第十六章「セイレキ二〇一〇年――気仙沼その二」
第十六章「セイレキ二〇一〇年――
気仙沼には「子ども会」っていう地域の子どもたちで活動する集まりがあってね。
その年の年末。街の子どもたちは年明けのお祭りの準備を手伝うために、小学校の体育館に集まったりしていたわ。
集まるのは基本的には夜だった。その日、ミーティングが終わると、男子たちがバスケットボールをして遊び始めちゃってね。
当時の子ども会の会長は
夜の体育館だから? みんなちょっとテンションが高かった。先生や町内会の大人の人もいたんだけど、その日にやることは終わったしまあイイかと自由にさせてもらっていた感じ。
そんなみんなのワイワイした様子を、わたしとヴェドラナとユーレさんの三人は、ちょっと距離をとって眺めていた。
その時は糸はオフにしていたのだけど、ヴェドラナもどこか、バスケットボールが弾む音も、子どもたちのはしゃぐ声も、自分たちとは遠いものと感じてる様子だった。
当時のわたしはまだ自分に自信がなかった頃で、ヴェドラナ以外の友だちと積極的に遊ぶということをしなかったし。
ユーレさんは体のこともあって、遊びでも学校の体育でも、運動に参加することはなかった。ヴェドラナは、いつもそんなユーレさんに連れ添うことを優先していたわ。
「ユーレ」
言史くんが体育館のはじっこまで来て、ユーレさんに声をかけたわ。
「やろうぜ!」
言史くんはバスケットボールを人指し指の上でくるくると回しながら、片目をつむってみせた。
ユーレさんはちょっととまどった様子でヴェドラナと似た赤みがかった栗毛をつまんでから、ブルーの瞳を言史くんに向けた。
「まったく。言史は僕に無茶ぶりばかりを。さすがに、難しいよ。車椅子でバスケは」
「でも俺、パラリンピックで車椅子の人がバスケしてるの見たことあるぜ? めっちゃ素早く動いてた」
「あれは、ものすごくトレーニングを積んでるんだよ。僕のようななまけものではちょっとね」
「上半身は動くんだから、パスだけでもイイんじゃね?」
すこし強引な感じでユーレさんをバスケに誘う言史くんのことを、その時のわたしは「空気が読めない人!」って思っちゃったわ。だって、ユーレさんは体が不自由なこと自体よりも、車椅子の自分がバスケットボールの輪に入ってみんなから気を使われるのが嫌なんだと思ったもの。
ところが。
「言史がそう言うんなら。ちょっとやってみようかな」
ユーレさんがそう応えたので、わたしとヴェドラナは同時に「エッ?」って思ったわ。
「おう。神パス頼むぜ。俺、ダンクするから」
言史くんがユーレさんの後ろに回って車椅子のブレーキを解除して、ユーレさんをバスケットコートの方に連れて行ったわ。
ユーレさんも、言史くんを信頼して体をあずけている感じ。
ユーレさんは体のこともあって、小学校は半分休んでるようなかたちだったのだけど、学校に来た時は学年が違うヴェドラナの代わりに言史くんが色々とサポートしていたみたい。ユーレさんも、何かと言史くんには心を開いているようだった。
わたしも大丈夫なの? と思ったけれど、わたし以上にヴェドラナがハラハラして事の経緯を見守っていた。
線を超えてコートに入り、言史くんとユーレさんは同じチームで相手チームと向き合った。
「じゃ、いくぜ!」
言史くんはコートの端までドリブルで進むと、真ん中にいたユーレさんに向けてパスを出した。
ユーレさんはパスを見事にキャッチ。敵陣に斬り込んでいく言史くんに向かってパスを出す。
けれど、おしい。飛距離が足りなくて、言史くんにまでパスは届かなかったわ。
わたしは、想像していたよりも、ユーレさんは上手だなと思ったわ。言史くんのパスが良かったの? しっかりキャッチしていたわ。
ところが、相手チームのリーダーが例の昔わたしの藤色のリボンをむしりとったイジメっ子のボスでね。
「足が動かないんじゃ、どうしようもねーんじゃねえの?」
って言ったわ。相変わらず、ヒドイ!
