最終章「ノギクとヴェドラナの愛」
最終章「ノギクとヴェドラナの愛」
ヴェドラナと、スラヴィオーレ・ユーステティア帝国連合
けれど、ヴェドラナの
大竜の背中が赤い光を帯びている。たぶん、大火炎の第二射も近い。
あれをもう一度吐かれてはいけないわ。避難中の船たちが焼き払われてしまってはいけないわ。
大竜の方へ向かって
「ノギク! 大竜、すごい強いんだけど!」
「この大竜、神話の竜なの。スロヴェニアの紋章にもなってる」
「ああ。竜の橋に像もある!」
こちらに向かってくる黒竜が一匹。乗ってるのはイナちゃんだ。
「お姉ちゃん! 全員、船に乗せた! 全員。本当に、全員!」
「ありがとう。でも」
イナちゃんは、本当の気持ちとしてどんな存在とも戦いたくないだろうし。
それ以上に。
わたしとヴェドラナは一度向き合ってうなずいてから。
「竜騎士のみなさんは、ここで下がってください。みなさんの大事な人のもとへ、行ってください」
竜騎士たちの何人かから、まだ戦えますと強い言葉が返ってくるけれど。
ヴェドラナが聖女の慈愛に満ちた表情で伝え返した。
「それぞれの人間が、それぞれのやることを全うしなければなりません。大竜を止めるのは私とノギクの役目です。あなたたちの一番のお役目は、ご家族のもとへ無事に帰ることです。大丈夫、私とノギクは死にません。私たちを信じてください」
竜騎士たちはうなずき合うと、浮かぶ船たちに向かって飛んでいった。
最後まで残っていたのは、イナちゃん。
「イナちゃんも、ミティアくんのもとへ。ユーステティアの方のどこかの船に乗ってるから。大けがをしているの。側に、いてあげて」
「でも。お兄ちゃんも心配だけど、お姉ちゃんも大事で、わたし!」
「ふっふ。イナちゃんは、まだお姉ちゃんを甘くみてるな~」
わたしは右眼に手をかざした。目がピカっと光っちゃったり、してるかな?
「巻き込みたくないの」
イナちゃんはハっとした様子で。
「これから、わたしとヴェドラナは本気出すからね。周囲の人を巻き込みたくないの。イナちゃんが近くにいると、お姉ちゃん本気出せなかったりするぞーう」
「わかった。絶対。絶対、気をつけて」
うん。行くがいいさ、少女騎士よ。イナちゃんの「気をつけて」が、わたしがこれまで貰ってきた沢山のお守りの中の一番上に積み重なるよ。
そうして、イナちゃんもミティアくんが乗ってる船を目指して飛び去っていった。
わたしと、ヴェドラナだけが残った。
「ノギク、カッコつけちゃったね」
「さすがに大山がドラゴンになって襲ってくるケースはシミュレーションしてなかったんだよーう」
ミティアくんと繋がっていた人指し指の青い糸は途切れてしまったし。
「あなた」と繋がってる中指の紫の糸は船を救出中。戦いに使ったりはできないわ。
「でも。予感はあるわ。ヴェドラナがいれば、わたし何か閃くって」
もう、残ってるのはヴェドラナと繋がっている薬指の赤い糸だけなの。
でもね。
「国の紋章になってる竜をやっつけようだなんて、ヴェドラナひどい国民だわ」
「そうなの? でも、国民の命の方が大事じゃない?」
「そこは、真面目にリアクションしなくてもいいよーう」
絶対絶命のピンチだけれど。
どうしようもない破綻的な出来事や理不尽な事なんてこれまでもあったし。これからもあるだろうし。
「ねえ。ヴェドラナ」
ひいお
