過去 結花との思い出
『あれ? そんなぬいぐるみあったっけ……?』
見慣れた結花の部屋に、見慣れない物が置いてある。それは大きいくまのぬいぐるみで、ベッドの隅っこを占拠していた。結花はベッドに座ると、お日様のような笑顔を浮かべながらそれを抱きしめる。結花の腕にすっぽりとハマる丁度いいサイズだった。
『これ? かわいいでしょ~! 新しく買ったの!』
『結花の部屋……どんどん物が増えてくね』
『な~に、不満?』
『まさか。いつも新鮮になるなって思ってただけ』
『それ、褒めてるの?』
『うん』
結花は納得しきっていない顔をしていたけれど、あながち嘘じゃない。増えるのは女の子らしいものばかりだから、ぼくにはあまり共感できないけど、その度に結花が喜んでいるならそれでいいと思っていた。
『あ、漫画も増えてる』
『そうそう! 新刊がたくさん出たの! 集も見る? 貸すよ?』
『いや、ぼくはいいや……』
『もう~、分かってたけどさ。集も見ればいいのに。面白いよ?』
『ううん。こういうのは、ちょっと……』
結花の部屋に置いてあるのは、もっぱら少女漫画だ。甘い恋愛モノが多く、絵もそれっぽくてぼくは苦手だった。
前に一度見せてもらったものでは、こんなやりとりがあった。
主人公の女の子が、海外留学から帰ってきた初恋の男の子と再会し、相手は突然女の子と頬っぺた同士をくっつけるのだ。それは単なる挨拶のようなもので、海外に長らく住んでいた男の子には当たり前のことでしかなかったのだけど、女の子にとっては大問題。てんやわんやの大慌て。
男の子も、そんな女の子の様子を見るのが楽しくて、わざと繰り返しやってみせる。
そしてたしか、こんなことを言ってみせるのだ。
――海外では挨拶みたいなものなんだけどなぁ。
――でもこんなの日本でやってると、
――まるで、恋人同士みたいだね。
結花はそういう少女漫画の甘々な恋愛や展開が大好きで、読むたびにドキドキして心が幸せでいっぱいになるのっ、なんて言っていた。
だけど、そういった気持ちは分からなくもなかった。ぼくの場合は少女漫画ではなく少年漫画で、こういう風にかっこよく強くなれたらな、と思ったことは何度もあるから。
見渡すと、結花の部屋は少女漫画だけでなく、たくさんの小物やぬいぐるみ、全体的にピンク色を基調とした、いかにもな女の子の部屋という感じだった。
今ではもう慣れっこだけど、最初に来たときは自分の部屋とのあまりの違いに、ずいぶんと緊張したものだった。
そうしてなんとなく部屋を眺めていると、結花が急に大きな声を上げた。
『その怪我どうしたの!?』
『え? あぁこれ?』
ぼくは手のひらを見る。結花の家に来る途中、自転車で転んだ時にできた怪我だった。皮が派手に剥けて、パッと見ではかなり痛そうに見えるかもしれない。
『大丈夫だよ。見た目ほど大きな怪我じゃないから』
『ダメだよ! ちょっと貸して!』
『わっ!』
抱いていたぬいぐるみをサッと置いて、素早くぼくの手を取る。あまりにも早かったんでそっちの方が驚きだった。こうして一度行動を起こし始めると、結花は絶対に止まらない。
結花は怪我をしているぼくの手のひらに自分のそれを重ね、目を閉じる。
しばらくすると……怪我をしている部分が、淡く光る。それは本当に小さな光で、近くで目を凝らしていないとすぐには分からないほどだった。
ぼくも結花もジッと動かないまま三十分ほどが経つと、ようやくその怪我の大きさが半分ほどになる。そのあたりで、結花は集中が切れたように大きく息を吐く。その額には、少し汗がにじむほどだった。
『はぁ……、……ごめん、ちょっと休ませて……』
『ありがとう結花、もう大丈夫だよ。もともとそんなに大きな怪我でもないんだし』
『でも……』
『ホントに大丈夫。ほら、汗かいてるよ』
『え? ……わっ、ごめん!』
『別に謝ることでも……。タオル持ってくるよ。洗面所にあるよね?』
『ううん、自分で行くよ! 集はここで休んでて!』
『いや、いま休むのはむしろ結花のほうだと思うけど……』
『本当に大丈夫だから!』
そういって結花は、逃げるように部屋を飛び出していった。
(……また無理させちゃったな)
そう思って、少し落ち込む。
また結花に、負担をかけてしまった。
手のひらを見る。この部屋に来たときよりもだいぶ小さくなっている怪我を見て、少し虚しくなる。
手当てのミニス。
結花が宿している力だ。結花は自分の手のひらを当てることで、自他問わずその怪我を治すことができる。けれど、その怪我を治すまでには大きな集中力を必要とする。そして、三十分もジッと動かずに集中し続け汗をかくほどに疲れても、実際のところは大したことのないこの怪我でさえ完治には至らない。漫画やアニメで見るような超常能力とは程遠いのだ。
ミニスとは、本当に些細な力だ。その能力は多種多様で、人によって使える力は違うけれど……そのどれもこれもが、日常生活にさして影響を与えない程度のものばかりだ。
それでも、ぼくはこうしてミニスを持っている結花が羨ましいと思った。人の役にも立てて、人を助けられる。
ぼくなんて、人の役に立つ力がどうとか以前に、ミニスそのものが使えないのだから。
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