1-2 その鬱憤、晴らそうぜっ!

 委員長はストサポによって捕らえられた。盛大にずっこけ、ヘッドスライディングを決めたところを包囲されてしまったのだ。


「怪我はないですか? 走り出した時にはびっくりしましたよ」


 癒月が委員長に言うと晴樹が手を差し伸べた。


手を取って立ち上がりスカートについた埃を払う。


「奇跡的にどこも怪我はしていないようです。急に走り出してすみませんでした」


 委員長は体を一通り動かし、メガネを外して破損の有無を確認してから頭を下げた。


「それならほっとしたよ。さて委員長、部室に戻るぞっ! まあ、部室って言っても俺が勝手に部室にしたんだけどな」


 晴樹は委員長の腕を引き、歩き出した。


「えっと、後日で大丈夫ですよ……? 日比谷くんたちも急に走って疲れたと思いますし……」


「いや、俺たちのことは心配しなくて平気だよ。遠慮すんなって」


 抵抗する委員長をよそに晴樹は進む。


 ちょっとした騒ぎが気になったのか、カウンセリング室からスクールカウンセラーの満井みついさんが顔を覗かせた。彼女の肩上五センチの髪には緩くパーマがかかっている。


「橋立くん、何だか盛り上がってるわね」


「そうなんですよ……。初めて依頼が来たんです」


「あ、ストレス発散の? おめでとう。大変そうだけど応援するね、ファイト!」


 満井さんが左手でガッツポーズをすると、薬指にはめてある指輪がきらりと光った。


「ありがとうございます、頑張ります」


 満井さんと話している間に晴樹と委員長の姿は遠のき、小さくなっている。それを癒月はやれやれと言った様子で眺めていた。


         


「んで、委員長のお願いしたいことってなんだ?」


 三人が適当に席に着くなり晴樹は質問した。


「わ、私のストレス発散を手伝ってほしいんです……。学級委員長としてクラスを仕切ったり成績を維持したりするのは、かなりストレスが溜まるんです」


「委員長はいつも真面目で頼りになるし、この前のテストも学年一位だったからな」


 晴樹は腕を組み、うんうんと首を縦に振っている。ここで癒月が口を挟んだ。


「でも、クラスをまとめるのも成績上位を保つのも、嫌だったらやめちゃえばいいじゃないですか?」


 癒月の言う通りではある。嫌ならばそうしなければいい。彼女にはそうできない理由があるのだろうか。


「そうできるなら、苦労はしないんですよ。私、頼まれたり圧をかけられたりしたら……できなくて……」


 委員長は困ったように俯いてしまった。晴樹は腕を組んだまま以前あった役職決めのことを思い出す。


「確か、委員長になったのも担任の鈴石にやれって言われたからだよな。誰も立候補しなくて」


「あの鈴石か……」と、癒月は何かを察したように呟いた。


「そうなんです。勉強に関しては、このままなら大学の推薦入試でも一般入試でも有名校に行けるから頑張れって……。成績が少しでも下がると、その度に真面目に勉強しているのかと叱責されるんです。クラスが上手くまとまらなくてもごちゃごちゃ言われてるのがつらくて……」


「それで俺たちのところに来たのか」


 晴樹の言葉に、委員長はこくんと頷く。その後、満井さんに相談しに行こうかと思ったがカウンセリング室に入る勇気はなかったということも教えてくれた。


「鈴石、ひどいもんだな。俺は一回もそんなこと言われたことないってのに」


「それは先輩だからですよ。いろいろな意味で期待値が違うんです」


 癒月の辛辣な突っ込みに対して、晴樹は「そっか」と軽く返して話を続けた。


「じゃあ、委員長のストレスを発散サポートと鈴石からのプレッシャーを軽減できればいいんだな」


「そうしてもらえるとありがたいです。よろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀をすると三つ編みがゆらゆらと揺れる。


「委員長さんはどうやってストレスを発散させたいんですか?」


 ストレス発散方法。それは十人十色だ。委員長はどのようにストレスを発散させたいのか、聞いた癒月だけではなく晴樹も気になっていた。


「実は、やってみたいことがあるんです」


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