現在 廃墟の少年少女
この男の子は、異質だ。
出会って一分と経たずに抱いた感想はそれだった。
光るような金色の髪に青い眼。パッと見で年齢は十歳前後。ひょっとして外国人の子供なのかなと思った。こんな崩壊した日本で外国人を見るのは珍しい。顔は中性的で髪も短く、男の子なのか女の子なのか、その顔だけを見れば正直分からなかった。
ただ、彼を異質だと思う理由と、中性的な彼を男の子だと思う理由は同じだった。
その子はまるで、セレブのパーティにでも赴くような綺麗なスーツを着ているのだ。庶民の子供に過ぎない自分が見ても、果たしてそれはうちにあるお金を全部つぎ込んでも買えるのか疑ってしまうほどだ。
それに加えて、こんな荒廃した街に誰とも行動せずに一人でうろつき……それも、まるで危機感を感じているように見えないのだ。その顔に表情はなく、この世界にある物は何一つ見ていないとでも言っているようだった。しかも、結花のように親しい人の死を見て心を壊したという風には見えず、世界が滅ぼうが滅ぶまいが自分には関係ないとでも言うかのように人間味のない表情というのが、少し不気味だった。
彼は、彫刻でも眺めるかのようにぼくらを見る。バッタリと出くわし、しかも異質な雰囲気を持つ少年にぼくは立ち止まったまま何も言えず、ただ銅像のように固まることしかできなかった。息苦しい沈黙に息を飲むと、彼はクルッと後ろを向き、
「着いてきて」
と、流暢な日本語で言った。
突然言われて、ぼくは少し不安と怪しさを感じつつも、何故か逆らう気になれなかった。
彼との歩く距離が、なんだかいっこうに変わっていないような気がしていた。結花を背負っているから無理はできないのだけど、少し早く歩いて追いつこうとしても、逆に疲れを感じてペースを落としても、何故か数メートルの距離が僅かも変わっていない気がした。彼は一度も後ろを振り向かず、ぼくらにペースを合わせているようには見えないのに。
ただこれは、こんな世界にいるちょっと不思議な男の子が不気味に思えて、勝手にぼくが錯覚して疑心暗鬼になっているだけなのかもしれないけれど。
歩いている間は息が詰まったように何も言えず、ちゃんと安定させて背負っているはずの結花が落ちてしまわないかが不安になって、気を張っていた。
十分ほど歩くと、工事中の建物や廃墟が乱立しているような、以前の世界では人気のなさそうな場所へと来ていた。より不気味になっていく空気に胸がざわめき、胃がキリキリと締め上げられていくような感覚に陥る。廃墟の一つに入っていき、やっぱり着いていくのは失敗だったかと後悔し始めたとき、
「パナケイア」
と、少年が誰かを呼んだ。
前を見ると、廃墟の一角に座り込んでいる、一人の少女がいた。
栗色の長い髪を気にすることなく地面に垂らし、呼びかけに応じてこちらを向く。幼さを感じさせる小さな身体と端正な顔立ちは、少年と同じく十歳前後に見えた。そしてこの子もまた、高貴なお姫様が着用するような豪奢なドレスを着ていて、
この子も日本人には見えず、しかし人形のように世界に関心がなさそうな無表情は、少年と同じに見えた。容姿は似てないけれど、その人間味がないところは兄妹のようにそっくりだった。妹、だろうか。
少女は感情のこもらない声で、少年に応える。彼女もまた、流暢な日本語だった。
「何、クロノス」
「多分この人が抱えている少女が怪我をしているんだよ。治してあげれば?」
「怪我?」
「あ、違うんだ……」
ぼくは慌てて口を挟む。訳も分からず雰囲気に飲まれて何も言えなかったが、どうやら誤解を生んでしまっていたらしい。
多分男の子(クロノスという名前であっているのか?)は、ぼくが目を開けたままの結花を背負っているのを見て、眠っているのではなく怪我をして歩けないのだと思ったのだろう。ここへ連れてきたのが親切心からなのかどうかは分からないが、ぼくは少し申し訳ない気持ちになった。
ぼくの言葉に、二人は無表情ながらも少しだけ心外そうにこっちを見る。
