#01【自己紹介】はじめまして、灰姫レラです! (1)
世はVチューバー大戦国時代!
友達が欲しい!
人気者になりたい!
とにかく目立ちたい!
一山当てて金持ちになりたい!
或いは、人気Vチューバーに憧れて。
様々な理由で人々はVチューバーを始める。
寂しいから。
楽しそうだから。
話題になっているから。
ファンアートが素敵だったから。
或いは、自分もVチューバーになりたいから。
様々な理由で人々はVチューバーに接する。
ある心理学者は、このVチューバーの爆発的大流行に対してこう言った。
「Vチューバーを始めとしたVR的なアバターは、身体性を獲得した究極のペルソナである。通常のペルソナは外部との軋轢に対応するために被るが、究極のペルソナは自らと外部をより理想に近づけるためにのみ被る。また他者が究極のペルソナに触れる時、相手を無批判に純粋(ピュア)なものとして受け入れる傾向が強い。これらはある種の宗教体験、神降ろしによるトランス状態、神との合一によく似ている」
そういう小難しい話はどうでもいい。
必要なのは変化だ。
知りたいのは結果だ。
個人のゲーム配信からネット番組の司会、企業製品のプロモーションまであらゆる分野にVチューバーが進出している。
人気Vチューバーの楽曲は配信ストアで数万DLされ、タイアップした通販商品は瞬く間に売り切れ、イベントでは電車の始発前から長蛇の列ができる。
彼らの主戦場である配信サイト『Vチューブ』では戦いはさらに熾烈を極める。
視聴者数、チャンネル登録者数、SNSのフォロワー数がすべて可視化され人気の指標としてランキング付けされていた。
ランキング上位のVチューバーがリアルタイム視聴数が数十万を記録し、配信の投げ銭で百万円以上を稼ぎ出す。その一方で、下位の数万人いる有象無象のVチューバーたちは視聴者数1桁は当たり前で、収益化の要件も満たせないでいた。
そんなVチューバー大戦国時代に、
夢果てた少年と夢焦がれる少女が出会う。
そういう話は始めよう。
■□■□■□■□■□■□
『ボンジュ~ル、灰姫レラです。えーっと、今回は何と何と~~第98回目の配信です!いよいよ、記念すべき100回目が目前ですよっ! えっとですね、今からもうワクワクとか、えっと、ドキドキとかしちゃってますっ!』
スマホ画面の中の少女は98回目とは思えないたどたどしい挨拶を誤魔化すように、笑みを浮かべて手を広げる。
名前の通り灰姫レラは、お姫様を意識したドレス姿のVチューバーだ。モデルにプリセットや配布モデルを使っていないが、プロの3Dモデラーの作品ではない。処理の甘さや手作り感は隠せないが、込められた愛情から本人作だろうことが伝わってくる。
瞳には拘ってモデリングしているようだが、本人の癖なのか、フェイストラッキングに難があるのかだいたい半開きだ。さらに、のっぺりとした銀色の長髪が無駄に動いて、せっかくの瞳や顔をちらちら隠してしまう。
『ちょっと夜の遅い時間になっちゃいましたね』
今は昼間だ。灰姫レラが間違っているのではなく、この動画が昨晩の配信アーカイブだからだ。
累計視聴数【16】
チャンネル登録者数【43】
デビューから半年、98本の動画を上げているVチューバーとしてはあまりにも寂しい数だった。
その理由は灰姫レラの動画を見ていれば分かる。
『なんでこんなに遅い時間になったかというと、えっと、お友達とハ、ハンバーガー屋さんに行ってきたんです』
まずはキャラ作りが無理をしている。ヴァーチャル高校に通う明るくて面白いクラスの人気者という設定だが、本人の根の暗さが滲み出ている。無理に明るく振る舞おうとしてテンションを上げているのか時折声が裏返ったりしてしまい、それがまた痛々しい。素人学芸会のグダグダな演劇を観させられているような気分になってしまう。
『そこでハンバーガーというものを初めて食べたら、それが美味しくて、あとは、えっと……そう、ポテトも! バーベキューソースというのがおすすめね。友達もとっても美味しいって言ってたの。ハンバーガーの後は――』
雑談が特別面白いわけでもない。灰姫レラはキャラクターに合わせて、時々学校であったことや友達のことを喋るけれど、作り話だと断言できるような浅いものがほとんどだ。
『あれ、えっと、なんの話をして……、そ、そうだ今日は予告どおり心理テストのアプリをしちゃいます!』
そして、コンテンツ力もない。どこかで見たことがあるような事を、誰かがやったようになぞるばかり。企画力はゼロだ。
『じゃじゃん、第一問! あなたは暗い部屋にいます。遠くの方に明かりが視えました。近づいていくと、何本のローソクがあったでしょうか? うーんと、明るく見えるぐらいだから、うーん……100本ぐらい? あ、でも、1本とか少ない数を言ったほうがいい結果になったりするのかな?』
