【クソザコシンデレラ】Vチューバーをプロデュースしてみた

高橋右手

プロローグ ~青春黙示録~

 視聴者数100万人突破!

 その瞬間、熱狂と祝福に耐えられなくなったサーバーが絶頂を向かえた。

 アグリアース社の強固な配信システムが敗北したのは実に1年ぶり、合衆国大統領大統領の滞在中のホテルがテロリストに占拠され、その内部映像のリアルタイム配信以来だ。

 日本の配信者として初の快挙だった。成し遂げたのは、芸能人や政治家、そういった『顔』を知られている人物ではない。それどころか『人間』ですらない『キャラクター』だ。


 Vチューバー『アオハルココロ』

 セーラー服を着た3Dモデルの身体に、時に愛らしく時に凛々しい肉声。ちょっとした仕草ですらキラキラと輝いてみえる永遠の少女。

 データ空間でしか存在しない『彼女』だからこそ到達できた領域だった。


【ライブストリームはオフラインです】

 動かないサムネイル画像を前にして、100万人が待っていた。

 減らないどころか、100万3千、101万1千……。増え続けている。ネットを駆け巡った閃光に惹かれ、視聴者が集まり続けているのだ。

 SNSを覗けば、トレンドは『アオハルココロ』や『#ココロライブ』『100万人超』、『オフライン』等の関連ワードで埋め尽くされている。日本のみならず、世界のトレンドの1位~3位を独占していた。


 きっかり3分が経った。

 オンラインに戻ると、同接数は110万人を超えていた。

 カメラは夜空に浮かぶ月から徐々に外界へと降りていく。

 配信に映ったVR空間のライブ会場を見て、一般の視聴者は驚いたことだろう。

 学校と校庭を模した会場は静まり返っていた。

 抽選倍率100倍以上の壁を超えた5000人のファンたちが、微動だにせず整列しているのだ。校長のつまらない話のために学生が並んでいるのとは明らかに違う。

 アバター越しだというのに、居並ぶ彼らからは聖女を守る聖騎士団のような誇りが感じられた。


 アオハルココロは校舎の屋上にいた。妖精の鱗粉を思わせる仄かな明かりが、彼女を照らしている。神秘的という言葉が愚かしいほどの神々しさだ。

「楽しい時間はあっという間だね」

 語りかけるアオハルココロの声は凛としている。トラブルの余韻などない。むしろ何か特別な覚悟を決めたかのように、身体の芯から声が出ていた。

「最後は新曲……『青春黙示録』」

 魔法には0.1秒もかからなかった。観客のテンションは一気に振り切れ、歓声エモートの乱舞がVRライブ会場を埋め尽くした。

 疾走感の溢れるギターサウンドが鳴り響く。遅刻した生徒が廊下を駆けるように、校舎を光が走り抜ける。


 覚悟を決めろ 馬鹿げた終末がやってくる


 四人の騎士が 理不尽の剣を振り回す


 されるがままでいいのか?


 キミには抗うための


 真っ赤なケツイと青いココロがある


 データの身体が弾け粒子(パーティクル)にならんばかりの生命力に溢れた曲。

 熱き血潮の讃歌だ。

 ペガサスを駆る戦乙女のように軽快でいて力強い歌声に、観客達の精神はヴァルハラへと導かれていく。


 足掻くしかない  爛れた世界で


 戦うしかない   嘲る者たちと


 求めるしかない  栄光の聖杯を


 数多のハンマーが流星のごとく降り注ぐ。

 VRライブ会場を囲む街並みがハンマーに叩き壊されていく。

 無機質な巨大ビルも、喧しいテレビの電波塔も、人々が暮らす家も、等しく破壊されていく。

 そんな無意味な終末をアオハルココロは笑う。


 夢に自由で 咲き誇れ 青春黙示録


 夢に銃持て 咲き急げ 青春黙示録


 夢に殉じて 咲き狂え 青春黙示録


 彼女がサビを歌いだすと、スタンドマイクから虹色の粒子が溢れ観客達の手元に届く。

 粒子は形を変えて拳銃やロケットランチャー、マシンガン、あるいはSFチックな光線銃となった。

 観客達は手にした銃を空に向け、撃ちまくる。

 この世の理不尽から自分を、そしてアオハルココロを守るかのようにハンマーを破壊していく。


 覚悟を決めろ イカれた終末がやってくる


 七人の天使が 不条理のラッパを吹き鳴らす


 されるがままでいいのか?


