もう一度…。
@sawayasuzu
はじまり
小さな泣き声が聞こえる。
…誰か、、泣いてる―――?
聞いたことがある声……これは――――
ゆっくり目をあけ、まぶたを拭った。
濡れた手を見て、思わず笑ってしまう。
「…わたしか……」
泣いて起きるのはめずらしい事じゃない。
前に比べれば、かなり少なくなったけど。
時計は5時半を指している。
少し早いけど、目が冴えてしまってもう眠れそうにない。
隣でぐっすり寝ている美緒を起こさないように、そっと寝室を出た。
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リビングで水を飲みながら、今みた夢を思い返す。
『○○総合病院のものですが…』
『……で、ご主人が事故にあわれまして―――』
ゆらゆらとコップの水が揺れる。
電話くれた女の人、声震えてたっけ…。
そんなことを思い出しながら
そっとコップをテーブルの上に置き、横に置いてある写真を手に取った。
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隼君は大学のひとつ先輩。
同じ陸上部の選手とマネージャーだった。
4年付き合って24歳の時に結婚。
翌年、美緒が生まれた。
ホントに普通の家族だった。
いっぱい笑って時にはケンカもした。
毎日おんなじでつまんなく感じたりもしたけど
でも、それがずっと続くんだと思ってた。
当たり前のようにずっと、ずっと、ずっと………
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彼がいなくなって5年。
最初の数年はあまり記憶がない。
大切な人がいなくなっても、時間は待ってくれない。
何も変わらず過ぎていく、ただ淡々と。
当時5歳だった美緒はもう10歳。
かわいいだけの時期はとうの昔に過ぎ、今ではもうすっかり女子。
二言目には「わかってるって、うるさいなぁ」と
まぁなんとも憎たらしい限り。
気づけばわたしも35歳、もうすっかりおばさんだ。
いいよねー隼君は歳とらないし。
そっと写真の顔を指でなぞった。
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「おはよーー」
美緒が目をこすりながら、リビングに入ってくる。
「おはよ。もう少し寝ててよかったのに。まだ早いよ。」
「んんーー。なんか目、覚めちゃった。
お母さんこそ早いね。旅行が楽しみすぎて寝れなかったの?」
「それは美緒の方でしょ~~?」
私は少し笑いながら、テーブルに朝食を置いた。
「へへへ。そうですよ~ホント楽しみすぎるよ~~!!」
美緒が満面の笑みで天井を仰ぐ。
「はいはい。ほら先に顔洗っといで。」
そういって、美緒を廊下へと押し出した。
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「じゃあ、美緒のことよろしくお願いします。」
東京駅で合流したお義母さん達に美緒を託す。
久しぶりの再会に、美緒は少し恥ずかしそうだ。
「今日と明日は私たちが責任をもって預かるから。
ゆりさんもたまにはのんびりしてね。」
「ありがとうございます。
私も東京にはいますので、何かあればいつでも連絡ください。」
わたしが頭をさげると、お義母さん達はうれしそうに美緒の手をとり、
3人で改札の中へと入っていく。
「お母さん、私がいなくて寂しいだろうけど、泣いちゃだめだよ!」
冗談ぽく言いながら、美緒は手を振って階段を降りて行った。
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美緒を見送り、時計に目を落とした。
広場に出て、花壇の端に腰掛ける。
春休みの東京駅、予想以上の人、人、人。
キャラクターの帽子をかぶった女の子。
両手いっぱいにお土産を持ったカップル。
みんな、幸せそうな顔していて、こちらまで幸せな気分になる。
3人で行ったの、美緒がいくつのときだったっけ……
3人での想い出を思い出しても涙はもうでない。
楽しかった思い出は楽しいままで残しておかなきゃと
いつしか思えるようになった。
でもなぜか、隼君とのことを思い出すときは
体がふわっと浮いたような感覚になる。
自分のことを思い出しているのに
他人を少し遠く離れたところから見ているような
そんな感じ。
幸せな思い出は幸せなままに……なんて
ホントは違うのかも。
ただ涙が枯れてしまっただけで
ホントは逃げてるだけなのかも。
結局わたしは前に進めていないのかな――――――
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「ゆりっ!」
