第十九章「心を繋いで」

 第十九章「心を繋いで」


 わたしは、慎重に言葉を選んでミティアくんに尋ねた。


「コぺリアには、いつまでいたの?」


 ミティアくんは、沈黙する。


「お父さんとお母さんは? イナちゃんが病弱なのに、ミティアくんと二人だけでスラヴィオーレの中心部で暮らしてるって、なんか変じゃない?」


 ミティアくんは、りどころを探すように胸のブローチを握った。


「魔法石のブローチを譲り受けたのは、いつ?」


 やっぱり、答えられない。ミティアくんには、八日前の戦争の開戦からしか過去がないから。


「わるい。ちょっと、頭がくるしい」


 ミティアくんはベッドにつっぷして震えはじめた。


 いけない。いけなかったわ。真実に近づけば近づくほど、その人を追いつめてしまうということがあるわ。


「大丈夫、大丈夫よ」


 わたしは、ミティアくんに膝枕ひざまくらをしてあげた。


 わたしが悲しい気持ちでうずくまりがちだった子どもの頃、ヴェドラナがよくこうしてくれた。


 指で髪をすいてあげる。


 わたしは糸をオンにした。子どもの頃、糸でヴェドラナから伝わってきた温かさが、わたしの心を落ち着けてくれたのを思い出したから。


 混乱するミティアくんに、大丈夫、大丈夫だよと、わたしの穏やかだった時間や楽しかった思い出を糸で伝えてゆく。


「高いところをぐるぐる回る乗り物の中で、ノギクが楽しそうに笑ってる」

観覧車かんらんしゃのことかな? 大震災の前に、お父さんとお母さんと仙台せんだいの遊園地に行った時の記憶ね」

「なんだこれ? 甘い……」

「ああ。ソフトクリームを食べた時の記憶かな」


 そうか。言われてみるとリュヴドレニヤには、ソフトクリーム、というかお菓子かし全般がないんだね。


「床に何かいて、ノギクが眠ってる。近くで男の人と女の人が、ノギクのことを優しい目で見ている」

「わたしの、お父さんとお母さんだね」


 会えなくなってからも、お父さんとお母さんがくれた温かさはわたしの中に残ってる。糸を通してミティアくんに伝わればイイな。


 ミティアくんは、少し落ちついたようだった。


 わたしには夢が、約束があるから。これからやることは、だいたい決まっているのだけれど。


 それが、ミティアくんのやりたいことと一致するのかどうか。


 二人は一蓮いちれん托生たくしょうなのだから、聞いておかないといけないわ。


「ミティアくん、戦争を終わらせたい?」

「ノギクがいた世界みたいな。優しい世界がイイ」


 優しい世界か。そんなんじゃ、ないかも知れないけれど。でもまあ、日本が戦争「は」やってない点はイイのかな。


「俺は、どうすればイイ?」

「頼みがあるの」


 次が、最後の戦いになる。


「わたしとヴェドラナで、戦争を終わらせるわ」


 思考が鋭敏えいびんになってゆく。


 どこにも犠牲ぎせいを出さない結末を、願ってる。


 これまでのわたしの時間と。わたしを助けてくれた人たちの助力と。世界の歴史と。全てを使えば、たどり着けるはずだわ。


「戦争を終わらせるために、ミティアくんに確かめてきてほしいことがあるの。もしかしたら、ミティアくんにとってつらい旅になるかもしれないけれど」


 細い糸が、繋がっているかどうか確認に行くような話だけれど。


 ミティアくんとイナちゃんが話していた「海」。


 八日前以前の、二人が子どもの頃に見ていた「海」とは何なのか。わたしは、知らないといけない。


「ミティアくん、コぺリアに行って、『世界の果て』を確かめてきて」



  /第十九章「心を繋いで」・完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る