灰姫レラの魅力、それは――。
「おーい、河本。もう授業始まってんぞ」
「授業?」
無粋な呼びかけにヒロトは顔を上げる。思わず飛び出た不機嫌そうな声に担任の近藤先生が眉をひそめていた。
「さっさとスマホをしまえ」
「あ、はいっ!」
高校生としての仮面を被り直したヒロトが、スマホを仕舞おうとするが、慌てた拍子にイヤホンがすぽんと勢いよく抜けてしまう。
『第三問! あなたは友人の家に招待されました。出てきた食事は何ですか? これはやっぱり、カレーかな? あ、ちょっと捻ってハッシュドビーフ!』
見ていた動画が大音量で再生され、教室の空気が凍りつく。
「……なんだそれは?」
呆れ気味の近藤先生の態度に、ヒロトは分かってないなと小さく首を振る。
「『灰姫レラ』、都内の進学校に通っている設定のお姫様系Vチューバーです。ランキング9481位。正直、泡沫と言われるようなVチューバーですが、光るものがあると思います」
「光るものねえ……ネットの中の他人より、まずは自分を磨いて光らせるのが先じゃないか? そのための学校と授業だ」
近藤先生は胡散臭げにスマホの中で喋り続ける灰姫レラを見る。
「先生、自分が光るだけが正しい生き方じゃありません。他人を輝かせたり、他人の輝きに憧れたりも立派な生き方です」
ヒロトの反論に近藤先生は大人の余裕でも見せるようにため息をつく。
「高校一年生の若者がそんなに枯れていてどうする。そういう台詞は、俺みたいに夢破れたおっさんになってからにしろ」
「僕は枯れているつもりはないです。むしろ、灰姫レラの動画からエネルギーをもらって熱くなれます。彼女の『何者かになりたい!』という強い情熱は素晴らしい。そうだ、先生も一緒に見ませんか? 国語の授業として、この灰姫レラの動画を見ましょう。おすすめは#41のお絵かき配信です。彼女のコアの部分が見れて」
「もういい、河本。とにかくだ、授業中はスマホをしまっておけ」
嬉々として動画を紹介し始めたヒロトに、近藤先生は付き合いきれないと諸手を挙げて降参した。
クラスメイトたちは一連のやり取りが終わると、自分の正気を確認するように隣の席同士でこそこそと話していた。担任の近藤先生をやり込めたヒロトを讃えたり笑ったりするわけではなく、ただ奇異の目を向け、それこそ理解できない宇宙人が紛れ込んでいるかのように警戒しているようだ。
「それじゃ、授業を始めるぞ。前回の続きで72ページから」
「うぐっ……うっ……ひっ……」
近藤先生が教科書を開いて、ざわめきが静まりかけたところで、今度は一人の女生徒が突然、胸を押さえて苦しがりだした。
「どうした、香辻?」
ヒロトの隣の席の香辻桐子(かつじ きりこ)だった。
身長が低く幼い顔立ちなので中学生ぐらいに見える。黒いセミロングヘアにヘアピン、授業中はいつも猫背気味な印象で、誰かと喋っているところを見たことがない。休み時間もいつもスマホを見ているか、本を読んでいる。まともに会話したシーンが思い出せないので、性格が暗いのかどうかは分からない。ただ、人との関わりを避けているような雰囲気はあった。
「だ、大丈夫です……」
香辻さんは控えめに言って目を伏せるが、とても大丈夫そうには見えない。
「いや、香辻、顔が真っ赤だぞ。それに震えてないか?」
「あ、え……」
そんなまさかという表情をしている香辻さんだが、彼女の小柄な肉体は意志に反するかのようにピクピク震えている。
「無理するな。保健委員、香辻を保健室へ連れて行ってやれ」
「は~~い」
斜め前の席の夜川愛美(よかわ まなみ)が元気よく手を上げる。
大人っぽい美人で愛想もよくクラスの中心に咲く大輪の薔薇のような存在だ。誰にも分け隔てなく接する気さくさがあり、ヒロトがまともに会話をしたことのある数少ないクラスメイトだ。
「いこっか、香辻さん」
「……」
「ツラいのに無理しちゃダメだよ」
「……はい」
香辻さんは観念したように頷き、夜川さんの手を取る。慈愛の女神のような夜川さんに優しく言われて断りきれる人間は存在しないだろう。
夜川さんに手を引かれて教室から出ていく香辻さんを、男子女子問わず羨望の眼差しで見送る。
しかし、ヒロトだけは違った。
(中学生みたいな香辻さんと大人っぽい夜川さんが並ぶと絵になる演出だな。意識的にしろ無意識にしろ、大したもんだな)
そんな風に考えていた。
その日は香辻さんは教室に戻ってくることなく早退してしまった。
トラブルがあっても、ヒロト自身の学校生活は変わらない。
授業が終わればすぐに帰宅する。部活や委員会活動なんて無駄以外の何物でもない。
学校からの帰りもSNSやVチューバーの関連ニュースをチェックして、家に戻ってからは宿題を片付けたり作業しながら動画を見て、食事と風呂を済ませたら、深夜の配信を見ながら寝落ちする。
