1-1 依頼がなくても、俺はくじけないっ!

 放課後。誰も使わない空き教室に、ある非公認クラブに所属の男子高校生が二人。


 丸みを帯びた髪の彼は椅子に静かに座り、くるくるとした癖毛の彼は教室内をせわしなく歩き回って誰かが訪ねて来るのを待っていた。


 一年生の橋立癒月はしだてゆづきは座ったまま、退屈そうに机に頬杖をつく。


「今日も暇ですね。まだ依頼は来たことないし……。もう帰っていいですか?」


「そんなこと言うなよ! 今日こそは誰か来るかもしれないだろっ!」


 ぐるぐると動き回っていた男がずかずかと癒月に近づき、ばんっと机を両手で叩く。それに合わせて癒月の肘が跳ねた。


 この人物は二年生の日比谷晴樹ひびやはるき。『ストレス発散サポートクラブ』の部長だ。


 二人は同じ中学出身で、男子テニス部に所属していた。癒月は高校でもテニス部に入部するつもりでいたが、体験入部に行く前に晴樹に捕まってしまったのだ。断ることもできずに引きずり込まれるようにこのクラブに入れられ……今に至る。


 ちなみに「今日こそは誰か来るかもしれないだろっ!」は毎日きいているため、癒月はもう聞き飽きていた。


「えぇ……。今日も誰も来ないですよ、諦めて帰りましょうよ」


「もう少しだけ! 癒月お願い……!」


 晴樹は顔の前で、ぐっと力強く両手を合わせた。その様子に癒月はやれやれと首を横に振る。


「……じゃあ、あと十五分待ちます」


「よっしゃ、あと十五分な。絶対に誰か来るって!」


 晴樹は歯を見せて、にかっと笑った。子どものような笑みは高校生に見えない。目もきらきらと輝いている。まるで幼稚園児だ。


「来なかったら、あとでコーヒー牛乳奢ってください」


「わかった、まかせろ!」




 それからあっという間に十五分が過ぎようとしていた。あと残り一分。時計の針がゆっくりと、着実に動いている。


「これはコーヒー牛乳確定ですね、先輩。自販機にある百円の紙パックのやつでいいですよ」


 癒月は机の上に鞄を置き、帰る支度を済ませている。


「いや、まだだ。むしろ、これからが勝負だぜ癒月」


 残された時間は十秒もない。それでもこの男は諦めていなかった。


「ごー……、よーん……、さーん……、にー……」


 後輩の容赦ないカウントダウンで、晴樹はじっと教室の扉を見つめる。あと一秒……。


 すると、「いーち」という声をドアの音が掻き消した。


「あの……、すみません。ストレス発散サポートクラブの方々ですか……? お願いしたいことがあるんです……」


 立っていたのは晴樹のクラスの学級委員長。いつもおさげ姿で黒くて丸いメガネを掛けているため、クラスの人からは陰で『おさげメガネ』と呼ばれている地味な女の子だ。


 晴樹は委員長に駆け寄り、両手を取る。


「委員長! 来てくれてありがとうっ! おかげで俺の百円が守られたよっ!」


「初の依頼じゃなくて、そっちに喜ぶんですか?!」


 癒月は思わず椅子から立ち上がって、突っ込みを入れた。


 委員長は状況を把握できずにおどおどしている。わけのわからない二人とこの場にいることに限界を感じたのか「まっ、また今度来ます」と叫び、掴まれた手を振りほどいて来た道を走り出した。


 呆気にとられて立ちすくむ二人。


「あ、委員長が逃げた。癒月……」


「何ですか」


「捕まえるぞっ!」


「そうだと思いました」


 顔を見合わせて、へへへ、とふざけて笑い合う。次の瞬間、二人は真剣な顔つきになり委員長を全速力で追った。




「ギャー―、こわいこわいこわいこわい」


 委員長は追っ手に気がつき、今まで以上にスピードを出して廊下を走り抜けた。そこで女子生徒二人とすれ違う。


「今のっておさげメガネ?」


「そんなことないよ、だって委員長だよ? 廊下は走らないでしょ」


「えー、あれは絶対おさげメガネだよー。……見て、男子も走ってる。しかも二人」


 彼女たちの視線の先には、晴樹と癒月の姿。二人とも腕を前後にぶんぶんと振り、脚は素早く動かしている。…………それも、真顔で。これは流石にこわすぎる。


「あの二人組は確か、ストサポだよね。おさげメガネっぽい人と関係あるのかな?」


「ストサポ? ああ、ストレス発散サポートクラブか。きっと、ストレス発散として校内鬼ごっこ中なんだよ」


 ――どさっ


 女子生徒の後ろから鈍い音がした。


「そ、そうだよね。鬼ごっこだよね。今後ろで誰かが転んだような音がしたけど、私たちはあえて触れないでおこう……」


 その後彼女たちは振り返ることなく、『廊下を走っていた人たちのことは見てないし、知らない』と記憶を改ざんした。

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