現在 今の世界


 今はもう、世界はぼくが知っている通りに、気持ちよく青く染まっている。

 でも、その気持ちよく染まった青の下に広がる景色は、とても正視に耐えない、地獄のようなもの。

 言葉の通り……まさに、天と地の差だった。


 あれから、自衛隊が動いた。

 腐敗による空気の汚染を危惧し……そして何より、外を歩けば人の死体しかないような世界を誰も好ましく思うわけがなく、可能な限りの処理がされることになった。全国に展開している部隊がフル出動し、数台もの大きなトラックに死体の数々を入れ、水を撒いて血を洗い流した後にどこかへと運んでいく。そんな光景が何日か続いた。

 ただし、死体の数の膨大さと自衛隊の人数そのものの大幅な減少により、その活動は長期に渡った。故に、死体回収後も完全に匂いの取れない場所や、乾ききって洗い流せない血も大量にあった。

 それに、いくら直接的に被害がなかったとはいえども、人々の突然の死により、車や電車、飛行機などの激突によって建物も多く崩壊し、電気やガスや水道の一部も使えなくなってしまった。復旧作業に多くの力が注がれたことにより、その回復は思った以上に早かったが、それでもまだ使えない地域もあるという。

 今の街は荒廃していて、強くこびり着いた血が至る所に見える。なくなったのはあくまでも人の死体だけで、それ以外の復興作業は全く進んでいない。

 建物。電柱。標識。車。壊れたまま放置されているものは目に余りすぎるほどある。人は生き残ることに精一杯で、他のことに手を回す余裕などないのだ。

 ……それは、ぼくも含めてだけれど。

 無人となった他人の家を漁り、食べ物や着られる物をハイエナのように探し、もしほんの少しでも見つけようものならば、それらを無遠慮に盗んでいく。そうでもしないと、とても生きていけそうになかった。

 けれど、同じ考えの人が一体どれだけいるのか。大体は都合良く食べ物なんて見つけられるわけもなく、あったとしても、もはや異臭を放つ、元がなんだったのかさえ分からないカビの映えた異物だけ。

 があったせいでぼくと結花は家から出て行くはめになり、配給所へと変わった学校にも迂闊に行けなくなった。

 だからこうして、当て所もなく滅亡した世界を放浪している。


 もう一度、ソファに腰掛けている心の死んだ幼馴染を見る。

 結花はもう、一人では生きていけない。ちゃんとした言葉を発することもできないし、走るどころか歩くことさえもままならない。放っておけば、ただ衰弱死するだけだ。

 だから何処へ行くにも、ぼくは彼女の肩を支えて歩くか、背負って行くしかない。軽いとはいえ、人間一人を伴っての長時間の移動は、次第に一歩一歩が辛くなるほどに疲れてくる。

 だけど、だからといって結花を置いていくという選択肢はない。心が壊れているとはいえ、結花を見捨てていくなんてできない。そんなの耐えられない。

 

「そろそろ行こう、結花」

 返事のない結花を背負って落ちないように安定させ、ぼくらは食べ物調達のためだけにお邪魔した家を出る。余っている食料なんて一欠片も持っていないから、また食べ物を探さないと飢えてしまう。疲労の抜けきらない身体のまま、ぼくらはまた生きるために歩き出す。

 これから何処へ行こう。行くあてもないから考えても仕方がないとは分かっている。

 けれど、こんな生活には限界がある。近いうちに安定した生活が送れるようになるなんて考えられないし、それならばせめて安心して生活できる場所がほしい。

 ぼくらは、この世界で生きるには無力すぎる。

 確固たる希望も抱けないまま、五分ほど歩いた――そんなとき。

 ぼくらの前に、一人の男の子が現れた。


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