出逢い
「この店、ホント雰囲気いいね。ご飯もおいしいし、しあわせ~~~~~。」
「近藤セレクトだよ。やっぱ業界人は違うね~。」
「おう。お前ら、俺に感謝しろよ~。」
「ばーか、そこは嘘でも謙遜しろよ。」
店の中に笑い声が響く。
総勢10名。
全員大学時代の陸上部の仲間。
美緒と離れて過ごす時間、少しでも寂しくないようにと
都がみんなに声をかけてくれていた。
東京の近くにいる子たちがかけつけてくれ
今日はちょっとした同窓会だ。
近藤君は東京のテレビ局勤め。
今ではなんとプロデューサー。
今日のお店も芸能人御用達なんだとか。
実はちらほら見たことある顔の人が、食事していて
見慣れていないわたしはどうにも落ち着かない。
東京ってすごいなぁ、なんて。
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「近藤さん?」
食事も終わり、隣のバーに移動し飲んでいると
どこかで見たことのある男性が近づいてきた。
「こんばんは。何かの集まりですか?」
あれ?この人、知ってる。
見たことあるよ。
えっと、確か、確か―――――――
「おー!湊!偶然だな。」
矢島湊!!!!
「まじかよ、近藤。矢島湊と知り合いなの??」
みんなも驚きで顔を見合わせ騒ぎ出す。
矢島湊(やじまみなと)
10年ほど前に子ども向けの戦隊もの番組でデビューした俳優だ。
今ではドラマやCMにひっぱりだこ。
あまり芸能人に詳しくないわたしでも知ってるくらいの有名人だ。
「何度か一緒に仕事してさ。たまにご飯付き合ってもらうんだよね。
つか、本人目の前にいるんだから、『さん』ぐらいつけろって。」
「そんなんいいですよ、近藤さん。
えと、矢島湊です。近藤さんにはいつもお世話になってます。」
TVのまんまの顔と声で、矢島湊は丁寧に挨拶した。
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矢島湊の周りには男たちが集まり、あれやこれやと質問攻めにしている。
顔ちっちゃいな~。
テレビのまんまだよ~。
ホントに実在するんだな~~。
そんなことを考えながら隣のテーブルに座ってる矢島湊を見てると
「ゆり、口あいてる。」
都からするどい突っ込みがはいった。
「だって、あんなに顔ちっちゃいんだよ。美緒とおんなじくらいだよ。
怖くて、一緒に写真撮ってくださいって言えないよ。」
わたしが小声で耳打ちすると
「たしかに。」
都は笑いながら頷いた。
「そうは言ってもこんなチャンス二度とないよ!サインと写真は必ずゲットだ。」
「そだね。」
わたしたちは腕を組み、盛り上がっているみんなの輪の中に入っていった。
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「あの、名前は『美緒ちゃんへ』でお願いします。」
「美緒ちゃん??」
矢島湊はサインをしながら、わたしを指さした。
「あ、いえいえ、違います。美緒は娘なんです。娘がよく矢島さんのドラマ見ているので。」
「そうなんですか。ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ、図々しくすみません。」
書き終えたサインを受け取りながら、わたしは深々とお辞儀した。
「いくつですか?」
「え?」
彼の言葉に頭を上げると
「お子さん、歳いくつですか?」
少し怒ったような顔で彼が聞いてくる。
「あ、あぁ娘は10歳です。めちゃくちゃ生意気ですよ。」
その表情に戸惑いながらも苦笑いしながら言うと、
「もう遅いですよ。帰った方がいいんじゃないんすか。娘さん待ってますよ。」
そう言って、すっと顔をそらされる。
「えーーと…そうですよね。」
なんか怒らせちゃった……かな。
でも、今日初めて会った人に詳しい事情を話すのも変だし。
「えーっと、でも今日は、あの――」
なんて言えば角が立たないかな、なんて考えながら困ってると
都が隣にやってきた。
「どした?ゆり、なんか変だよ。」
そう言って笑いながら、わたしの腕をつっついてくる。
「ん??いや、何にもない何にもない!」
ややこしいことになる前に、なんとかこの場を離れなきゃと思いながら
都の背中を押し、不機嫌そうな彼に会釈する。
「近藤君がさぁ、場所変えて飲もうかって。ゆり、まだまだ飲めるでしょ?