名前を呼ばれ振り返ると、改札から出てくる都がいた。
「久しぶり~~~!!でもないか。」
自分に突っ込みながら都が言う。
「あはは。1カ月ぶりくらい??いちおう久しぶり!」
二人で顔を見合わせ笑った。
井上都(いのうえみやこ)
大学の時の同級生で大親友。
一緒に陸上部のマネージャーをしてた。
だから、隼君とのことは付き合った当時から全部知ってる。
事故のときも一番に駆け付けてくれて
ずっとそばにいてくれた。
ホント、感謝してもしきれない恩人だ。
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「あれ?美緒ちゃんは??」
都がわたしの後ろを覗き込む。
「もう行ったよ。バイバーイ!ってね。」
「えぇ~~会いたかったのに~~残念。」
「先月も会ったでしょ~。」
わたしが笑いながら言うと、少し真面目な顔で都が聞いた。
「美緒ちゃん、なんか言ってた?ゆりがついてかないって言ったとき。」
「あーーー特に、、、かな。別れ際に泣かないでよ~とは言ってたけど。」
「………そっか。」
少しホッとした様子で都が頷く。
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5年前、突然の事故で隼君をなくして
わたしは心が不安定になり、
それまでのような生活が送れなくなってしまった。
美緒を同じようになくしてしまうんじゃないか
そればっかりが頭に浮かんで
幼稚園や小学校に笑顔で送り出すことができず
しばらくずっとそばで監視するような生活をしていた。
そんなとき『このままじゃダメだよ』と叱ってくれたのは都だった。
出歩く気力がないわたしを半ば強引に連れ出し
カウンセリングを受けさせてくれた。
わたしが代わりに見ていてあげるからと
美緒から離れる時間を作ってくれたのも都だ。
おかげでわたしは少しずつ美緒と離れることができ
今では笑顔で小学校に送り出すことができている。
そして今日、わたしは初めて美緒のいない夜を過ごす。
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―――――2か月前―――――
「え?3連休??」
「そうなの。今年で勤続3年目だから、ご褒美にもらえるらしくて。」
毎月恒例の都との二人ランチ。
わたしは急にふってわいた連休に頭を悩ませていた。
「でさ、隼くんのご両親を旅行に誘ってみようかと思ってるんだけど、どう思う?」
「どう思うってーーー嫁として偉いね!って感じ?!」
ちゃかすように都が言う。
「そうじゃなくて、……わたしたちを見てたらやっぱり思い出しちゃうかな?
……辛い思いさせちゃうかな?」
都はわたしの言葉に少し考え込んで、
手に持っていたコーヒーカップをそっとテーブルに置いた。
「……どうだろうね。……私は隼介先輩のご両親じゃないから、
ホントのところはわかんないけど。。」
「うん…。」
「でも……、今のゆりと美緒ちゃん見てたら、ご両親も隼介先輩の想い出、
笑って話せるんじゃないかなって思うよ。」
「……。」
「それに、美緒ちゃん。」
「え?」
「笑った顔がさ、隼介先輩に似てきたよね。」
「そうかな?」
「うん。顔がクシャってなるとこがさ、似てるな~って思う。
でさ、ちょっとホッとする。あ~先輩ここにちゃんといるじゃん、ってね。」
そう言って懐かしそうに笑う都の目は、ほんの少し潤んでる。
「だから、その一緒の旅行?
…辛くなることもあるかもしんないけど
それ以上にホッとするし楽しいし、幸せだと思うよ、きっと。」
「…やっぱ、都に聞いて正解だったな。」
「そ??」
「うん。いつも…ホント…ありがとね。」
照れくさそうに笑った後、都は何か考え込んで
そして突然こう言った。
「ねぇ!じゃあその旅行、私も行っていい??」
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都の提案で、旅行のスケジュールはあっという間に決まっていった。
隼君のお義母さん達に旅行のことをに話すととても喜んでくれ
東京まで一緒に行き、美緒と離れて過ごす時間をつくる、
という都の提案も快く受け入れてもらえることになった。
『ゆりだってたまには息抜きしないと。
今回は隼介先輩のご両親に甘えてさ。
久しぶりの二人旅楽しもう!』
なんて都は言ってるけど、ホントは
わたしと美緒のためだってわかってる。
都はいつもわたしが少し前に進むためのきっかけをくれるんだ。
そして、勇気を出して進もうとするときは
必ずそばで見守っていてくれる。
わたしもがんばらなきゃ。
しっかり前を向いて。
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