もう一度…。

@sawayasuzu

はじまり

小さな泣き声が聞こえる。




…誰か、、泣いてる―――?


聞いたことがある声……これは――――




ゆっくり目をあけ、まぶたを拭った。


濡れた手を見て、思わず笑ってしまう。




「…わたしか……」




泣いて起きるのはめずらしい事じゃない。


前に比べれば、かなり少なくなったけど。




時計は5時半を指している。


少し早いけど、目が冴えてしまってもう眠れそうにない。


隣でぐっすり寝ている美緒を起こさないように、そっと寝室を出た。




**************************************




リビングで水を飲みながら、今みた夢を思い返す。





『○○総合病院のものですが…』

『……で、ご主人が事故にあわれまして―――』





ゆらゆらとコップの水が揺れる。





電話くれた女の人、声震えてたっけ…。


そんなことを思い出しながら


そっとコップをテーブルの上に置き、横に置いてある写真を手に取った。




**************************************




隼君は大学のひとつ先輩。


同じ陸上部の選手とマネージャーだった。




4年付き合って24歳の時に結婚。


翌年、美緒が生まれた。


ホントに普通の家族だった。


いっぱい笑って時にはケンカもした。




毎日おんなじでつまんなく感じたりもしたけど


でも、それがずっと続くんだと思ってた。





当たり前のようにずっと、ずっと、ずっと………




**************************************




彼がいなくなって5年。


最初の数年はあまり記憶がない。




大切な人がいなくなっても、時間は待ってくれない。


何も変わらず過ぎていく、ただ淡々と。




当時5歳だった美緒はもう10歳。


かわいいだけの時期はとうの昔に過ぎ、今ではもうすっかり女子。


二言目には「わかってるって、うるさいなぁ」と


まぁなんとも憎たらしい限り。


気づけばわたしも35歳、もうすっかりおばさんだ。




いいよねー隼君は歳とらないし。


そっと写真の顔を指でなぞった。




**************************************




「おはよーー」



美緒が目をこすりながら、リビングに入ってくる。



「おはよ。もう少し寝ててよかったのに。まだ早いよ。」


「んんーー。なんか目、覚めちゃった。

  お母さんこそ早いね。旅行が楽しみすぎて寝れなかったの?」


「それは美緒の方でしょ~~?」



私は少し笑いながら、テーブルに朝食を置いた。



「へへへ。そうですよ~ホント楽しみすぎるよ~~!!」



美緒が満面の笑みで天井を仰ぐ。



「はいはい。ほら先に顔洗っといで。」



そういって、美緒を廊下へと押し出した。




**************************************




「じゃあ、美緒のことよろしくお願いします。」




東京駅で合流したお義母さん達に美緒を託す。


久しぶりの再会に、美緒は少し恥ずかしそうだ。




「今日と明日は私たちが責任をもって預かるから。

ゆりさんもたまにはのんびりしてね。」


「ありがとうございます。

私も東京にはいますので、何かあればいつでも連絡ください。」



わたしが頭をさげると、お義母さん達はうれしそうに美緒の手をとり、

3人で改札の中へと入っていく。



「お母さん、私がいなくて寂しいだろうけど、泣いちゃだめだよ!」



冗談ぽく言いながら、美緒は手を振って階段を降りて行った。




**************************************




美緒を見送り、時計に目を落とした。


広場に出て、花壇の端に腰掛ける。


春休みの東京駅、予想以上の人、人、人。



キャラクターの帽子をかぶった女の子。


両手いっぱいにお土産を持ったカップル。


みんな、幸せそうな顔していて、こちらまで幸せな気分になる。




3人で行ったの、美緒がいくつのときだったっけ……




3人での想い出を思い出しても涙はもうでない。


楽しかった思い出は楽しいままで残しておかなきゃと


いつしか思えるようになった。




でもなぜか、隼君とのことを思い出すときは


体がふわっと浮いたような感覚になる。




自分のことを思い出しているのに


他人を少し遠く離れたところから見ているような


そんな感じ。




幸せな思い出は幸せなままに……なんて


ホントは違うのかも。


ただ涙が枯れてしまっただけで


ホントは逃げてるだけなのかも。




結局わたしは前に進めていないのかな――――――




**************************************




「ゆりっ!」


名前を呼ばれ振り返ると、改札から出てくる都がいた。


「久しぶり~~~!!でもないか。」


自分に突っ込みながら都が言う。


「あはは。1カ月ぶりくらい??いちおう久しぶり!」


二人で顔を見合わせ笑った。




井上都(いのうえみやこ)