ただ、こんな子供達に「怪我をしているんじゃなくて心が壊れているんだ」と言うのは気が引けて、何と言ったものかと言葉を探してしまう。
しかし二人は、ぼくと結花の全身を見る。そして、頭から足首までをサッと見て、「あぁ、そういうこと」と、男の子の方が言った。
ぼくは驚いて顔を上げた。
分かるのか。
……でも、目を開きながら病人のように虚ろな表情をしているのを見れば、ひょっとしたら察しがついてしまうのだろうか。こんな世界なんだ。……きっと、こうなってしまった人は、他にもいるんだろう。
しかしぼくは耳を疑った。
「治せそう?」
それでも少年は少女に向かって、再びそう聞いたのだ。
え? 治せるのか? 壊れた心が? そんな馬鹿な。いや、そんなはずない。
しかし少女は、その場を動かずに手だけをこちらに伸ばして、「見せて」と言った。やっぱり、感情はこもってなさそうだった。
訝りながらも、診てもらうために少女の近くに結花を降ろす。その時、結花の足首あたりに小さな痣が見えた。ひょっとしたら、ぼくが無茶な支え方や歩き方をしたせいで、どこかで捻挫でもさせてしまったかもしれない。疲労が身体を巡っていたとはいえ、そこまで気が回らなかったことに心苦しさを感じる。
少女は、横たえた結花の頭に手を当てる。それから全体に少しずつ触れていき、やがて足首の痣にも触れる。
いや、待て。もしかして二人が言っていたのは、こっちの痣の事なんじゃ。
「彼女は治療のミニスを宿している」
そんなことを思っていると、唐突に少年が言った。
「今の彼女でも、ひょっとしたら怪我以上のことだって治せるかもしれない」
怪我以上のこと?
「でも、ミニスの力なんてたかが知れて……」
「治せると思う」
聞こえた小さな言葉が、一瞬信じられなかった。反射的に彼女を見ると、やっぱり無表情だった。
彼女は、結花の頭を抱えながらぼくを見ている。
「全部じゃないけれど……」
「ね、念のため確認するけど、ぼくが言ってるのは、彼女の壊れてしまった心のことなんだけど……」
もう堂々と言ってしまった。希望をかざしているこの二人が、もはや自分よりも遥かに格上の存在であることを疑わなくなってしまったから。
そして彼女も、事も無げにコクンと頷いた。混乱と喜びの混じった感情が、胸の内で巡る。
「ほ、本当に……?」
「うん。ただ私の力は弱まっている。数日かかる上に、それ以上のことはできないけど、それでもいい?」
「うん……! うん!」
本当に? 本当に!? 結花の心が治る!?
むしろ、数日で治せることの方が驚きだった。だって、こんなの医者だってすぐには治せないはずなのに。いろいろと聞きたいことはあるけれど、それよりも今は、泣きたいくらいの感動の方が大きかった。
少女は目を閉じて、もう一度結花の頭を包み込む。すると、その小さな手のひらから光が溢れる。
これがミニス……? 信じられない。こんな、まるで蛍が集まったようにはっきりとミニスが見えるなんて。かつて結花が見せてくれたものよりもずっと眩しくて、その力が普通の人とは比ぶべくないことが、ミニスを使えない自分にも分かった。
ミニスとは、超能力のような強力なものではなく、本当に些細なものでしかないはずなのに。
しばらくすると、その光は徐々に輝きを失っていき、やがて完全に消えた。少女は閉じていた目をゆっくりと開けると、ぼくを見る。
「終わったわ」
その言葉に安心するも、一見して何も変わっていないように見える結花に、微かな不安がよぎる。
「どう、なったの……?」
「心なら心配ない。ゆっくりと回復していって、やがて普通に話せるようにもなるわ」
その言葉を聞いて、自分の胸の中も輝いた気がした。
治る……。治る! あんなに、絶望的だったのに……!
ぼくは少女に、そして少女の元に連れてきてくれた少年に、みっともなく涙をぽろぽろとこぼしながら、何度も何度もお礼をいった。
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