そうやって毎日が回っていく。
自分がすべきことが分かっているから、行動はシンプルだ。
そこに学校生活なんて無駄が入り込む余地はない。
どうせ、自分と同じモノを見ている人はいないのだから。
――そう思っていた。
翌日。
「……」
教室に着くなりヒロトは変な視線を感じた。
「…………」
最初は気の所為かと思っていたけれど、どうやら自意識の暴走ではないらしい。
「………………」
何気なく鞄から荷物を取り出すふりをして、ちらりと右隣の席を見る。
「!」
香辻さんは慌てて視線を逸らすと、取ってつけたように教科書に顔を埋めた。
(バレバレだよ、香辻さん)
ヒロトが再び黒板の方に顔を向けると、香辻さんがまたこちらを見ている気配をヒシヒシと感じる。
昨日ぶちかました御高説のせいで気味悪がられたのか、あるいは何か知らず知らずのうちに気に障るようなことをしてしまったのかもしれない。
「……………………」
あからさまに視線を向け続けられるのは、正直ちょっと怖い。
かといって、自分から「何で僕のことをそんなに見ているの?」なんて聞けるはずもない。思春期的逆上で腹を刺されてしまうかもしれないからだ。
(触らぬ神に祟りなし……とはいえ、しんどいな)
異様な緊張感に包まれたまま受ける授業はヒロトの集中力を削り、午前中が終わる頃にはシャツは汗でびっしょりと濡れ、精神的にひどく疲弊していた。
(やっと昼休みだ。これで一息つけ……ないの?)
席を立った香辻さんがヒロトの席の周りをウロウロし始めたのだ。さながらパックマンのお邪魔キャラのように、机と机の間を移動してヒロトの前を何度も通り過ぎていく。
(何がしたいんだ、香辻さん)
真意がまったく分からない奇妙な行動だが、何かしらの動物学的メッセージを送ってきているのかもしれない。
もし読み解けなければ、視線の暴力とこの珍妙な儀式が毎日続くかもしれない。
(勘弁してくれ。僕は静かに学校生活を終わらせたいんだ。変な干渉はやめてもらわないと)
対処のためには観察が必要だ。
まずは移動経路に意味がある可能性。おおよそ8の字だ。8という数字に思い当たらない。無限の∞だとすると……意味がわからない。
次に歩数。4歩あるいて、曲がって3歩・次に1歩で立ち止まって、また2歩あるいて……意味があるわけがない。
(ダメだ、謎が解けない!)
ヒロトが頭を抱えていると、香辻さんはしびれを切らしたかのようにすぐ目の前で止まり、背伸びを始めた。
いつもは猫背気味の身体を伸ばすと、シャツの胸元が張り詰めボタンが悲鳴を上げていた。
(香辻さんって、小柄なのに意外とたわわな……って、違う! そういう意図なわけがない! 観察……観察……ん? 手にナニか握って?)
板状の物体はスマホだろう。
(でも、なんで画面の方を握って……はっ! そのケースは!)
スマホケースの中央には、青いハートマークが描かれている。そのシンボルをヒロトはよく知っていた。
「それって、トップVチューバー『アオハルココロ』の限定グッズじゃ!」
気づいた次の瞬間にヒロトは大きな声を出していた。
「っ!」
驚きの悲鳴を漏らした香辻さんの動きが止まる。それから油をさし忘れたロボットみたいにぎこちなく首を動かし、ヒロトの方を見る。
「あ……こ……あ、アオ…………っ!」
そこまでが限界だった。口から煙でも吐き出しそうなほど顔が真っ赤になった香辻さんは、脱兎の如く逃げ出した。普段のおとなしい様子からは想像のできない逃げ足で、教室を飛び出し姿をくらませてしまった。
(何がしたいんだ、香辻さん)
今日、何度目になるのか分からない疑問にヒロトは深々とため息をつく。
(よし、推理しよう)
香辻さんの奇行が始まったきっかけは、まず間違いなく昨日の近藤先生とのやり取りだ。Vチューバーについて力説した後で、香辻さんは体調を悪くして早退してしまった。
(もしかして、昨日の体調不良は僕のせい? Vチューバー好きの『同類』が噴飯もののスピーチを繰り出したことで、香辻さんの羞恥心が耐えきれなくなった……)
ヒロトにとって自分の主義主張を貫くことは羞恥を感じる類のことではない。しかし、多くの人間がそうでないことぐらい、これまでの人生で学んでいた。
(となると、アイテムを見せてきたのは、これをきっかけに僕とVチューバーについて話したいから? でも、僕のアプローチが性急すぎて逃げてしまった……)
自分の立てた仮説にヒロトは、ふむと小さく頷く。
(そういうことなら、乗ってみよう)
それは、ほんの気まぐれだった。
無視すれば、きっと香辻さんは諦めたはずだ。
これまでと同じ、ただ席が近いだけの他人が続いたはずだった。
もし、彼女のアプローチに応えなければ――。
というわけで、