へへへ、今日はこのままオールしちゃう??」
お酒もはいって、都はいつも以上にハイテンションだ。
にこにこ笑いながら、彼にも話しかける。
「あ、よかったら矢島さんも一緒にどうですか??」
あまりのタイミングの悪さに、泣きたくなる。
顔をひきつらせながら振り向くと
案の定もっと不機嫌そうな顔で彼がこっちを見ていた。
「え? ん?? わたし何か悪いこと言った??」
状況がつかめない都はわたしと矢島湊の顔を行ったり来たりしている。
「たまの事だからって思ってんのかもしれませんけど、
こんなに遅くまで飲み歩く必要ありますか?」
「まだお子さん、小学生なんですよね。
お父さんが見てくれてるのか知りませんが、
子供にとって一番はやっぱ母親なんじゃないんすか。」
矢継ぎ早に言葉を投げかけられわたしが困っていると
横で都がプルプルと震えてる。
やばいと思った瞬間にはもう遅かった。
「あんたねぇ!!」
都がものすごい勢いで矢島湊に詰め寄る。
「ゆりのこと何にも知らないくせに偉そうに。ゆりはっ――」
「都!」
わたしは慌てて引き留める。
「ちょっと、ゆり止めないでよ!
こんなやつ、ガツンと言ってやらないとわかんないんだよ!」
「だめだってば。」
ぐいっと都を引き戻す。
「矢島さん、何も知らないんだよ。」
「だからって、あんな言い方っ――」
「都。ただ一般論を言ってるだけだよ。そんなに怒ることじゃない。」
じっと都の目を見つめ、静かに諭す。
わたしの言葉で落ち着きを取り戻したのか、都はひとつ大きく息をはいた。
静まりかえり重くなった雰囲気を壊すように
わたしのスマートフォンが軽やかに音楽を奏でる。
画面に美緒の名前を見つけ、わたしはあわてて近藤君に都を託した。
「ごめっ、美緒から電話だから。あの、都怒ってて、とにかくごめん!
あとお願いする!」
電話を片手にわたしは店のロビーへと急いだ。
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できるだけ明るい声で「おやすみ」を言い、わたしは電話を切った。
『どうしても寂しくなったら、夜中でもいいから電話するんだよ!』
美緒の言葉を思い出し、少し笑う。
「どっちが母親なんだか、、、。」
小さくつぶやきながら、待ち受け画面に映る美緒をそっとなでた。
「それ、娘さんですか?」
突然の声に思わずスマートフォンを落としそうになる。
顔をあげるとそこには矢島湊が立っていた。
「あ、はい…。」
「似てますね。」
そういいながらわたしの横に腰掛ける。
「で…ですかね。なんかあれなんですよね、しゃべり方とかも似てきちゃって。
怒ってるときとか自分とケンカしてるみたいで。…ははっ…」
店のBGMの中にわたしの小さな笑い声だけが響き
何とも言えない気まずい空気が流れる。
「んーと、中戻りましょうかね。みんな待ってるだろうし。」
耐え切れずわたしが歩き出すと
「すみません!」
後ろから大きな声が響いた。
振り向くと、二つ折りになるんじゃないかという勢いで
彼が頭を下げている。
「え? え?? えっと…。」
何が起きているのかわからず戸惑っていると
彼が顔を上げこちらに一歩歩み寄った。
「俺、何も知らなくて……無神経なこと言って、、、。本当にすみませんでした。」
もう一度深々と頭を下げる。
「あー…、都に話聞いたのかな…。」
「いや、話は近藤さんに。その後、都さんにがっつり怒られました。」
頭を上げてこちらを見ながら、ばつが悪そうに彼が言う。
なんとなく想像がついて、わたしは思わず苦笑いした。
「ごめんなさい。矢島さん何も知らなかったから仕方ないのに。
……でも、都のこと悪く思わないでください。
ちょっと熱いところがあって、暴走しちゃうこともあるけど、
ホントにすごくいい子なんです。」
「わかってます。それに今回の事は俺が悪いので…。
その、なんていうか……その……ちょっと座りませんか。」
相変わらずばつの悪そうな顔をしている彼に促され
わたしたちはさっきいた場所に腰掛けた。
「本当にすみませんでした。」
またまた彼が頭をさげる。
「いやいや、本当に気にしないでください。
何も知らなかったんですから仕方ないですよ。
おしゃってることもいろいろ考え方はあるでしょうけど、
子供にとって母親が大切なのは、その通りですしね。」
「いや、そうじゃなくて……。」
頭を抱えながら、何やら考え込んでる。
「あれは、その、ただの八つ当たりというか、なんというか…。」
言葉の意味がよくわからず、わたしは首をかしげた。
そんなわたしを見て、彼は『はぁー』と大きく息をはき、話し始めた。
「俺、、、の母親が、その…子供よりずっと自分優先だった人で、
子供の頃よく一人で留守番してたんです。」
「あー……。」
彼の不機嫌の理由がやっと理解できた気がして、わたしは小さく頷いた。
「父親も忙しい人で…今思えば仕事も家の事も母は一人で頑張ってたんだって思うんです。でも……。」
「そうだったんですね…。」
「小島さんが楽しそうにしてるのを見て、何だか母と重なってしまって
…母もこんな風に楽しんでいたんじゃないかって思ってしまって、、
小島さんは何にも関係ないのに……
その、思いっきり八つ当たりでした。すみません…。」
申し訳なさそうに小さくなっている彼を見て、わたしは思わず吹き出してしまった。
「矢島さんはお母さんが大好きなんですね。」
「なっ…!」
わたしの言葉に彼はどんどん赤くなっていく。
顔を見られないようにか、パッと顔をそむけた。
「いっ、今はそんな風には思ってないですよ!
