動き始めた時間
「疲れた~。」
休憩で入ったカフェで、都がばったりと体をテーブルに伏せる。
朝から歩き続けた足はもうパンパンだ。
「ゆり、めずらしく元気だね~。いつもだったらゆりの方が先にへばるのに。」
「そ、そかな~。」
都の言葉に素知らぬ顔していたけど、その通りだった。
自分でもびっくりだけど、不思議と今日は疲れを感じなかった。
理由は―――
「……あ、矢島湊!」
思いがけず心の中にいたその人の名前を呼ばれ
わたしは思わずコーヒーカップを落としそうになる。
「なっなんで?!」
「なんで??って、ほらあそこ。」
都が指さすその先には、ビル一面の矢島湊。
スマートフォンのポスターだろうか。
まっすぐ見つめる彼の目は、わたしをとらえて逃さない。
「こうやってみるとやっぱいい男だな~。昨日は腹立って忘れてたけど。」
口をとがらせた都が、遠くの矢島湊にデコピンする。
その姿に苦笑いしながら、わたしはコーヒーを少し口に含んだ。
あれから、昨日のことは二人だけの中にとどめておこうと決めた。
彼も母親のことを必要以上に話すのは少し気恥ずかしいようだったし、
わたしもずっと誰にもいえなかったホントの気持ちを知られるのは、
都やみんなを傷つける気がして少し怖かった。
そっと窓の外に目を移し、昨日のことを思い出す。
別れ際、皆に気づかれないように『誰にも内緒ですよ。』
と、ささやいた彼の顔はまるでいたずらっ子のようで
なんだか少しくすぐったかった。
奇跡のような出逢いであっても
そこに続きを夢をみるほど
わたしももう子供じゃない。
それでも、あの笑顔とあの言葉だけは
どうかわたしだけのものであってほしいと
心の中で小さく小さく願った。
**************************************
その日の夕方、美緒との再会をわたし以上に喜んで、
都は一足先に家へと帰って行った。
わたしの感謝の言葉に照れくさそうに笑いながら
『次は二人で温泉旅行だね~』なんて言葉を残して。
もう一度…。 @sawayasuzu
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