目には目を歯には歯を、グッズにはグッズだ。
翌日、ヒロトが登校すると香辻さんはすでに教室で待ち構えていた。例のVチューバーのスマホケースをこれ見よがしに机に置いて伏している。その姿はFPSで獲物がやってくるのを静かに待つような凛々しささえ感じる。
ヒロトが席に着くと、気配に気づいた香辻さんが突っ伏したままちらりとこちらの様子を伺っている。ヒロトは野生動物を撮影するカメラマンのように、気づかないふりをして教科書の準備を始める。
香辻さんはヒロトが筆記用具とノート類を取り出す様子を、つぶさに観察されていた。
その期待に応えるようにヒロトはリュックから、とっておきの一枚を取り出す。
「んっ!」
香辻さんからの圧(プレッシャー)が高まる。それまで昼寝していた野良猫が猫缶を発見したかのような殺気だ。
ヒロトが取り出したのは一枚のクリアファイルだった。清楚な黒髪の女の子キャラクターがプリントされ、狂気を孕んだ文言が並んでいる。
エッチなクリアファイル並みに普段使いを躊躇うデザインだが、ヒロトはそれを右側から見えるように机の上に置いた。
「んんん!」
香辻さんは机に突っ伏したまま腕を噛んで呻いていた。Vチューバーのグッズであることに気づいたようだ。
ひとしきり悶絶し終わったところで、香辻さんは呼吸を整える。それからスマホを鞄にしまい、別のアイテムを取り出した。
5センチほどのアクリルキーホルダーだ。一見何の変哲もないVチューバーのキャラグッズに見えるが、ヒロトはその価値を知っていた。
(アオハルココロの不思議の国のアリスコスチューム限定アクキーだと?! シークレットイベント参加者だけが購入できたアレをもっているとは……)
ヒロトは衝撃に椅子からわずかに腰を浮かす。世界に300個しかないレアアイテムにまさか出会えると思っていなかったからだ。
(これは僕も本気にならないといけないな)
久方ぶりに自尊心を刺激されヒロトの心が踊った。リュックの奥に突っ込んだ手で取り出したのは、同じくアクリルキーホルダーだ。
勇気いっぱいの青い魔法少女と、そのサポート役の緑髪の少女のコンビが手を取り合っている。夕日に照らされる双輪の百合のごとく尊いキーホルダーだ。
(同じ学校という設定を活かした一対のコラボキーホルダー!)
クリアファイルと交換でヒロトはキーホルダーを右手でかざす。
「えっ?! 色……違い?」
香辻さんの零した吐息のような声に、ヒロトのテンションが上がる。
(やはり気づいた。初版は再販とはご学友の衣装の色が違うことに!)
次は君の番だというヒロトの視線に、香辻さんは力強く鞄に手を入れるとカードバインダーを取り出した。パラパラとめくり、バインダーの半ばほどで止めると、一枚のキラカードを引き抜く。
(それはダサTシリーズのシークレットのアオハルココロ・エルフVer!)
アオハルココロが渋谷で初めて行ったコラボカフェで、いちごのショートケーキを頼んだお客さんだけが確率で当たった激レアカードだ。転売対策で事前告知が無かったため、入手できた人は少ない。
レベルの高さに息を呑んだヒロトは、伏しめがちに顎を触る。
(現地でしか入手できないアイテムなら僕だって!)
ヒロトもデュエリストの如く手帳を開くと、キラカードを取り出す。二本の指で挟んだカードをこれ見よがしに、動かし表裏を香辻さんに見せびらかせる。
(どうだ、女神とお姉さんのプレミアム両面カード! 池袋の書店イベントで抽選でしかゲットできなかった逸品だ)
カードを目にした香辻さんは、物欲しそうに口を開けている。
「……ハッ!」
このままでは負けると思ったのか、それとも垂れそうなよだれを我慢するためか、また自分の手の甲を噛む。まるでヴァンパイアが喉の渇きを耐えているかのような表情だ。
苦悶する香辻さんは鞄から小さな包装を取り出した。
(それは! アオハルココロのお手紙コーナーで「引きこもりのストレスから胃を守る薬が欲しい」という話から奇跡のコラボに発展した胃薬!)
日常から生活の中にVチューバーと共にあるという香辻さんの覚悟を感じたヒロトの目が熱くなる。
涙を誤魔化そうと、ヒロトはポケットから取り出した目薬をさす。秋を告げる鈴虫のような清涼感が、熱くなっていた目に心地よかった。
「それ……別コラボ……!」
思惑通り香辻さんは気づいたようだ。一日中スマホやPCで動画画面を見ているヒロトに目薬は必需品。当然、多少割高でもVチューバーコラボの商品を使うのが筋というものだ。
ヒロトが「なかなかやるな」と笑みを浮かべると、香辻さんも「あなたこそ」とでも言いたげに口元に笑みを浮かべる。
『実弾』の撃ち合いに、ヒロトは心躍っていた。なにも期待していなかった学校に、クラスメイトに、まさか自分が興味を持つとは思っていなかった。
(次の反撃は何だ?)