「ヴェドラナとわたしの赤い糸は、遠い昔の世界から繋がっていたもので。この体が死滅しても、次の世界でも、その先の世界でも途切れない。わたしとヴェドラナは
「ノギクのそういう考え方は、まだよく分からない。でも」
ヴェドラナはちょっと困った顔をしたけれど。
「輪廻の『縁』とやらがあっても、なくても、私はノギクを信じてる!」
だって。
うん。ありがとうヴェドラナ。ヴェドラナが信じてくれるなら、わたしは飛べるわ。
「本気を出すと言ったのは本当よ」
わたしは左
子どもの頃に繰り返した、
リュヴドレニヤに来てから、糸でわたしの思考や感覚を直接伝えることで、ミティアくんの強さを高めるという戦い方をしていたのだけれど。
ミティアくんは確かに強かったのだけれど、実はわたしとは数ミリだけズレがあったわ。
わたしとヴェドラナなら。従者の騎士がヴェドラナだったら、そのわずかなズレをゼロにできる。
ミティアくんは男の子だったから? 単なる相性の問題? それともわたしとヴェドラナはやっぱり運命の二人だったの? そのあたりはよく分からないけれど。
わたしとヴェドラナは、
呼吸を、
リズムを、
心を、
一ミリもズレずに重ねることができるの。
わたしの聖なる姫騎士――ヴェドラナが少し前に出た。
祈るように。
あなたの
足になる黄金竜の騎乗能力も最適化して、ヴェドラナのスピードが百パーセントアップ。
わたしの戦略・戦術知識をダイレクトに伝えることで、ヴェドラナの戦闘力が百パーセントアップ。
最後にわたしの愛で、ヴェドラナの強さがさらに千パーセントアップ!
さあ、これで
どうして、あの日わたしたちは生き残ったのか。
どうして、わたしたちは
どうして、あの日からわたしたちは努力し続けてきたのか。
そんなわたしたちに、この世界で何ができるのかって言ったら。
「わたしたちは、フツウの人のフツウを守りたいんだ」
わたしとヴェドラナは顔をあげた。
大竜、いくぞ!
ルドルフと徳兵衛が流星のように飛翔し、二対の弾丸となって大竜に向かう。
一瞬で大竜との間合いを詰めて、まずは腹部を左下からえぐるようにヴェドラナのロッドの一撃。
振動。
ダメージ。ある。
大竜が右腕のかぎ爪を撃ち下してくる。離脱。
一気に、大竜より上空へ。
ここで、大竜が背中の
想定していなかった、攻撃。
思考が加速している。弾道は全部読める。最小限のダメージで抜けられるルートを突撃。ヴェドラナのロッドで鱗を撃ち落とす。一撃、二撃、三撃、それでもルドルフと徳兵衛の翼に被弾。ごめん。もうちょっと、がんばって!
ここでロッドを
一気に
大竜、ぐらつく。ダメージ、ある。でも十分じゃない。
大竜が翼を広げる。飛ぶ!
「ヴェドラナ! 二時の方向へ」
浮遊する船が一つもない、唯一の方向。
大竜、追ってくる。
大竜の背中の赤い光が頂点に。大火炎の第二射、くる。
放射される先に船はない。そっちは大丈夫。
けど。
大火炎が、わたしとヴェドラナに向かって吐き出された。
終わりの炎が向かってくる。
ここで、わたしとヴェドラナが犠牲になって、リュヴドレニヤの民を救いましたっていうのも美しいのかもしれないけれどね。
わたしが願ったのは、あくまで全員分の船だわ。
全員の中には、わたしとヴェドラナも含まれているのだから、そう。
どんなにわたしとヴェドラナでがんばっても、ここで終わりだったけれどね。
大火炎がせまってくる。
でも、わたしとヴェドラナだけでここまで生きてきたわけじゃないからね!
