第33話 文字文化
人類の歴史と文化の発展において、文字の具体化とその使用は画期的な出来事であった。東アジアにおいて、中国で発達した漢字とその文化は、中国周辺の諸民族へと波及し、ベトナム・朝鮮半島・日本列島などにも漢字文化が影響を及ぼしている。しかし、漢字文化を受容して発展させた国々においても、それがそのまま受け継がれて展開したわけではない。古代の日本においても例外ではなかった。
もともと独自の文字を持たなかった日本列島に漢字がもたらされたのは弥生時代後半であるが、この段階ではまだ列島内部において漢字が必要とされておらず、漢字自体の理解や認識もなかったため、普及しなかった。初期には貨幣や鏡・印など鋳造された完成品に漢字が記され日本に渡来した。なかでも北部九州の人びとが、漢字が記された品物に初めて接したと考えられる。具体的には1世紀初頭の
森浩一によれば、
日本列島における漢字の受容を物語る遺物には、銘文のある鏡・剣・大刀・墓碑・墓誌などの他に、印・貨泉・仏像銘・木簡・墨書土器などがある。北部九州の
田中史生(関東学院大学教授)によれば、日本列島への漢字文化の伝播は、BC108年の前漢武帝による朝鮮半島の郡県支配が最初の画期となった。これにより朝鮮半島に配置された漢の官吏が
4世紀に入ると東アジア地域における漢字の普及状況は一変する。中国では
水野祐は、“5世紀は宋書・梁書などの中国正史によって倭国の事情が推測できるが、5世紀以前の倭国は記録時代に入っていず、伝承時代であったと考えられるから、倭国側には確実な史実を伝える記録は皆無と思われる”、という。
4世紀末の応神の時代に百済から
751年に成立した漢詩集「
5世紀で特に注目されるのは、472年の百済王
倭国における文字の使用例として確実なものに、千葉県市原市の5世紀中葉~後半築造の稲荷台一号墳(27メートルの円墳)出土の「王賜」鉄剣銘がある。「○○王」と記していないことや、「廷刀」の表記があることが注目される。しかも表の銘文の「王賜□□敬安」が裏の銘文の「此廷刀」以下の文よりも、二字あげて書く、貴人への書法の形式をとっている。
雄略期に活躍した
この5世紀後葉の雄略期の文字文化を検証できるのは、稲荷山古墳と江田船山古墳の鉄剣銘文である。鉄剣には中国年号に基づく歴「辛亥の年(471年)七月中記す」が使用されている。朝鮮半島出土の大刀銘文としては、東京国立博物館蔵の5世紀ごろの環頭大刀銘文で、17字が確認できる。その字音仮名や書風が、稲荷山古墳の鉄剣銘文と類似している。
5世紀後半以降、王権の工房など中央の生産組織では、貢納や生産管理などで歴が一部利用され始めた可能性が考えられる。また、和歌山県橋本市の
上田正昭(京都大学名誉教授)によると、朝鮮半島南部と北部九州などとの間では、古くは共通の言語文化圏が存在したと推定されるが、5世紀後半ごろになると、倭語と朝鮮語との差異も具体化してくる。日本書紀の雄略7年の条に、
文字使用の広まりに
6世紀に入ると、倭と中国王朝との交流は中断し、朝鮮半島では加耶諸国が衰退・滅亡する一方、新羅が大きく成長する。こうした状況の中で倭国の外交は百済を基本としつつ、新羅との関係も模索するものとなった。また、国内対立を治めた倭王権は地方支配を強化する。各地に
倭国は、百済出土の木簡に示されるような百済・新羅の文字技術を、百済などを介して保有していた。しかし、それは百済や新羅と同レベルに達していたということではない。すでに多くの6世紀の木簡が確認されている百済や新羅と、未だ6世紀の木簡が確認できない倭国では、文字普及に大きな差があった。日本最古の木簡としては、7世紀の640年代のものが知られており、6世紀にも木簡が使用されたと推測される。日本書紀に記載される、5世紀初頭の
ところで、国初から「留記」100巻を残したといい、373年の
6世紀から7世紀にかけてのころになると、倭国での文字使用はさらに広まりをみせる。渡来系の人びとに大きく依存した倭国漢字文化のあり方は、6世紀に百済から五経博士が上番(交替)制で渡来し、仏教が伝来したことによって変化の契機が与えられた。五経博士とは儒教の五つの基本経典(詩経・書経・礼記・易経・春秋)を講じる学者を指し、前漢の武帝が初めて置いたとされる。中国南朝の
7世紀後半になると、中央から地方の国府へ派遣された、後の国司に相当する
鈴木武樹によると、“7世紀までは、新羅語・百済語を習わせたという記事はない。中国へ行くときは通訳をつけて行くが、新羅・百済・高句麗へ行くときは通訳がついて行かない。向こうからこちらに来るときもついてこない。そのときに話していたのは今でいう在日朝鮮人であった。家では加羅語・新羅語・百済語・高句麗語で、大和朝廷では倭人語という言語の二重構造が7世紀まではあったと思われる”、という。例えば、
日本列島における文字の使用とその展開は、日本列島内部の情報伝達に寄与したばかりでなく、対外的な交渉や交易にも重要な役割を果たした。それは民族の形成や国家の成立・発展とも密接な関わりを持つ。
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