大学の時の同級生で大親友。

一緒に陸上部のマネージャーをしてた。

だから、隼君とのことは付き合った当時から全部知ってる。


事故のときも一番に駆け付けてくれて

ずっとそばにいてくれた。


ホント、感謝してもしきれない恩人だ。




**************************************




「あれ?美緒ちゃんは??」



都がわたしの後ろを覗き込む。



「もう行ったよ。バイバーイ!ってね。」



「えぇ~~会いたかったのに~~残念。」



「先月も会ったでしょ~。」



わたしが笑いながら言うと、少し真面目な顔で都が聞いた。



「美緒ちゃん、なんか言ってた?ゆりがついてかないって言ったとき。」



「あーーー特に、、、かな。別れ際に泣かないでよ~とは言ってたけど。」



「………そっか。」



少しホッとした様子で都が頷く。




**************************************




5年前、突然の事故で隼君をなくして


わたしは心が不安定になり、


それまでのような生活が送れなくなってしまった。



美緒を同じようになくしてしまうんじゃないか


そればっかりが頭に浮かんで


幼稚園や小学校に笑顔で送り出すことができず


しばらくずっとそばで監視するような生活をしていた。



そんなとき『このままじゃダメだよ』と叱ってくれたのは都だった。


出歩く気力がないわたしを半ば強引に連れ出し


カウンセリングを受けさせてくれた。


わたしが代わりに見ていてあげるからと


美緒から離れる時間を作ってくれたのも都だ。



おかげでわたしは少しずつ美緒と離れることができ


今では笑顔で小学校に送り出すことができている。




そして今日、わたしは初めて美緒のいない夜を過ごす。




**************************************




       

         ―――――2か月前―――――


「え?3連休??」


「そうなの。今年で勤続3年目だから、ご褒美にもらえるらしくて。」

 


毎月恒例の都との二人ランチ。

わたしは急にふってわいた連休に頭を悩ませていた。



「でさ、隼くんのご両親を旅行に誘ってみようかと思ってるんだけど、どう思う?」


「どう思うってーーー嫁として偉いね!って感じ?!」



ちゃかすように都が言う。



「そうじゃなくて、……わたしたちを見てたらやっぱり思い出しちゃうかな?

……辛い思いさせちゃうかな?」



都はわたしの言葉に少し考え込んで、

手に持っていたコーヒーカップをそっとテーブルに置いた。




「……どうだろうね。……私は隼介先輩のご両親じゃないから、

ホントのところはわかんないけど。。」



「うん…。」



「でも……、今のゆりと美緒ちゃん見てたら、ご両親も隼介先輩の想い出、

笑って話せるんじゃないかなって思うよ。」



「……。」



「それに、美緒ちゃん。」



「え?」



「笑った顔がさ、隼介先輩に似てきたよね。」



「そうかな?」



「うん。顔がクシャってなるとこがさ、似てるな~って思う。

  でさ、ちょっとホッとする。あ~先輩ここにちゃんといるじゃん、ってね。」



そう言って懐かしそうに笑う都の目は、ほんの少し潤んでる。



「だから、その一緒の旅行?

  …辛くなることもあるかもしんないけど

  それ以上にホッとするし楽しいし、幸せだと思うよ、きっと。」




「…やっぱ、都に聞いて正解だったな。」




「そ??」




「うん。いつも…ホント…ありがとね。」




照れくさそうに笑った後、都は何か考え込んで


そして突然こう言った。




「ねぇ!じゃあその旅行、私も行っていい??」




**************************************




都の提案で、旅行のスケジュールはあっという間に決まっていった。


隼君のお義母さん達に旅行のことをに話すととても喜んでくれ

東京まで一緒に行き、美緒と離れて過ごす時間をつくる、

という都の提案も快く受け入れてもらえることになった。



『ゆりだってたまには息抜きしないと。

  今回は隼介先輩のご両親に甘えてさ。

       久しぶりの二人旅楽しもう!』


なんて都は言ってるけど、ホントは

わたしと美緒のためだってわかってる。



都はいつもわたしが少し前に進むためのきっかけをくれるんだ。


そして、勇気を出して進もうとするときは

必ずそばで見守っていてくれる。


わたしもがんばらなきゃ。

しっかり前を向いて。

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