第三十一章「言葉で伝えて」
第三十一章「言葉で伝えて」
わたし。フジミヤ・ノギクはリュヴドレニヤに戻ってきたわ。
ここでは、血の色は愛おしいほどに鮮やかで、ゆらめく炎は痛いくらいに熱い。神が創った物語は狂おしいほどに、わたしと世界というものを描こうとしているわ。
神はコトフミくん? 違うよね? よく分からないけど、いるのでしょう? それとも、いないのかしら?
まず、ヴェドラナがミティアくんの
ターニケットと呼ばれる医療用の紐で腕を縛り上げて止血し、消毒、清潔な布を傷にあててパッキングと、てきぱきとやっていく。
何度も練習していたってことが伝わってくる、流れるような処置だったわ。
ミティアくんとの糸は途切れてしまっていた。
もう、ミティアくんが何を考えて、何を感じているのか、魔法みたいに分かったりしない。
わたしから伝えることもできない。
だから、何かを伝えたいなら、あとは言葉を紡ぐしかなかった。
「ミティアくん! 叫んで。伝えて。この世界の隅々まで。一人も取り零さないように。
お年寄りの一人暮らしの家は、奥の部屋まで探して。
全員分の居場所はあるから。私を信じて!」
ヴェドラナのパンチが効いているのかしら?
あのパンチは、何か違っていたわ。わたしとヴェドラナだけの力ではないような。不思議な重さがあったパンチだったわ。
今のうちに、リュヴドレニヤの全員を避難所のポイントに誘導したい。
ミティアくん、大けがを負ってるのに悪いけれど。あなたの助けも必要な状況だわ。
スラヴィオーレの方は最後の戦闘の前にみんな避難所への避難は済んでいる。問題はユーステティア帝国の方だわ。一万六千人あまりに、どうやってポイントまで移動してもらおう。
「俺に、考えがある。ノギクは、作戦の起動キーの方へ!」
聖剣を手に駆け出したミティアくんの背中を見て、ハッと気がついたことを少し。
この『リュヴドレニヤ戦記』という物語の、
わたしとヴェドラナは今回だけのゲストキャラだから、違うわ。
コトフミくんは明言してなかったけれど、わたし分かっちゃったわ。
主人公は、ミティアくんだ。
コトフミくん、主人公に自分を投影するタイプよ。
似てるもの、コトフミくんとミティアくん。その、ちょっととぼけてるところとか。
中学生のころのコトフミくんが、ちょうどミティアくんみたいな感じだった。
コトフミくん、自分を投影した
本当に、ユーレさんのことで絶望していたのね。
この物語の終末の炎の光景は、コトフミくんがユーレさんと離れ離れになるきっかけとなった大震災がモチーフにちがいないもの。
でも、今。
――ミティアくんは駆け出して。
主人公は、聖剣を手放したの。
手放した腕で、人一人多く抱えられるようにって。
ミティアくんはラグビーボールを抱えるみたいに、両腕に一人ずつ傷ついた少年兵を抱えて走ったわ。向かう先の途中の避難ポイントまで運ぶつもりなのね。
強くて、速くて、優しい背中だ。
そう。一人でも多く。いいえ、全員助けるために。わたしたちも行動開始だわ。
黄金竜が、聖女の
ルドルフ! ってヴェドラナが名前を呼んだ。うんうん、名前、つけたくなるよね。
「私が大竜を押さえてるから。ノギクは船の起動を」
ヴェドラナには、糸を通して作戦はもう伝わってる。大火炎の二射目がまだだとしても、こっちに来られてはたまらない。誰かが時間をかせがないといけない。
「ヴェドラナ、お願い」
舞い降りてきた
わたしも、走り出す。
この橋は、ユーステティア帝国とスラヴィオーレの中間地点だ。スラヴィオーレ城までまだけっこうあるけれど、もう走るしかない。
と思ったんだけど、カワイイ鳴き声が聴こえてきたわ。
わたしに併走するように、白竜が舞い降りてくる。
「
あなた、無事だったのね!
「でも、ミティアくんがいないんだけど」
わたし一人で、竜に乗れるかしら。
すると、徳兵衛は両足の三本の爪を
くわぁ! ってまったりとした感じで
徳兵衛が光りだしたわ。
徳兵衛のお
乗れって言ってる。なんか、わかる。
飛び乗ってお髭の手綱を握ってみると、イイ感じで乗れる。イメージ通りに飛べる。
しかも、なんか徳兵衛速い。
ミティアくんと二人乗りで乗ってた時の、三倍くらい速いわ。これなら、スラヴィオーレ城まで一気にいけそうだわ。
その時、遠くからピアノの音が聴こえてきた。スラヴィオーレ城の方じゃない。これは、逆方向、ユーステティア城の方だわ。
「地下に何かがある」とヴェドラナは言っていた。
スラヴィオーレ城の地下に魔法石のサーバーと入力装置のピアノがあったのだから、ユーステティア城の地下にも思考量子コンピュータへのアクセス環境があるのは分かっていたわ。
あちらでピアノを弾いていたのはコトフミくん扮するディーレッジ卿で、今回の千九百九十九回目の「リュヴドレニヤ戦記」は、わたしとコトフミくんの「どちらの空想が世界に反映されるか」という勝負だった。
でも、そんな構図を整えたコトフミくんはもういない。コトフミくんは今現実世界にいる。
じゃあ、今、ユーステティアでピアノを弾いているのは誰?
空想を
ヴェドラナのユーステティアでの記憶の中に、一人だけ
――皇帝だ。
ピアノの旋律と共に、ユーステティア城が白く輝き始めて、その姿を変えていく。
戦場の人間たちが、民が、その光が飛び立つ光景を見上げたわ。
ユーステティアのお城は、
鳩は一羽一羽が地図と短信をくわえていた。
つまり、一万六千人分の伝書鳩。
ユーステティアの人々に、避難ポイントを伝える、一万六千羽の平和の鳥。
白い光が、ユーステティアに拡散していく。
お城に辿り着いたミティアくんが、伝えてくれたんだわ。
皇帝が、信じてくれたんだわ。
皇帝さん、御歳もめして、心の調子を崩して、発作があったり大変だったのに。
あなたは空想の皇帝だったのかもしれないのに、
為政者の責務って何かって? そんなの、民を守ることに決まってるわ。
これで、ユーステティアの人たちも避難所に行ってくれるはず。
わたしは、皇帝の気持ちに応えるわ。
ええ。宇宙に全員分の居場所は、あるんだから!
/第三十一章「言葉で伝えて」・完
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