期待の視線の先で香辻さんが動く。
しかし、ここでチャイムが鳴ってしう。
「はーい、着席」
担任の近藤先生がやってきて水入りだ。
ヒロトも香辻さんも、急いで自慢のアイテムをしまうと、何事もなかったかのように黒板の方を向く。
戦場の昂奮も痕跡も、全ては最初から無かったかのように消え去った。
授業中も香辻さんはこちらの様子をチラチラと窺っていた。
機会を狙うスナイパーのような雰囲気は、勝負はまだ着いてないと雄弁に語っている。
ヒロトも無論そのつもりだ。一人のVチューバー好きとして、挑まれた勝負から尻尾を巻いて逃げるなんてできない。
二人とも臨戦態勢だが、授業中は動けない。先日のヒロトの失敗を二人とも繰り返すつもりはない。ただでさえ短い休み時間も、体育や移動教室を挟んだりで消費してしまう。
決着は昼休みだ。
言葉を交わさずとも二人には分かっていた。
何も知らないクラスメイトたちが漫然と授業を受けている中で、ヒロトは、そして香辻さんもだろう牙を爪を研いでいた。
(開幕はインパクトが重要。となると限定ボイスの再生という手が……いや、下手に目立つと香辻さんに迷惑がかかる。ここはサイン入り限定缶バッチで――)
そして4限目が終わる。
宿題を告げた数学教師が教室を出ていくと、チャイムが鳴った。
(よし、プランAでいこう!)
ヒロトはリュックの内側に貼り付けていた限定缶バッチを外し、机の上に。
(ん?)
しかし、隣の席から動く気配がない。
(どうしたんだ、香辻さん? さっきまであんなにやる気だったのに?)
鞄の中を覗き込んだまま香辻さんは動きを止めていた。
「えっ……ど、どこ……?」
手探りでは見つからないのか、鞄をひっくり返して机の上に中身をぶちまける。
タオルやヘアピン、財布、カードバインダーとゴチャゴチャとしたものをかき分ける香辻さんの顔が徐々に青ざめていく。
よほど大切なものなのだろうか、今にも泣きそうなほど目元に力がこもっている。
(教室移動の時に落としたのかな。ここは一時休戦して探しものを手伝おう)
握っていた缶バッチを離したヒロトは、香辻さんに声をかけようと控えめに手を伸ばす。
「あの……、か、香――」
「ね~ね~、これ誰の?」
ヒロトの控えめな主張を遮ったのは、夜川さんの快活な声だった。
「なんか、キーホルダー? みたいなんだけど?」
首を傾げた夜川さんが掲げる右手では、セーラー服姿で兎耳を付けた少女のアクリルキーホルダーが揺れていた。
(あれはアオハルココロプロジェクトがクラウドファンディングを募った時の返礼品『バニーアクキー』!)
今でこそトップVチューバーのアオハルココロが、まだチャンネル登録者1000人にも満たない頃のものだ。オークションに出せば、当時は500円ほどで手に入ったアクキーに数万円の値がつく。なにより、初期からアオハルココロを応援していたとして、持っているだけでファンの間では一目置かれるアイテムだ。
もちろんヒロトの物ではない。香辻さんが落としたのだろう。それを友達とお昼ご飯を食べるのに机を動かしていた夜川さんが発見したようだ。
「ねーー、誰かーー、知らない?」
眉を曲げた夜川さんが困り顔で、アクリルキーホルダーを振る。
(香辻さん、なんで名乗り出ないんだ?)