わたしは、髪に結んでいた藤色のリボンを
わたし。ノギクの十二の秘密のうちの一つ。これは
――わたし。フジミヤ・ノギクが肌身離さずつけてたお母さんからもらった藤色のリボンは「魔法」のリボンである。
ただし、日本の魔法だけどね。
リボンを解くと、髪がバラけた。
これは本当の本当に。わたしの――藤宮の女の切り札だわ。
わたしは、呪文を唱えた。
「一に自分助け、二に人助け、三、四もあって、五にありがとうの藤の
現れたるは
解けたリボンの糸が大きく盾のように咲き、わたしたちを守る。
「マイファミリー イズ ニンジャ!」
熱い炎。
強い炎。
でも。
お母さんの気持ちと。
お
ひいお祖母ちゃんの気持ちと。
ご先祖様の、ずっとずっとここまで続いてきた気持ちと。
全部、ここにある。
負ける気は、しないぞ。
伝承されてきた、藤宮家の言の葉を紡ぐ。
「大
華はさらに十二
本当に何かを守りたい時は、自分の気持ちを愛で編め! ってお母さんが言ってた。
大火炎、やり過ごした。
このまま、いくぞ!
上空から藤色のリボンで編んだ花々――宝相華萬模様を撃ち落し、そのまま捕縛結界を編む。
大竜の動きを縛る糸。
藤の華はいったん解体され、ゆりかごへと編み直されていく。
大竜の動きがとまった。いまだ。
やっぱり、閃いたわ。
無理に神話に抵抗するんじゃなくて、神話に
つまり、ギリシャ神話の「アルゴナウタイの物語」の竜は、最後にどうなったの?
そう。眠らない竜は、魔女メーデイアが
興味があったらギリシャ神話のアルゴー船の物語を、読んでみてね。
「ヴェドラナ、眠らせよう!」
ヴェドラナはピンときたようで、
ヴェドラナはわたしの
糸で繋いだ、二つの「たましい」。
わたしはヴェドラナで。ヴェドラナはわたし。
わたしの
大竜さん、聞いて!
わたしとヴェドラナの輪廻の協奏曲。
奏でるのは、子守唄だ。
安らかなリズムと。
穏やかな呼吸と。
優しい言葉で。
ヴェドラナが、スロヴェニア語で歌っている。歌詞の意味までは分からないけれど、心地よく
知ってる? 子守唄はどこの国にもあるのよ。ええ、きっとどこの世界にもあるわ!
わたし、カラオケは自信がないわ。勉強ばっかりしていて行かなかったから。
でも、そんなことも言ってられないので、フジミヤ・ノギク、歌います。
日本の子守唄といったら、これだわ。
「ねーんねん、ころりよ……」
わたしが歌う日本の子守唄と、ヴェドラナが歌うスロヴェニアの子守唄が、補い合い、一つの旋律になってゆく。
――おころりよ。
わたしはヴェドラナで、ヴェドラナはわたし。
わたしたちは遊ぶように。
「真心と」
「静けさと」
――「「伝わってゆく」」
あるいは踊るように。
「ゆりかごの」
「ワクワクの」
――「「ピース/セレナーデ」」
二人の心が、響き合う。奏で合う。
「「大竜よ、眠れ!」」
やがて、歌声と共にわたしとヴェドラナの心臓のリズムが、大竜の心臓のリズムと重なってゆくと大竜は安心したみたいで。
ゆっくりと、大竜の
あるいは本当に、赤子だったみたいに。
暴れていたのは、言葉にならない何かを訴えていただけなんだよって。
誰かに、分かってほしかっただけみたいに。
地面に伏して、眠りゆく大竜の上空を、徳兵衛とルドルフでゆっくりと回った。
円を描くように。
大竜を見守るように。
いつか聴いたレコードが、回り続けるように。
おやすみなさい。大竜さん。
世界の終わりに一人で眠るのは、寂しいかもしれないけれど。
きっと、またユメで逢えるから。
あなたが誰かの
わたしも誰かの
やがて、大竜が完全に眠りにつくと。
わたしとヴェドラナは竜に乗って。
天から降りる糸に向かって、羽ばたいていった。
/最終章「ノギクとヴェドラナの愛」・完
/第三部「輪廻の協奏曲」・完
エピローグへつづく
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