第11話



 リュウリィは、思い出す様に目を少し細めて、ぽつぽつと話し出す。


「…この身体が小さかった頃は、すごく戸惑ったよ。…大人だったはずなのに、いつの間にか小さくなってて、髪の色も、目も、肌も、住んでる世界も、変わってて…。でも、これが前にきみが言ってた、『転生』ってやつなのかなって…」

「でも、小学生になってからは、もうあんまり気にしなくなってた。探しても、他にぼくみたいな子は居なかったし、だんだん変な目で見られ始めたし…。何より、『学校』なんて、行ったことなかったから覚えることが多過ぎたしね。だから、これは新しい人生なんだって思って、ぼくは町田流としていきていくことにした」


「…でも、高校の、この学校の入学式の日」


 …あの日だ。


「ぼくは、きみと出逢った。…なんだろう、顔を見た瞬間、その存在を認識した瞬間、色々な感情が溢れ出してきた。ぼくは泣きそうになって、でもそれより先に、なぜかきみが泣き出した。びっくりして涙は引っ込んじゃったけど、それで余計にきみのことが気になった」


 …私も最初は、あの時なんで泣いたのかが分からなかった。でも、リュウリィも同じ気持ちだったんだ。


「きみを目で追ううちに、なんであんなに感情か溢れてきたのか、なんとなくわかってきた。…だってきみ、笑った表情が似てるんだ。ぼくの前では笑わなかったけど、本を読んでる時とかに、ふと懐かしい笑顔を見せるんだ。だから、ぼくはきみがライラックなんじゃないかって、そう思い始めた」


「…違ってたら、すごく失礼なやつだな…って、おもってたけどね」

 リュウリィがそう言って笑う。眉を下げて困った様に笑う。


「そんな事ないっ!」


 私は堪えきれずに叫んだ。酷いのは私の方だ。勝手に術を掛けて、なのに全部忘れてた。


 最低だ…。


「リュウリィは悪くない。悪いのは私なの…」

 私はぽつりぽつりと話す。声が震えるけど、足も震えてるし、今すぐ逃げ出したいけど。

 言わなきゃだめだ。


「わ、私が、私が、転生の魔法を掛けたの。あのまま別れるなんて嫌で、もっとずっと一緒に居たくて、でももう二人共、持たなかったから…。…だから、願ったの。え、絵本の、ひ、姫様が使った魔法を、叶うなら…、ううん、叶わなくても、でも、でもっ!…って。…そしたら…」

 私は下唇を噛む。

「…なのに、それを思い出したのは最近なの。…私、…忘れてたの。…こんな大事な事。忘れたら絶対いけなかったのに、忘れてた。自分勝手に魔法を掛けてっ!…忘れてたの……」


「…ごめんなさいリュウリィ。私…私の身勝手で、縛ったのに、それを、私は…っ!」

 いつから溢れていたのか、涙がぼろぼろと溢れて流れていく。視界が滲む。

「ごめんなさいリュウリィ、ごめんなさい…」

 私はとうとう立っていられなくなり泣き崩れてしまった。ずるい。一人で泣いて、自分がやった事なのに、止まるどころか溢れて溢れていく涙が恨めしい。あの日も泣きたかったのはリュウリィの方だったのに、私が泣いてしまって。また、私が先に泣いてしまった。


 情けない。申し訳ない。悔しい。

 なんで、なんで忘れてしまったんだろう…

「あぁ…っ、くっ、う…、うぁあっ」

 袖で溢れる涙を拭う。でも、拭っても、拭っても溢れて来る。

「っ、ごめんなさいぃ…」

「…もういい、もういいんだよライラック。忘れてたのはきみのせいじゃないだろう?」

 リュウリィが肩を掴んで言う。言ってくれる。でも…

「でも、リュウリィはっ、一人で、ずっと悩んで…苦しんでたのにっ、わたっ私は、忘れてっ、の、呑気に生きてて…」

「呑気に生きて何が悪いんだよ」

 ぎゅうっと、リュウリィが私を横から抱き締める。

「ぼくだってずっと悩んでたわけじゃない。友達と海へ行ったり、旅行へ行ったり、すごく可愛い妹だって出来て、すごく楽しんでたんだ。きみと変わらない、町田流として、普通に生きて来たんだよ」

「でも…」

「…でも何…?」

 リュウリィが静かに聞く。私は少しだけ落ち着いて、聞きたかったことを聞いた。

「私のこと、…恨んでない?…勝手に転生させて…怒ってない?」

「恨むって…。今初めてきみがライラックだって確証を得たばっかりなのに…。…恨むより先に…まず、逢えて嬉しいよ。ライラック」

 彼が泣きそうな笑顔で、ぎゅうっと私を抱き締める。

 その温もりに、張り詰めていた何かが溶かされた。

「…う、…っ」


 うわあぁあぁぁ……と、私は彼の腕の中で、小さな子供みたいに声を上げ、再び泣き崩れた。


 泣き続ける私を抱く彼も、少しだけ震えているようだった。

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