状況証拠から間違いなく香辻さんの物だが、当の本人は机に突っ伏している。まるでカタツムリが外敵から自分を守ろうとするかのように顔を腕で隠し、小柄な身体を震わせていた。
「わっかんないなら、後でせんせぇに預け――」
『おにいちゃん、朝だよ♪ はやく起きないと~~、イタズラしちゃうぞ♪ おにいちゃん、朝だよ♪ はやく――』
突如として響くガチガチのアニメ声に夜川さんだでなく、教室中が一瞬静寂に包まれる。
殻から出てきた香辻さんがこの世の終わりのような顔をしているほどだ。
「そのアクキー、僕のだ」
すくっと立ち上がったヒロトは、スマホをタップして目覚ましボイスを止める。
「河本くんのか。はい、返却~。もう落としちゃダメだよ」
見つかって良かったと微笑んだ夜川さんは、丁寧にヒロトの手の上にアクリルキーホルダーを乗せる。
「ありがとう……まだ何か?」
もう用事は無いはずだけれど、夜川さんはヒロトの目を見つめたままだ。
「キュートな声だったね。この娘が喋ったの?」
「さっきのボイスはマジカル梅子で、こっちのキーホルダーはアオハルココロ。二人ともVチューバーなんだ」
ヒロトの説明を夜川さんはふむふむと聞いている一方で、視界の端では香辻さんがまたも悶絶している。
「なるほどねー、あたし、ネットとかあんまし詳しくないんだけど、今Vチューバーってすっごい人気なんでしょ?」
「まさにね。動画配信の枠に収まらない活躍だよ」
「前からちょっこし興味あったんだよね。今度見てみる、えっと、マジカルココロだっけ?」
「アオハルココロとマジカル梅子だよ」
「おっけー♪」
そう言った夜川さんは右手の指先を揃えパクパクと腹話術の人形みたいに動かした。
ヒロトが席に戻ると、夜川さんは机をくっつけた友達とお弁当を食べ始めた。もう別の事を話題に友達と楽しく喋っている。Vチューバーの動画を見ると言ったのは社交辞令かもしれないけれど、ヒロトにとっては勧められたことだけで満足だった。
「じーー…………」
右隣から圧のある視線を感じる。当然、香辻さんだ。少し怒ってはいるのか、問い詰めるような険しさがある。
ヒロトはノートの端に【放課後、返す】とだけ小さく書いて、香辻さんにだけ見えるように机の端から出す。
(いますぐ返してるのを見られたら変に思われるからね)
香辻さんはメモ書きに気づいたのか、小さく頷いたように見える。納得してくれたようだけれど、なぜか頬は少し膨れたままだった。
その後は何事も無かったかのように平穏な昼休み、午後の授業と過ごして放課後がやってきた。
授業が終わるやいなや鞄を持って立ち上がる香辻さん。そのままスタスタと教室から出ていってしまう。
予想外の行動に慌てるヒロト。ノートや筆記用具を雑にリュックに押し込んで後を追いかける。
(もしかして、メモが見えてなかった? 香辻さんが頷いたように見えたのは、僕の気の所為だった? もし、そうだとしたら、僕は彼女の大切なアクキーだと知ってて強奪した最低のクズ野郎じゃないか!)
恐ろしい想像にヒロトの足も速くなる。帰宅や部活へ向かう生徒で混み合う廊下を、時にはぶつかりそうになりながら進んでいく。
(追いつけなかったらどうしよう。明日、全力で謝って……ん?)
最悪の事態を想定していると、階段の脇に香辻さんが立っていた。そして、ヒロトを見つけるとちょいちょいと手招きをする。
(はぁ~、よかった。メモには気づいくれてたみたいだ)
教室で目立つのを嫌ったようだ。
手招きした香辻さんについて生徒たちの流れから離れ、準備室のある人気のない方に歩いていく。
スパイのように慎重を期した香辻さんは、誰も見ていないのを確認して空き教室の前で止まる。警戒しているのか、近づいてくるヒロトと目線を合わそうとはしない。
ようやく追いついたヒロトはポケットからアクリルキーホルダーを取り出す。
香辻さんが一瞬嬉しそうな表情をするけれど、すぐにまた険しい表情に戻ってしまう。
「い、いくら……欲しいんですか?」
「イクラ? えっ?」
「だ、だから……それ、返して欲しかったら……お金ですよね」
「違うって! 僕はそんなつもりでアクキーを受け取ったわけじゃないって。香辻さんが名乗り出づらそうにしてたから、代わりにって思っただけ」
「本当ですか? 受け取ったら、い、一万円とか言わないですか?」
「しないって! はい、返すよ」
ヒロトは人に慣れていない野生動物に餌でも与えるように、アクリルキーホルダーを持った手をできるだけ伸ばした。
「……」
しばらく躊躇っていた香辻さんだったが、アオハルココロのレアグッズを犠牲にできないと、ついにアクリルキーホルダーを受け取る。
「あ、あり……がとう……ございます」
深々と頭を下げた香辻さんに、ヒロトはホッと一息つく。
「どういたしまして」
顔を上げた香辻さんは今度は、じーっとヒロトの目を見つめる。
「こ、河本くんは……Vチューバー好き……ですか?」
「好きだよ。香辻さんもでしょ?」
「はいっ! 大好きです!」
今までとは違う大きな声、そして萎んでいた花がパッと開くような笑顔で香辻さんは答える。
