現在 2人の正体


 いつの間にか目を閉じて、結花は眠っていた。なんだか安心していまい、すると今度は、空腹感が湧き上がる。周りに意識を集中し続けながらずっと歩いていたんだ。疲れてしまって当然だった。

 しかし、持ち合わせはない。ぼくは非常に申し訳ない気持ちになりながらも、二人に尋ねてみた。

「ねぇ、君たち……。ここに食べ物はあるの? 治してもらった上にこんなことを頼むのはすごく気が引けるんだけど、よかったら少し分けてくれないかな?」

 そう聞くと、(やはり無表情だったけれど)二人はキョトンとしたようにお互いの顔を見合わせた。

「ここに食べ物は無いわ」

「え? じゃあ君たちはどうしているの?」

「私たち、食べ物がなくても生きていけるもの」

 耳を疑った。いや、そんなはずはない。

「本当だよ。僕等は食べ物が無くても生きていける。死ぬこともない」

「そんなまさか……」

「まぁでも、食べ物がほしいなら持ってきてあげるよ。ちょっと待ってて」

 そう言うと男の子は、サッと歩き出して廃墟を出て行ってしまった。あまりにも躊躇いがなかったので、質問をする暇も引き止める余裕もなかった。

「一人で大丈夫かな……」

「それなら心配ないわ」

 女の子が答える。それは信頼とかじゃなく、ただ事実として言葉を機械的に吐き出しているようだった。

 ……しかし、妙な雰囲気を持っているせいで、本当に大丈夫だと思えてくる。安心と同時に、結花が治るんだというさっきまでの舞い上がっているような気持ちも、段々と納まってきた。

 ……すると今度は、ぼくと女の子だけが残される。結花は今眠っているし、少女はぼくに対して特に関心を持っていないようだった。ただ廃墟の一角に座り込みながらぼくを見ようともせずに、ただ虚空を眺め続ける。それでも、なんだか気まずいと感じてしまう沈黙が生まれ、ぼくは口を開く。

「ね、ねぇ君、名前はなんていうの?」

「パナケイア」

 彼女が視線を動かさずに答える。

 パナケイア? どこの国の名前だろう。そういえば一番最初、男の子の方がそう呼んでいた気がする。

「それじゃあ、あの男の子の方は?」

「クロノス」

 そういえばこっちも、女の子……パナケイアが一度呼んでいた。

「君たちは……兄妹なの?」

「いいえ、赤の他人よ」

 赤の他人? ちょっと驚く。聞いておいて何だけれど、ほとんど兄妹と決めてかかっていながら、会話を続けるためだけにしたような質問だったのに。そりゃあ確かに容姿は似てないと思ったけれど……性格というか、無表情なところとかそっくりだと思ったのに。

 それよりもこの子、会話を広げるつもりがないのか、さっきから返答がほとんど一言だけだ。気まずさを感じているのが自分だけみたいで、なんだか恥ずかしい。

「き、君のミニス、すごいね。ぼくが知っている中でも、あんなにはっきりとミニスの力が見えるなんて初めてだもん」

「あなた人間でしょ? 無理もないわ」

 違和感が胸をチクリと刺す。

「何言ってるのさ。君だって人間でしょ?」

「違うわ」

 さも当たり前のように言う。それは、あまりにも機械的だった。少女は未だぼくを見ていない。

「じゃあ、君は……」

 いや、違う。この子だけじゃない。

「……君たちは、何者なの?」

「私達は神よ」

 さも……当たり前のように言った。この子の変わらない口調は、ぼくの頭を狂わせる。

 神? 神って、あの神様?

 普通ならば、子供の空言そらごとだと切り捨てることもできるだろう。

 だけど……この異常な世界で、異常な風貌をしていて、異常な雰囲気を漂わせていて、異常な力のミニスを使うことができる。

 ぼくは、この子たちが人間ではないのだということを、その一言で信じかけていた。

「神って……だから食べ物がなくても生きていけるってこと?」

「そうよ」

「神様だから、人間よりも強いミニスを使えるってこと?」

「そうよ」

 質問を一つしていく度に、この子たちが人間ではないというしるしが刻まれていく。

「君や……えっと、クロノスは、人間の姿をしているけど、神様はみんなそうなの?」

「いいえ。人間の姿じゃない神も多くいるわ。私が今子供の姿なのは、力が弱まっているから」

 思い返す。そういえば結花を治療する前にも、そんなことを言っていた。自分の力は弱まっている、みたいなことを。

 でも、それなら余計信じられない。力が弱まっている状態で、あそこまではっきりとしたミニス……それも、壊れた心を治すほどのものなんて、尋常じゃない。力が弱まっていなければ、一体どれだけのことができるっていうんだ。

 ぼくは質問を繰り返す。

「じゃあ、クロノスの方も力が弱まっているの? あの子も、子供の姿をしているけど」

「彼は関係ないわ。子供の姿をしていることもあるし、大人の姿をしていることもあるし、性別が違うこともある。人間の姿をしていない時もあるわ。気まぐれに姿を変えて、気まぐれに行動を起こす。彼は時の神だもの。どの時間にも、どこにでもいるわ」

「どこにでもいる?」

「今は私の近くにいるけれど、それだって彼の一柱ひとはしらよ。ここ以外にも、他の場所にだってたくさんいるはずだわ」

 一柱という言葉に疑問を覚えたけど、確か神様を数える単位のことだ。一柱とは、人間で言うなら一人だ。

 つまり、他の場所にもたくさんいる? 外見を変えて、同じ存在が? 