相変わらず自分優先な母ですけど。
ってか、こんなこと思い出したのも久しぶりで、
あんな風に小島さんに当たってしまったのが、自分でも不思議なくらいでっ……。」
どんどん早口になっていく彼に、思わず笑みがこぼれた。
わざわざ話に来てくれた彼の優しさに、胸があったかくなる。
「そんなプライベートなこと、話してもらってありがとうございます。
きっと…わたしの話で気を遣わせちゃいましたね。」
「いや、……ちゃんとお話しできてよかったです。
あのまま帰ってたら、きっとすごい自己嫌悪だったんで。」
苦笑いしながら彼が答え、そして「大変だったんですね。」と
わたしに聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声でつぶやいた。
その声の大きさが、彼がわたしの過去に踏み込んでいいのか
彼なりに悩んでくれている気がして少しうれしかった。
「もう5年も前の事ですからね。そんなに悲観的なわけじゃないんですよ。」
わたしはまっすぐ前を見つめて言う。
「それでもやっぱり…。誰だっていろいろ事情があるのに、
あんな風に決めつけた発言してしまって、恥ずかしいです。」
「でもこうやって、ちゃんとお話ししてくれたじゃないですか。
それだけで充分です。それに……。」
「……??」
「正直言うとちょっとうれしかったんです。」
「うれしかったって何がですか?」
「矢島さんに母親としてどうなんだって責められたとき
なんかちょっとホッとしたんです。
わたし、そういう母親にみえるんだなぁって。
……って、言ってること変ですかね。」
「…です、、かね。」
いまだ意味が掴み取れないという顔で彼がこちらを見ている。
「ずっと……普通の母親に戻りたかったんです。
主人が亡くなって、子供から離れられなくなってしまって…。
でもたくさんの人に支えられて、
少しずつ子供と距離をおけるようになって、、、。」
彼はじっと黙ってわたしの話を聞いている。
「でも、いまだにちゃんと普通の母親になれてるのか不安なんです。
普通って何が普通なんだって感じなんですけど
……頑張って子育てして、子供が大好きだけど時にはイライラしちゃって
自分の時間ほしいなって思ったり、
時には子育てから解放されて、のんびりしたいって思ったり…。
そういう――……」
そう、ホントはずっと不安だった。
わたしはちゃんとできてるのかなって。
美緒のこと苦しめてないかなって。
みんなは『大丈夫だよ』『普通だよ』って言ってくれるけど
ずっと心のどこかで疑ってた。
わたし、ちゃんと前に進めてる――??
ホントにちゃんと―――……
「ちゃんと普通のお母さんでしたよ。」
隣から優しい言葉が降ってくる。
「ちゃんと頑張って子育てして、
子供が大好きだけど時にはイライラしちゃって自分の時間ほしいなって思ったり
時には子育てから解放されて、のんびりしたいって思ったりしてそうな、
普通のお母さんでしたよ。」
驚いて彼を見たわたしに、彼はゆっくりゆっくり
まるでわたしに言い聞かせるように繰り返す。
優しく微笑む彼に、言葉が出ない。
「……――っ」
思わず涙がこぼれそうで慌てて下を向く。
言葉が体中に染み込んでいくような不思議な感覚に
わたしは胸がいっぱいになった。
ずっとずっと体の中に残っていた大きな塊が
すぅーっと溶けていくような気がして
彼の言葉を何度もかみしめながら顔を上げた。
「ありがとう。」
わたしの言葉に彼が小さく頷いた。
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