(あ、香辻さんって、こんな魅力的な顔をしてたんだ……)
河原でキラリと光る綺麗な石を見つけたような驚きに、ヒロトは無遠慮にまじまじと香辻さんの顔を見てしまう。
今まで伏し目がちだったから気づかなかったけれど、ぱっちりと開いた目は大きい。ちょこんと小振りな鼻と、可愛らしい唇は可愛らしさのモデリングがばっちりだ。ナチュラルな素材は揃っている。リップグロスすら使っていないようだけれど、化粧を覚えたら大化けするのではないかとヒロトには思えた。
「えっ……あ……す、すみませんでした!」
しまったという表情になった香辻さんは口を押さえ、また怯え顔の仮面を被ってしまう。
「こちらこそ、ごめん」
お互いかしこまってしまい変な空気が流れた。
「ま、また明日……」
先に耐えられなくなった香辻さんがアクリルキーホルダーを握ったまま廊下を走り出す。流れる黒髪から覗く赤くなった耳に見とれて、ヒロトは返事が遅れてしまう。
「うん、また明日ね!」
去っていく小さな背中に声を掛けるが、香辻さんは振り返らなかった。
(明日はちゃんと話せるといいな)
学校でクラスメイトとVチューバーの話ができる。
それはヒロトが思ってもいなかったことだった。
その晩。
(お腹空いたな……)
ヒロトが空腹をきっかけにモニタの右端を確認すると、もうすぐ21時になるところだった。
(ちょうど配信が始まるし一休みしよう)
プロジェクトの保存を選択したヒロトは、パソコンの前から立ち上がる。ひとつ伸びをしてから壁際まで行って、冷蔵庫を開けた。中には栄養ドリンクとヨーグルト、三連パックの絹ごし豆腐とペットボトルのお茶、それにちょっとした調味料しか入っていない。
(カレーパンは朝食べちゃったんだっけ……、コンビニに弁当を買いに行くと……配信が始まっちゃうし、サバ缶スペシャルでいいか)
豆腐のパックとポン酢を冷蔵庫から出し、さらに棚に置いてあるサバ缶を一つ取る。プラスティック製の器に豆腐、サバ缶と入れて、そこにポン酢をかける。これだけではちょっと寂しい気がするので、刻み海苔とごま、それに乾燥ネギをパラパラとまぶして、チューブわさびを添えればヒロト特製のサバ缶スペシャルの完成だ。
サバ缶スペシャルとお箸をもってパソコンの前に戻る。21時を2分ほど過ぎていたが、目的の配信はまだ始まらない。
(事前告知だと21時だったけど、いつもどおり遅れてるのか)
ヒロトは気にせず食事を始める。
固まっているサバの身を箸先でほぐして、柔らかな豆腐に乗せると一緒に口へと運ぶ。滑らかな豆腐の舌触りから、ひと噛みするとサバの旨味が口の中にじゅわっと広がる。サバ缶の濃厚な味付けと豆腐のさっぱりと大豆の甘み、この2つをポン酢のスッキリとした酸味が繋げる。胡麻と刻み海苔の風味がいいアクセントになっている。
二口目はほんの少しのワサビを乗せる。旨味とともにツンとした辛味が目と鼻を抜け、これも美味い。疲れていたヒロトの頭を覚醒させる。
三口目を運ぼうとしたところで、サブモニタで開いていたVチューブの待機ページに動きがあった。
『ボンジュ~ル、灰姫レラでーすっ! いつも配信を見てくれてありがとう! みんなのおかげでついに99回まで来たよ!』
画面の中で灰姫レラが嬉しそうに両手を振る。いつもより心なしかテンションが高いような気がする。
『記念すべき100回目の配信は、色々と楽しい企画を考えてるから楽しみにしててねっ!』
胸に手を当てて自信を見せる灰姫レラだったが、意気込みに反してコメントはそれほど盛り上がっていない。〈がんばってー〉と〈たのしみw〉というコメントが2つばかり流れるだけだ。とはいえ視聴者数が20人なので、コメント率『だけ』なら悪くない。
『というわけで、えっと、今日はファンタジー・ランドのレベル上げをしながら雑談配信するよ!』
そう言いながら灰姫レラはMMORPGを立ち上げる。ムービーをスキップすると、3Dの手帳が開いてメニュー画面が表示される。彼女の雑談配信の定番お供なので、ヒロトや常連視聴者にはおなじみの画面だった。
ログインした後は、中世っぽい町中に立ったキャラクターを操作して、適当なクエストを受注する。ちなみにこの間、灰姫レラは無言だった。
『それじゃあ、今日はデイリーになってる【ゴブリンの巣穴を駆除せよ】っていうクエストを回していくよー。一緒にプレイしてくれる人がいたら、合言葉を使って合流してね!』
配信画面の下に表示される合言葉はいつもの【7890】だった。名前やキャラクターに掛けた数字にすればいいと思うけれど、ゲーム配信の初回に使った、キーボード上の数字を順番に押しただけの数字を彼女は愛用している。パスワードも似たような数字を使っているんじゃないかとこちらが心配になるほど、灰姫レラはアカウント管理が雑だ。
『えっとー……参加者は今はいないみたいかな? じ、時間が悪いからね』
21時と言えばネットゲームのゴールデンタイムだろう。今までも視聴者が参加したことはほとんどない。
『ワタシは出発しちゃうけど、途中参加も大歓迎だよ!』
灰姫レラは挫けず呼びかけると、一人でフィールドに向かう。