 いよいよ現実味がなくなっていく。二人が異常な存在であることまでは辛うじて理解できるにしても、全てを信じられるかどうかは保証できそうになかった。

 頭が混乱してきて、聞きたいことは他にもあったはずなのに、ほとんど出てこなくなってしまった。

「えっと……じゃあ、何で君の力は弱まっているの?」

「それは、死のミニスに毒されたからよ」

「死のミニス?」

 ずいぶんと直接的で物騒な名前だ。

「それってひょっとして、別の神様のミニス?」

 そう聞くと、初めて女の子……パナケイアはぼくを見た。首だけを、それこそ人形のように動かしたのでギョッとした。その仕草が、思った以上に不気味だったのだ。

「? あなたも見たでしょう?」

「へ? え? 何を?」

「死のミニスを」

 パナケイアはまた、それがさも当然であるかのように言った。

 ぼくが、パナケイアの力を失わせたミニスを見た? 何言ってるんだ。ぼくらは今日初めて会ったっていうのに。

「オーロラと“声”のことよ」

 思考が一瞬止まった。巨大な槍が身体を貫いたように、身動き一つ取れない。

 

 それは、人間に見える子供二人が神様だと言われることなんかが、軽く消し飛ぶほどの衝撃を与えた。

 ミニス。……ミニス?

 そんなわけない。だってミニスなんていうのは、日常生活にすら影響を与えないあまりに些細なものに過ぎないんだ。人の心を治すだけでも常軌を逸しているのに、それどころか。

 世界の人間の四分の一を死に至らしめたあの災害が、ミニス?

 ありえない。ありえない。

 思考が同じ言葉ばかりを繰り返し、堂々巡りしてちっとも止まらない。

 ぼくが質問したから答えてくれるというだけの彼女が、今では余計なくらい饒舌に思えた。

「死のミニス……あなたに分かりやすいよう、今だけ『災害』と呼ぶわ。あの災害は、人と神問わず、体内に宿したミニスに反応する。ミニスを宿している神の多くは、あれによって大きく力を失った。中には命を落としてしまったものもいる。人間はひとたまりもなかったでしょうね。中にはこの子のように……あの災害だけは生き延びた子もいるけど、珍しい方だと思うわ」

 そういってパナケイアは、また首だけ動かし、結花を見る。ミニスを使えるはずの結花は、確かに生き延びたけれど……。でも、ミニスに反応するなんて、テレビじゃ一言も言ってなかった。

「じゃああれは……神様の仕業なの?」

「そうよ。誰のミニスかは分からないけれど、あの災害がミニスであることに変わりはないわ」

「それじゃあ、なんでこんなこと……!」

「知らないわ」

 初めて聞いた、パナケイアの不明確な答え。言葉ははっきりしているのに、内容はこれ以上ない空白だった。

「知らないって……」

「可能性として考えられるのはいくつかあるけれど……。例えば、自分にとって都合の悪い神を軒並み滅ぼそうとしたとか」

「……何それ」

 天災ならばまだ……思いたくはないけど、「しょうがない」と言えないこともなかった。だけど、何者かの意思によってぼくらが、そのを受けたに過ぎないのなら。

「そんな……そんなの、あんまりだよ……。たったそれだけのことで、あんなに多くの人を殺すなんて……ありえるわけない……」

「それは、人間の価値観で見ているからに過ぎないわ」

 ぼくは内臓を鷲掴みにされているように息が止まってしまい、それ以上何も聞けなくなってしまった。

 質問のなくなったぼくに、パナケイアは何も言わなくなった。


 しばらくすると、クロノスが戻ってきた。綺麗に包装された食べ物の数々が目の前に置かれる。ぼくと結花が数日放浪していて手に入れた総量よりも多いかもしれない。

 ぼくは混乱した頭のままで、辛うじてお礼を言うことを忘れず、袋を開ける。

 中は主にパン類で、種類も豊富。食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきて、高級パン屋で買ってきたみたいだ。

 ……触ってみると、まだ暖かい。それに柔らかくて、もっちりとしている。まるで出来立てのようだ。とても災害後の世界で手に入るようなものじゃない。一体どうやって、どこから持ってきたのかと思ったけど、聞いても別に意味なんてないだろう。

 ついさっき目が覚めて、今はまた何もない空間を見つめ続けている結花に呼びかける。

「ほら、結花。食事だよ? 久しぶりにおいしいものが食べられる」

 そうしてまた口を開けるのを手伝おうとした時、――ぼくの手が止まった。

 結花は……ぼくの呼びかけに対して、本当にゆっくりとだけど……。

 コクン、と。

 頷いた。

 そして、いつもはぼくが開けるのを手伝っていた口も……これまでよりほんの僅かに、大きく開いていた。これなら、小さくちぎればぼくが助けなくても入るかもしれない。

 まだ、ぼくを見る目に光は感じられない。いつも浮かべていたお日様のような笑顔もない。

 だけど……回復、してるんだ。

 決して彼女たちを疑っていたわけじゃない。

 けど……こうして目の前で兆しを見せられると、胸がいっぱいになって、目が熱くなった。

 ぼくは、こぼれ落ちる涙で結花が食べる物の味が変わってしまわないように気をつけながら、これ以上ない幸せな気持ちで、彼女の唇に指を運んだ。


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