第三十二章「全員分の船」
第三十二章「全員分の船」
ヴェドラナが
糸が繋がらなくても、お互いやることは分かってるわ。
先頭の竜に、見知った女の子が乗っていた
「イナちゃん!?」
「お姉ちゃん! 私たち、ユーステティア帝国の救援に向かうね!」
「イナちゃんも竜に乗れたの?」
「子どもの頃にお兄ちゃんと練習してたの。病気になっちゃって竜騎士になるのは諦めたんだけど。聖女様の光を浴びてから、今は少し体が軽いから」
空を旋回しながら、しばし情報を交換する。
「戦闘の前に半分に割ってわたしにくれていたお母さんからもらった魔法石から、お兄ちゃんの声が聴こえてきたの。お兄ちゃん、『手伝ってくれ』って言ってた。傷つけるためじゃなくて、助けるためなら、わたし飛べるよ」
「それで、竜騎士さんたちもユーステティアの救援に?」
「うん。お兄ちゃん、いちおう騎士隊長だし」
ありがたいわ。ミティアくん、自信なさそうだったけど人望はあったのね。
それにしても通信? ミティアくんの魔法石に、そんな力が?
魔法石の送り主、ミティアくんとイナちゃんのご両親は存在しなかったはずなのに?
いいえ。
いるのかいないのか分からないお父さんとお母さんが力をくれることって、きっとあるもの。
「それじゃ、負傷者を避難所まで運ぶのをお願い。やけどを負ってる人は、水で冷やしてあげて。大丈夫。ぜったい大丈夫って、声をかけ続けてあげて!」
イナちゃんの瞳を見て、またハッと気づいたことを少し。
主人公のミティアくんのモデルはコトフミくんだとして。
じゃあ、イナちゃんのモデルって。
コトフミくんの妹で。
子どもの頃のコトフミくんが、守りたかったけれど、守れなかった女の子って。
わたしだわ。
その。
その時、わたしはなぜか。
――ひいお
次の世界の。どこかの世界のわたし、か。
まあ。考えるのは後にしておくわ。
でも、昔のわたしがモデルだというのなら。
「イナちゃん」
「うん」
「全員助けてね」
「全員!?」
イナちゃんは、少し驚いたようだったけれど。
すぐに眉をキっと上げて、決意の顔になった。
「分かった! 全員、助けてみせる!」
イナちゃんはドラゴンの翼をはためかせて、飛んでいった。スラヴィオーレの竜騎士部隊が続く。
その時のイナちゃんは、一人の少女騎士だった。わたしが子どもの頃より、とってもカッコいいわ。
わたしはそのまま一気にスラヴィオーレ城まで徳兵衛で飛んで。
「ひらけ、ゴマ!」
王の間の魔法陣を開き。
徳兵衛から飛び降りる。
改めてピアノに向かいあってみて。まずは一つの可能性を試してみる。
「大竜よ、消えて!」
鍵盤のドの音に指を置く。けれど。
反応は、ない。何も、起こらない。
これは、想定していたわ。
コトフミくんの大竜で
コトフミくんはもうリュヴドレニヤにおらず、とりあえずこの世界を滅ぼすことももう望んでいないはずなのに、それでも大竜は消えない。止まらない。
これはたぶん、あの大竜はもうコトフミくんの想像力の産物というだけの存在ではないのだわ。
「個人の想像力を超えて、おそらく歴史、もっといって神話と結びついてしまっている」
歴史や神話と結びつくことで、空想はとてつもなく強固になってる。
何千年も人々に語り継がれてきた神話は、莫大な想像力のエネルギーを持っている。
神話を、わたし一人の想像力で覆すというのは、これはちょっと無理だわ。
「プラン2に変更」
今度は、わたしは鍵盤のラの音に指を置いた。
心臓の音なんだって。わたしは、これを作戦の起動キーに設定していた。
わたしが、最後の戦いの前に何を準備していたかって?
想像力を
世界が、響きはじめた。
反応が、あった。
お城、教会、広場、集会所、などなどユーステティアを含めて
何に?
船によ。
大災害時に脱出できる、全員分の船によ。
わたし。ノギクの十二の秘密のうちの一つ。これは
――わたし。フジミヤ・ノギクは、
古今東西くまねくね。もちろん、ヴェドラナの故郷スロヴェニアに戦争や災害が起こるケースも考えていたわ。
暗い青春時代だったんだねって? なんで!? 超楽しかったわ!
「わたしの防災計画、一億二千八百四十三万五千四百六十二回目のシミュレーションをちょっと変更でいけるわ」
避難ポイントを空に浮かぶ船に変形させて脱出するというのは、実現するとしてもかなり未来のパターンとして考えていた。
このリュヴドレニヤでは現実世界に先だって思考量子コンピュータが実現してるのだから、この空想世界に限り、この作戦はイケるわ。
地球上のあらゆる場所のあらゆる時間軸の可能性をシミュレーションしたのかですって?
だいたいね。最初はたいへんだったけれど、
よし、やることはやったから。ピアノさん。ありがとう。いつかわたしの
徳兵衛に乗って、地下から一気に飛翔。
お城は、もうなかったわ。
スラヴィオーレ城も避難所の一つだったからね。お城は大きな船にカタチを変えて、天に向かって浮遊を開始していた。船には、たくさんのスラヴィオーレ市民が乗っているわ。
徳兵衛で飛び出して、空を見渡すと。
一つだけじゃない。たくさんの、船、船、船。空に浮かぶ、船!
はるか遠方まで、船の光景は続く。よし、スラヴィオーレのみならず、ユーステティア帝国方面の避難ポイントも、ちゃんと船に変形してるわ。
船がある程度まで浮かぶと、天から降りてきた輝く糸に接続されたわ。
あの糸が、わたしの「究極の魔法――
ちょっと心配していたのだけれど、天からは沢山の輝く糸が降りてくる。
わたしの中指の紫の糸が全ての糸に共鳴している。
つまり。
「あなた」は一人ではないのね?
ありがとう。
きっとあまたの「あなた」が祈ってくれている。
そのままでは消えてしまう誰かに、手を差し伸べたいって思ってる。
思考量子コンピュータが現実世界で実現する日はくるのかしら?
実現してもしなくても。次の大きな災害があった時に、全員助かることができるように、わたしたちは準備し続けていかないといけないわ。
「残るは」
こちらに向かってくる。
桁外れの存在感を放ちながら、大竜がこちらに向かってくる。
世界を覆う風船の壁もバラけ始めていて。
十日間が、もう終わろうとしている。
世界の刻限が、くる。
舞う沢山の風船の中を、天からの糸に導かれた船々が浮かんでゆく。
終わりの前に、船で天に向かいたいわけだけど、道半ばで大竜の大火炎に焼かれてはたまらないわ。
ええ。
/第三十二章「全員分の船」・完
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