第十七章「歴史がない世界」

 第十七章「歴史がない世界」


 その後、スラヴィオーレとユーステティア帝国との間に、さらに二回の戦闘があったわ。


 戦いの激しさが増す中、わたしは機械竜たちの制御と軍略を担当するだけじゃなくて。


 何度か帝国の竜騎士ドラグナイト部隊がスラヴィオーレ城の近くまで迫ってきた時は、ミティアくんとまた繋いだ糸をオンにして、迎撃のために直接戦ったりもした。


 一方、ヴェドラナも両方の軍の犠牲ぎせいを最小限にするように指揮をとっていた。


 そして、それでも出てしまった双方の負傷者をいやすため、ヴェドラナは究極の魔法をさらに二回使った。


 これで、ヴェドラナが癒しの究極の魔法を使えるのはあと一回だけになってしまったわ。


 現在に至るまで、できれば糸を使ってヴェドラナとお互いが分かっていることを伝え合いたかったのだけれど、最初の戦闘以来、ヴェドラナは前線まで出てくることがなかった。


 次の戦闘は、大規模なものになるという予感があった。


 ヴェドラナが究極の魔法を使うことができる最後の戦闘だということを知っているわたしだけじゃない。繰り返される戦闘の中、双方の軍で、そろそろ決着をつける時だという機運きうんが高まっているの。ユーステティア帝国とスラヴィオーレの、スラヴィオーレの独立をめぐる戦争は現在、八日目。どこかで、十日目こそが決着の時だとみんなが感じていたわ。


 戦争を終結させる方法について。この世界の秘密について。わたしなりに考えてることがあって、四回の戦闘の期間も対策は進めていた。


 でも、ピースが足りない。まだ、これだ! という解決方法にいたってはいなかった。


 いずれにせよ、次の決戦では、わたしも前線に出てヴェドラナの近くまでいかなくちゃいけないと思ってる。


 ちょっとこわいけれど、究極の魔法が使える最後のチャンスだから。わたしとヴェドラナが持ってる、全ての情報・知識が必要だったわ。


 もの思いにふけっていると、部屋のドアをノックする音がした。


 わたしは今ではスラヴィオーレの軍師として重宝され、お城の東の塔に良い個室を与えられていた。


 扉を開けてみると、ミティアくんが立っていた。


「よう」

「うん。部屋までくるのはめずらしいね」


 ミティアくんを招き入れる。客人用の椅子がなかったので、ベッドに座ってもらった。


 わたし、現実世界では大震災以降は勉強ばかりしていたから、お友だちを部屋に入れたことってなかったの。


 ミティアくんが。同年代の男の子が自分の部屋にいるのは、ちょっと不思議な感じだわ。


「ノギクに、話しておかなくちゃならないことがある」

「何かな?」

「俺には、何が正しいことなのかは、まだ分からない。でも戦いの時に、何回かノギクと糸を繋いでいるうちに、生まれてきた気持ちがある。ノギクと、聖女――ヴェドラナって人がやろうとしている何か大きいことの向こうに見える『風景』。それは綺麗で、何だかカッコいい。俺が忘れてしまっていたようなものを、ノギクと聖女は持ち続けているんだ」


 そう。最初の戦いの時から糸を通して、ミティアくんには、わたしとヴェドラナが友だちなことは伝わっている。わたしの方で、ヴェドラナのことに関してはそこまで心をオープンにしていないので、あまり詳しい情報までは伝わってないと思うけれど、何度も糸を繋いでいるうちに、わたしの中にあるヴェドラナの温かさのようなものは、否応なくミティアくんにも伝わっていると思う。


「俺からも、ヒントというか。不思議だと思ってること。それを、ノギクに伝えておかなくちゃならない気がするんだ」


 ミティアくんも、次の戦いが大きなものになるであろうことに気づいている。


 「伝えたいこと」は、大事なことに思われた。


「繰り返し見る、夢があるんだ」

「夢?」


 ミティアくんは視線を落とした。


「世界の終わりの夢だ。山のように大きなドラゴンが目覚めて、大火炎でリュヴドレニヤを焼き払う。帝国軍もスラヴィオーレ軍も全滅だ。俺は、なんとかイナだけでも逃がさなきゃって思うんだけど、願いは叶わない。炎でイナも、俺も焼かれて……最後に、こんなはずじゃなかった! と叫ぶ。そこで、目が覚める」