 キミには勝つための


 真っ赤なケツイと青いココロがある


 幾千幾万のハンマーが幾万幾億の銃弾に破壊された。

 夜空埋め尽くす粉じんが晴れると巨大なハンマーが迫っていた。

 業を煮やした神々が神罰を執行するような光景だ。

 観客たちは銃弾を撃ち続けるが、巨像の足を噛む蟻ほどにも効いてはいない。


 藻掻くしかない  屈辱の汚泥で


 征くしかない   輝く心と共に


 勝ち取るしかない 喝采の玉座を


 圧倒的な絶望前にしてもアオハルココロは不敵に笑う。

 マイクスタンドを叩きつけると、校舎が鳴動を始めた。

 ルービックキューブのようにガチャガチャとその形を変え、巨大な二本の足で立ち上がる。

 アオハルココロが天を指さすと、古の神像のごとき雄々しい姿で校舎は飛び立っていく。

 空を覆わんばかりの巨大ハンマーに、アオハルココロを肩に乗せた校舎ロボは立ち向かっていった。


 夢に自由で 咲き誇れ 青春黙示録


 夢に銃持て 咲き急げ 青春黙示録


 夢に殉じて 咲き狂え 青春黙示録


 校舎ロボの両腕が巨大ハンマーに届き、大地を支えるアトラスのようにハンマーを止めようとする。

 しかし、ハンマーは余りにも強大だった。

 いくらスラスターから噴煙を上げても、隕石は止まらない。押し返すことはできない。

 スタンドマイクを掴んだアオハルココロが走り出す。

 校舎ロボの腕を一気に駆け上がり、スタンドマイクを振り上げた。

 アオハルココロの魂の叫びとともに、叩きつけられたスタンドマイクがハンマーを穿つ。

 針のような一撃を中心にハンマー全体にひびが走り、ガラス細工のように砕け散る。

 まばゆい光に、世界は完全な白へ沈んでいく。


たとえ世界が消えてしまっても


心に残り続ける キミとともに戦った日々は


 光が晴れるとアオハルココロは校舎の屋上に立っていた。

 夜とともに全てのハンマーは消え、青空からは柔らかな陽光が降り注いでいる。

 街並みは何事もなかったかのように元通りだ。

 授業中の居眠りで見た白昼夢だったかのように――。


たとえ私が消えてしまっても


心に残り続ける キミとともに戦った日々は


 歌い上げたアオハルココロはマイクを手放すと、屋上の手すりを乗り越える。

 観客達が見上げる中、アオハルココロは屋上から飛び降りる。歌っていた時の神々しさはなく、魔法が解けてしまった少女の生々しさで頭から落ちていく。

 悲鳴が上がった。

 作り物だとは思えない気迫が、観客達を浮足立たせた。思わず目を背けたアバターも、目をつぶったモニタの前の視聴者も居ただろう。

 誰もが予期していた鈍い音――それは無かった。

 地面まで後少しというところで、アオハルココロはくるりと一回転し、見事に着地したのだ。

「みんな、今日はありがとう」

 観客達のところまで降りてきたアオハルココロは、カメラ目線で語りかける。

「実は最後に重大発表があるの」

 アオハルココロがサッと手を上げると、空中にメッセージボードが出現する。

【アオハルココロ、メジャーデビュー決定】

 VRライブ会場に集まっていたファン達は、驚きと困惑に沈黙した。

 これまでアオハルココロのメジャーデビューは何度も噂されてきたけれど、全て本人が否定していた。

 なにより、このライブが『ラストライブ』だと銘打たれていたからだ。

 流星のように輝き、そして青春の狂熱ともにアオハルココロは去っていく。

 ファンの誰もがそう思っていたからだ。

 たっぷりと5秒の間があった。

 誰かも分からない観客の一人が『いいね』のエモートをした。

 そして、緊張は決壊する。

 『いいね』の奔流だ。ハートのエモートがVRの校庭を埋め尽くし、動画の高評価も爆発的に増えていった。

 世界がアオハルココロを祝福していた。

「それじゃー、これからもよろしくねっ!」

 不安を振り払うようにアオハルココロは精一杯の笑顔を見せ、震える手を振る。

 そうして、ライブ配信は『問題』なく終わり――。



「なぜアオハルココロが、まだ『生きて』いるんだ?」

 押し殺した声でヒロトが問いかける。

 アオハルココロの配信を行っていたスタジオ、通称『秘密基地』はライブの大成功とは裏腹に、空気が冷え切っていた。

「校舎から飛び降りたアオハルココロは光の粒子となって消える。そして、プロジェクト終了の文字が出る……そういうプログラムだったはずだよね?」

 寝たくないとぐずる子供に歯磨きを命じるように、ヒロトは分かりきった事を言葉にする。

「……ヒロト、キミのわがままにはこれ以上付き合いきれない」

 エフェクト担当がひりつく空気に耐えかねて言葉を漏らすと、他の仲間たちも同意の声を上げる。

 ヒロトは彼らを見回してから、語りかける。

「新しいプロジェクトはもう考えてある。またみんなで一から始めればいい。僕たちはもっと高く飛べる」

「そんなの無意味だ! ここまで大きくなったアオハルココロを捨てるなんてもったいないよ!」

 VRカメラ担当が溜まっていた不満を吐き出すように声を荒げる。

 昂奮に真っ赤に顔を染める彼に、ヒロトはそれではダメだと首を強く振る。

「青春は終わってこそ美しく人々の心に残る! あの瞬間ならアオハルココロは永遠の存在に……神になれたんだ!」

 昂ぶったヒロトと対照的に仲間たちは冷え切っている。彼らがヒロトに向けるのは、敗者への憐れみの視線だった。

「ヒロト、もう引取先は決まっているんだ。大手プロダクションに所属する」

「それも、僕には相談なしにか……」

「キミはこれまでもメジャーデビューに頑なに反対してきた。だからこちらとしても強硬手段をとるしかなかった」

「そう……」

 自分は今たった一人でステージに立っていると、ヒロトはようやく気づいた。

 糾弾の呟きに仲間たちが目を逸らす中で、一人だけヒロトを見ている人物がいる。

 アオハルココロだ。

 ヒロトは彼女にだけ向かって話しかける。

「きみもそれでいいの?」

 瞳を揺らしたアオハルココロは答えない。

「アオハルココロは伝説になってしまった。今ここで開放しなくちゃ、きみはきみ自身の人生を生きられなくなる! いずれは醜く歪み、腐った大樹に絡め取られてしまう!」

「……ヒロトも一緒に続けようよ!」

 アオハルココロは縋るようにヒロトを見つめる。

 離したくないと握った拳が小さく震えていた。

「終わらせるべきだった……」

「イヤなの! もっと夢の中にいようよ、ヒロト!」

「醒めない夢に僕はいない」

 ヒロトが最後に交わしたのは、仲間たちと『アオハルココロ』との決別の言葉だった。



 そして、ここから始まるのは、



 【アオハルココロを殺す物語】

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