う」
「じゃあっ!」
桐子の短い歓声に、河本くんは喜ぶのはまだ早いと手で制する。
「僕は敬意には敬意で、覚悟には覚悟で、本気には本気で応えるよ」
河本くんの雰囲気が変わる。
(えっ……なに、この迫力は?)
雑踏の中に潜んでいた殺人鬼に目をつけられたようなプレッシャーを桐子は感じる。
「……僕は『灰姫レラ』を壊してしまうかもしれないよ」
その声は、暗い穴の底の牢獄で魔獣が唸っているように聞こえた。
「河本くん……」
正直、彼の得体の知れない目が怖かった。
けれど――。
「壊せるなら壊して下さい! 私を! 灰姫レラの全部を!」
桐子は彼を信じて、身を投げ出す。
後に引くぐらいな最初から始めていない。
そうやって今までもがむしゃらに進んできた。
「きみがそこまで信じてくれるなら、僕が全力で『灰姫レラ』をプロデュースする。これは僕の覚悟と約束だ」
そう言って河本くんは右手を差し出す。
誰も自分のことなんて見てくれない。
誰も自分に期待なんてしてくれない。
ずっとそう思っていたけど――。
「よろしくお願いします!」
河本くんの手を両手で握って、ぶんぶんと全力で振る。
「その笑顔を届けられたら……もしかしたら……うん」
呟いて頷く河本くんからはもう危険な感じはしない。
(気のせいだったのかな……私の心が弱いから変なふうにプレッシャーを感じただけですね……)
申し訳なくて思っていると、河本くんは困ったように桐子が握ったままの手を軽く振る。
「えっと……まずは場所を変えようか」
「?」
「見られてるから……」
河本くんの目線を追うと、柱の陰でこちらの様子を窺っている二年生の女子が二人いた。なにかコソコソ喋って、盛り上がっているけれど……。
「後ろにある空き教室を使うんでしょうか?」
「そうじゃなくて、香辻さんが泣いてたから、別れ話をしてるんだと思ってるんじゃないかな」
「へっ……私と河本くんが?」
こんなクソザコ相手にまさかと思ったけれど、河本くんは照れているようだし、それを見て柱の陰の女子二人がさらに興奮していた。
「す、すみませんでした!」
慌てて手を離した桐子は、ぴょんと飛び退る。
さっきまで握っていた手が別の生き物みたいに熱を持って、どきどきしていた。
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