「その夢は、何度も? 毎回、同じ夢? そう、少しずつ、違っているところはない?」


 予感した通り、ミティアくんの告白は、わたしにとって重要な意味をもっていた。


「ちょっとずつ、違う気はする。でも、最後は同じだ。大竜グランドドラゴンが現れて、全てを焼き払う」

「ミティアくん。ちょっと、また糸をオンにしてイイ? あなたの心の奥深いところに、わたしが知りたいことが隠れているかもしれないの」

「そのつもりで来た。どうすればイイ?」

「わたしに向かって、心を開いて。心の井戸のずっと奥までの扉を、全部開ける感じ。その、なんかゴメンね」

「いいさ。ノギク、たのむ」


 わたしは「真心つながるワクワクのピース」を発動させて、糸によるわたしとミティアくんの心の繋がりをオンにした。


 今回は、未だかつてないところまで、ミティアくんの心にダイブするわ。


 瞳をつむると、暗闇の中で、わたしとミティアくんだけが存在している感じ。


 井戸を、深く、深く降りていくイメージ。


 意識。記憶。感情。そういったものに触れながら、楽しかったことも、悲しかったこともかきわけて。


 潜水する。


 ミティアくんの「たましい」という光を目指して、ゆっくりと泳いでいく。


 より源の方へ。源の方へ。


 心と世界の関係について、考えてみたことはある?


 こんな本質能力エッセンティアを持っているから、人よりは心について知っているわたしの考察を少し。


 人の心ってね、ずっとずっと深いところまで潜っていくと、歴史と繋がっているのよ。


 まずは個人の歴史。心の深淵しんえんには、必ずその人の「今」だけじゃなくて「過去」が積み重なっている。だからたとえば、わたしは糸で繋いでいたヴェドラナの心の奥深く――過去は知っていたりする。


 わたしとヴェドラナが出会う前の、本当に子どもだった頃のヴェドラナの記憶。お父さんとお母さんに愛されて、スロヴェニアの緑の中で育った彼女の歴史を知っている。


 それでね。


 そこから先は?


 個人の心の奥底を突破して、さらに深く深く潜っていくと、今度は世界の歴史に繋がっているの。


 個人は、世界の影響を受けて成立しているから?


 それとも、浅いところに存在するバラバラの「個人の心」はやがて深いところに存在する大きな「世界の心」みたいなものに繋がっていたりするのかしら? 本当のところは分からないわ。


 でも、わたしは糸を通して、ヴェドラナの心の向こう側にあるスロヴェニアという世界の歴史についても知っていた。


 スロヴェニアの歴史の積み重ねの上に、ヴェドラナという個人が成立しているのを知っていた。


 ここまでを踏まえた上で、今回、ミティアくんの心の深層にダイブしてみて、分かったことは。


 ミティアくんの心の奥までもぐって、理解したことは。



――ミティアくんには、歴史がないってこと。



 ミティアくんという個人だけじゃないわ。そもそも。



――この世界リュヴドレニヤには、歴史がないってこと。



 自然と涙がこぼれてきた。


 悲しい気持ちの涙よ。


 比喩ひゆじゃないわ。ミティアくんにも、この世界リュヴドレニヤにも、歴史がない。


 たとえば、わたし個人なら。わたしの前にはお父さんとお母さんがいて。お父さんとお母さんそれぞれに、お祖父じいちゃんとお祖母ばあちゃんがいて。もっとさかのぼれば、ご先祖様と繋がっていて。わたしがここに存在するまでに、歴史があるのに。


 ミティアくんという人間には歴史がない。


 いきなり、ミティアくんがいる。それだけ。本人に、どう伝えればいいのだろう? ミティアくんには、お父さんもお母さんも存在していない。


 また世界というものを考えるなら、わたしがいた現実世界には歴史がある。わたしの場合、日本という国なら、わたしが生まれる前には高度経済成長期があって。もっと前には大きな戦争があって。平成へいせい昭和しょうわ大正たいしょう明治めいじ……もっとさかのぼれば、大まかなとらえ方でも、江戸えど時代、戦国せんごく時代、室町むろまち時代、鎌倉かまくら時代、平安へいあん時代、奈良なら時代……歴史から繋がって今という世界にいたるわ。


 だけど、この世界リュヴドレニヤにはそういった過去の時代からの繋がりが、歴史がない。いきなり、始まっている。いきなり、ユーステティア帝国とスラヴィオーレは戦争をしている。


 八日前のスラヴィオーレ独立戦争の始まり以前には、何もない。


 ミティアくんの記憶は何年前から世界と繋がっているのだろう?


 ミティアくんの昔の話は「設定として」存在しているけれど、歴女れきじょだから言えること。設定と歴史は、ちがう。


 過去とも未来とも「途切れた」時間を生きている人間と。


 過去と未来を繋ぐ「歴史」がない世界。



――わたしは、この世界のヒミツに気がついた。



  /第十七章「歴史がない世界」・完

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