第3話



 緑の草が、サワサワと風に吹かれて揺れている。丘の上の大きな木の根元で、あの少年が仰向けに寝転がって寝ている。

 綺麗な金色の髪が、さらさらと風に吹かれ揺れている。

「こーら!またこんな所で寝て!風邪ひいちゃうよー?」

 腰まである鮮やかな紫の髪を揺らして、あの少女が少年の顔を覗き込む。けれど、少年からは反応が返ってこない。少女は暫くその姿勢のままいたが、やがて腰に当てていた手を下ろし、木の根元、少年の左隣にちょこんと腰を下ろした。木にもたれ掛かりながら、目を閉じて、風の音に耳を澄ませる。サワサワ、サラサラと草木の擦れる音や、隣で寝ている少年のすぅ…すぅ…という寝息が聞こえた。

「まあ、たまにはこういうのも、悪くないかもね…」

「でしょ?」

 突然聞こえた少年の声に、少女が小さく飛び上がる。

「わっ!…起きてるなら起きてるって、言ってくれればいいのに。イジワル…」

「あははっ、ごめんごめん。…よいしょっと」

 少年は起き上がり、少女と同じ様に木にもたれ掛かる。

「穏やかだね」

「うん…すごく」

 少女は少年の肩に頭を寄せる。少年も、少女の頭に自分の頭をそっと寄せた。


「…ずっと、こうだと良いのにね」



 …風が、やさしく吹いていた。




「あ、起きた?」

 目を開けると、寝る前に座っていた丸椅子で瞳ちゃんが雑誌を読んでいた。

「今…何時?」

 私…どれくらい寝ていた?

 窓に目を向けると、グラウンドに午後っぽい明るさの陽が差していた。…もしかして、本当に午後?

「もう放課後だよ。良く寝てたね」

 瞳ちゃんがくすくすと笑う。

「先生呼んでくるね」

 そう言うと、瞳ちゃんは椅子から立ち上がりぱたぱたと保健室を出て行った。



「…うん。熱があるわけでもないし、顔色も良くなってる。気分はどう?鳴上さん」

「…はい。眠気ももうありませんし、大丈夫です」

 強いて言うならお腹が空いているくらいだ。お昼を食べそびれてしまっているので、これは仕方ない。

 …それより、気になっていることがひとつ。

「あの、瞳ちゃん、…もしかして、授業…」


 …私のせいで、受けられなかったり…


「大丈夫!ぐっすり眠ってたから、ちゃんと受けてきました!だから気にしないで」

 ひとみちゃんは目を閉じて、人差し指をぴこぴこ左右に動かしながらそう言う。

 …良かった。

「へへっ、そ・れ・よ・りっ!お腹空かない?じゃーん‼︎」

「あっ」

 瞳ちゃんがカバンからチョコプレッツェルの赤い箱を取り出す。

「一緒に食べよ!先生が汚さないなら特別ってくれたの!お昼食べてないでしょ?」

 悪戯っ子の様な笑顔で笑って言う。私は少し戸惑ったけれど、頷いて箱の中からひと袋受け取った。


 ぽき、ぱき、ぱきん。…ポクッ、ぽっこっこ、こ、こ…

「あはは、リスみたいな食べ方だね。お菓子好き?」

「うーん。そういえばあんまりこういうのは食べない方かも。あ、でもお菓子は好きだよ」

 私が食べるのは、主に市販品ではなく、手作り品。家近くの、お気に入りのパン屋さんの、クッキーやビスケット、ラスク…ミニバターケーキなどが好きだ。もちろんパンも。

「私は良く食べるんだー勉強の合間とか、テレビ見ながらとか。あと、こうしてお話ししてる時も。喋るんなら甘いもの食べなさいって良く言われてたから」

「そうなの?」

「うん、おばあちゃんに。…最近は、あんまり会ってないんだけどね」

 さっきまでとても楽しそうだった彼女の笑顔が、ふとどこか寂しそうなものに変わる。…おばあちゃん…か。

 確かに、最近は会ってないかも。

「あっ!ごめんね、変な空気になっちゃったよね、遠いけど、元気してるから気にしないで!…それより、どうだった?夢、また見た?」

 急な話題転換に、一瞬ついていけなくなりそうだったが、なんとか応えを返す。

「あ、うん。今度は怖い夢ではなかったよ。…また、あの二人だったけど」


 …やさしい夢。…でも、どこか悲しそうでもあった。

 何か、あったのか。…あの二人に。


「…嫌じゃなかったら今度聞かせてね。…そうそう、夢といえば…」



 それから暫く、二人でユメについて話をしていた。子供の頃のユメ、人類のユメ、昨日見たユメ、将来のユメ。


 …ひとくちにユメといっても、色々あるんだなぁと、話してて思った。



「貴方達、良い加減帰りなさい!」

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