彼女が操る弓使いは、道中に出現する敵を倒しながら街道を進んでいく。
『そろそろ春アニメも終盤になってきたけど、みんなはどの作品が好きだった?』
鉄板のアニメネタの呼びかけに、コメントにパラパラと作品名が上がる。あまりアニメを見ないヒロトでも知っている話題作が多かった。
『ワタシはねー。偶像のアマテラスとマギサマキアかな。偶アマはロボのアクションがスカッとしてて気持ちいいよね。マギサマキアの方は――』
これぞ、ザ・雑談という内容の話にプラスして単調なレベル上げだ。画面を見ていなくても良いだろうと、ヒロトはお茶を持ってきて食事を再開する。
『マギサマキアは、アオハルココロちゃんが宣伝大使を務めてるんだから当然の人気だよね! もうすぐ最終回だけど、どうなっちゃうんだろう? やっぱり、パートナーとの絆が――』
ヒロトはそのアニメを見ていなかった。灰姫レラは上機嫌に語っているけれど補足説明のようなものが無いので、内容はさっぱりだ。ただ、彼女の楽しそうな雰囲気だけはよく伝わってきた。
『って結果になるんじゃないかな? あっ! 結果といえば!』
何かを思い出した灰姫レラがそうだと手を叩く。
『上半期で活躍したVチューバー10人の結果が出たよね! 私は惜しくも入れなかったけど』
(ランキング9481位じゃ、そもそも選考にすら入ってないだろうな)
『アオハルココロちゃん、人気投票で1位おめでとう! 本当に本当に嬉しい! ワタシ、ココロちゃんがデビューしてからずっとずっと応援してきたから、発表の瞬間に……本気で泣いちゃった』
感動を思い出して何か込み上がってきたのか、灰姫レラは少し言葉を詰まらせる。
『ふふふ、ワタシね、デビューしてすぐの頃のファンディング限定アクキー持ってるんだよ!』
ちなみにこの自慢を灰姫レラは配信上ですでに10回以上している。
『大事なアクキーなんだけど、今日は学校に持っていって落としちゃったの』
(へー、アクキーを落とし……ん?)
豆腐とサバの破片を摘んでいたヒロトの箸が止まる。
『それをクラスメイトが拾ってくれたんだけど、ワタシ、自分から手を挙げられなくて……べ、べつにクラスメイトにVチューバー好きが知られるのが嫌だったり、他人と話すのが怖かったわけじゃないからね! お、おっきな声を出すのが、れ、レディとして恥ずかしかっただけだからね!』
(んん?)
灰姫レラの謎の言い訳に、聞いているヒロトの方が緊張し始める。
『そんなワタシに代わって、隣の席の人がアクキーを受け取ってくれたんです! そして、放課後にこっそり返してくれました!』
(んんんんん?)
ウキウキした様子の灰姫レラは、自分の設定を忘れてしまったかのか口調がブレている。
目を閉じて声だけに集中すると、あの人の声によく似ている気がしてきた。
『隣の席の人って、とっても面白いんです。授業中にVチューバーの動画を見ているのが先生に見つかって、その怒られてる最中に、堂々とその魅力を力説するような人なんです!』
(んんんんんんんんんんんんんんんんんん?)
『しかもっ! その時、見てたのがなんと偶然にも灰姫レラだったんです!』
よほど嬉しかったのか、灰姫レラは大げさに両手を振り回して喜ぶ。
傍観者だったはずが突如ステージに上げられたヒロトは、困惑と気恥ずかしさに呼吸が速くなる。
『リアルで初めて見つけたんです、灰姫レラのことを知ってる人……しかもちょっと褒めてくれてて……とても嬉しかった』
大切な想い出を噛みしめるように灰姫レラは頷く。
灰姫レラが今まで配信で見せたことのない一面に、全18人の視聴者が盛り上がる。
〈おめでとう!〉〈良かったね!〉〈何かの運命じゃない?〉
『みんな……うん、ありがとう!』
珍しく流れの速いコメント欄に嬉しそうな灰姫レラ。
しかし、最後に流れてきた1つのコメントに、動きがピタリと止まる。
〈そのクラスメイトも、この配信見てるんじゃない?〉
『………………あっ』
意味を理解するまでたっぷり3秒かけた灰姫レラが震える。
『そ、そんなこと……ど、どうすれば……?!』
フェイストラッキングがバグってしまったかのように、灰姫レラの表情がコロコロと不安定に変わる。
もちろんゲームどころではない。ゴブリンにタコ殴りにされたキャラクターは死んで、街まで戻されてしまっていた。
『まずいです、まずいです、まずいです! わ、私のことが……うっ……』
灰姫レラが胸を押さえてうつむくが、コメントは止まらない。
〈大丈夫だよ〉〈さすがに見てないでしょw〉〈身バレおつでーす〉
不安を煽るコメントが流れたところで灰姫レラがもう耐えられないと手を伸ばす。
『きょ、今日の配信はここまで! アーカイブも残しません!』
灰姫レラは異論反論は許さないと一方的に言い放ち、プツッと配信を切ってしまった。
後にはサムネイル画像の灰姫レラだけが残される。ネタにされるその微妙な表情が、今は泣いているように見えた。
「もう遅いよ、香辻さん……」
見てしまった記憶は消せない。
どうしたものかとヒロトは頭を抱えた。
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