わたしはこの男子のことまだ大嫌いだったのだけど、当の殴り合いをして負かされちゃった言史くんはこうしていっしょにバスケをやってたりする。この辺りの男子の感覚はちょっと分からなかったわ。
今回も、わたしはユーレさんがんばってるでしょ! って思ったわ。そりゃ、パスは通らなかったけれど。
すると、わたしの横で成り行きを見守っていたヴェドラナがすっと立ち上がって。
「私も、やる」
と、コートに入っていったわ。
ヴェドラナは多くを語らなかったけれど、この時ちょっと怒っていた。
「言史さん、私にパスを」
そうして、言史くん、ユーレさん、ヴェドラナのチームと、イジメっ子のボスのチームとの対戦が始まったのだけど。
言史くんがコート中央をドリブルで斬り込んで、サイドを走っていたヴェドラナにパスを出すと、ヴェドラナはあっと言う間にドリブルで相手チーム全員を抜き去ってシュート。ボールが、リングの中心をスパっと通ったわ。
その後も、ヴェドラナの動きは
けれど、私は思わず立ち上がってしまった。
「ヴェドラナ!」
その。もっと、ユーレさんにもパスを出した方がイイと思ったの。
でも、そのことを伝える前に当のユーレさんに視線を送ったら。ユーレさんはわたしの方を向いて人差し指を立てて、「静かにね」というジェスチャーを送ってきた。
穏やかな瞳でウィンクひとつ。わたしは、あ、ユーレさんはヴェドラナが活躍してくれた方が嬉しいんだって気づいたわ。
立ち上がって声を上げちゃったわたしは、ユーレさんのことを言う代わりに、
「わたしもやる」
って言ったわ。その、このまま何もしないで引っ込むのも変だったから。
かくして、その日は言史くん、ユーレさん、ヴェドラナ、わたしのチームと、イジメっ子のボスチームとでバスケをすることになったの。
いちおう、リングの方に向かって走ってみたら、言史くんからパスがきてびっくりしたわ。バスケットボールって大きくて、パスはけっこうズーンとくるのね。ちゃんとキャッチしたユーレさんはすごいわ。
ドリブルは自信がないので、シュートすることにしたわ。ここからだと二点じゃなくて三点になるんだよね。ルールはいちおう、知ってるの。
わたしは自分なりに、精一杯ジャンプしてシュートしてみた。
けれど、そう上手くいくはずもなくボールはリングに弾かれたわ。
ま、そうだよね。やっぱりわたしに運動は向いてない。と、自分で自分にダメ出しを始めようと思ったら。
リングから弾かれたボールに向かって、ヴェドラナが飛んだの。
その時のヴェドラナは、本当に空を飛んでるみたいだったわ。
リングから弾かれたボールを片手で空中でキャッチして、ヴェドラナはそのままダンクした。ゴール。後で言史くんから聞いたらプロの選手でもめったにできないすごいプレーだったらしいわ。
ヴェドラナが片手をあげて走ってきたので、ああ、アレかと知識では知ってたハイタッチをやってみた。パチンッって、手と手を合わせるとちょっと気分がアガるものなのね。
ヴェドラナは言史くんとユーレさんに向かって、控えめにサムズアップもしたわ。言史くんははしゃぐ感じで、ユーレさんはあくまで穏やかに、二人並んで親指をたてて返していた。
このプレーで場が活気づいて、あとは勝ったとか負けたとか気にせずに、子どもたちでボールを追いかけたわ。
その日、小学校の体育館のアカリは夜遅くまでついていた。
まだ、わたしは自分で自分にダメ出ししてることが多かった頃だったけれど、その日のバスケットボールは、楽しかったこととして記憶に残っているわ。
/第十六章「セイレキ二〇一〇年――気仙沼その二」・完
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