第十八章「セイレキ二〇一七年~仙台」
第十八章「セイレキ二〇一七年~
ある日。部屋にこもって歴史とコンピュータの勉強に
今になって思うと、ひいお祖父ちゃんはそろそろ自分がこの世を去る年齢が近づいているのを察していて。わたしに大事なことを伝えようとしていたのだと思う。
リビングのテーブルに、大きな紙の世界地図が広げられていた。日本で作られたもので、地図の中心は日本だった。
「何に見えるかのーう?」
「海、が多いわ」
「ふっふ。
地球の海に浮かぶ大陸を、船と捉えられないか? ということみたい。
続いてひいお祖父ちゃんは地図の真ん中を指して。
「宝船じゃ。
日本列島が、宝船?
大震災以降の混乱の中で、わたしは日本という国にダメ出ししていたから、「宝」だなんて、そう捉える発想は新鮮だったわ。
でも。言われてみれば、日本列島自体が、本州という大きな船に併走する、一つの船団のようにも見えてくる。
そして、「船」、「船」ですって!?
強い感情が込み上げてくる。何? わたし、何に怒っているの?
わたしは、語気を荒げてしまう。
「全員分の船があればイイのに! 頑丈な、お年寄りから子どもたちまで、全員乗れる船が!」
吐き出したあと、しばらくの沈黙が流れた。
ひいお祖父ちゃんが静かに話しはじめた。
「黄金の船が満ちる世界。それが、ワシの夢じゃった。黄金の
「
ひいお祖父ちゃんがうなずく。
奥州藤原氏っていうのはね、平安時代の後半、東北の地を治めていた一族よ。
でも、
「奥州藤原氏も、滅亡してしまったじゃない。何だか、悲しいわ」
どこかで。願いだけでは、どうにもならないと思っていたわたしに。
「前九年の
ひいお祖父ちゃんがやさしく、わたしの左手の甲に触れた。
「
ひいお祖父ちゃん。知っていたの? わたしの糸、ヴェドラナ以外に見える人に出会ったのは初めてだわ。
「ワシは違うがね。ちょっとだけ分かる。我が人生の過程で、何人か『不思議な力』を持つ人間には出会ってきたさ。乃喜久。それはな。この地の祈りの力がカタチを帯びたものじゃ」
わたしは能力を発動させて、三本の指から薬指の赤色の光、中指の紫色の光、人差し指の青色の光がそれぞれ輝いているのをひいお祖父ちゃんに見せた。
「あな。美しきかな。フツウを愛する乃喜久さん。でもあなたは、少しだけ特別だぞい」
「わたしはフツウが好き。でも」
ひいお祖父ちゃんに問いかけた。
「わたしに、何ができるの?」
「何でも、できるさ。本当の気持ちで。素直な言葉を忘れなければ。乃喜久さん、あなたは、どうしたいがね?」
フツウでいたい。これは本当。
でも。わたしの気持ちにはもう少し先があって。
フツウという船に、乗れなかった人のことを想ってる。
この世界に全員分の船があればイイのにと、願ってる。
「フツウから零れ落ちそうな人を、守りたい」
歴史。コンピュータ。
「乃喜久や。ワクワクのピースじゃぞ」
この日から、歴史やコンピュータ科学の勉強に加えて。わたしは「糸」の使い方を練習し始めた。
ヴェドラナと心を繋ぐだけじゃない。
たとえばそう。あの日、遠くまで糸を飛ばせていたら、もう何人か助けられたかもしれない。
もっと遠くまで、助けを呼べたかもしれない。遠くまで。遠くまで。
糸を動かす。糸を飛ばす。糸で編む。
我流で、実験と検証を繰り返す。
何に役に立つのか、まだ分からない。
それでも、後悔はしないように。わたしは努力の日々を重ねた。
本当に。わたしに、何ができるのだろう?
/第十八章「セイレキ二〇一七年~仙台」・完
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