第10話



 そして迎えた、次の日の昼休み。


「…っ」

 私は、緊張しながら屋上への階段を登っていく。一歩一歩、踏み締めて登っていく。

「っ、…はぁー…」

 三階と、屋上の間の最後の踊り場。…屋上までは、あと一息。

 制服の胸元を握り締めながら、大きく深呼吸する。………。…もう一度。

「…はぁー……。…よし」

 最後の踊り場から、一息に屋上まで登りきる。

 屋上の、無機質な鉄製扉の前でもう一度深く深呼吸し、冷たいノブを握る。


「すー……、はぁー……。っ!」


 扉を開けた。


 少し強めの風が吹き、髪をバサバサと煽られる。後ろ手に扉を閉めて、私は数歩前に出た。もう一度強い風が吹く。

 朝はこんなに風は強くなかったのに…。


 全面コンクリートの灰色の屋上を見回すと、町田くんは柵に手を掛け、向こうを向いて立っていた。その背に、勇気を出して声を掛ける。

「あのっ、町田くん。…は、」

『話って何』…と、問い掛けようとした時、町田くんがゆっくり振り向いた。…そして、たった一言。


「ライラック」


 私は、心臓を握り締められたようだった。

 色々な感情が混ざり合って、なんて声を掛けたら良いのか、分からない。まるで喋り方を忘れてしまったみたいに、口が動かない。

 それでもどうにか口を動かして、私は一言だけ発した。


「リュ、リュウリィ…なの?」


 制服を握る手に、力が篭る。破れてしまうんじゃないかと心配になる程、シャツに爪が食い込んでいる。


 は、早く、…早く、答えて。


 なんでもいいから、…なんでもいいから、何か喋って。このままにしないで。


「その反応…。やっぱり、ライラックなんだな」

 私はコクリと首を縦に動かす。喉はひりついて、声が出てこない。

 あんなに、あんなに逢いたがってたはずなのに…。


 …リュウが…、怖い……。


 私は彼の意思を無視して、彼の魂を転生させた。それは私の身勝手で、本当は、

 リュウは本当は、そんなの、望んでなかったんじゃ……


「…びっくりしたよ。きみは忘れてたみたいだけど、…俺…、ぼくは、ずっと覚えてたから」

 町田くん…いや、リュウリィは静かに話し出した。

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