過去 11月25日


 十一月二十五日、午前九時二十八分十四秒から四十二秒までの二十八秒間。オーロラが空を覆い、“声”が地球に響いたことで、多くの人が死んだ。

 その声は、人間の声だったのか、あるいは神の声だったのか。それはまるで、ソプラノ歌手が限界まで声を高くした、身を震わせるほどに綺麗な声だったとも言われている。

 死に方は様々だった。

 全身が石膏でも崩すようにボロボロになって崩れていったもの。身体の隙間という隙間から血を吹き出して辺り一面を真っ赤にしたもの。身体中の水分が急激に干からびてミイラになったもの。皮膚の全てがバリバリにはがされてき出しの肉の塊になったもの。全身が突然血液に変わり果てて、その場に落ちて飛び散らせたもの。

 他にも様々な死に方が載せられていた。けれど、見ていて気分の悪くなるものばかりで、その全てを記憶することはできなかったし、する気もなかった。

 死滅したのは全て人間で、建物や機械やその他の動物や微生物、虫などに一切の影響はなかったとされる。

 世界の人口はたった一日で四割減少した。大雑把にして、二十五億人以上。

 あの滅亡は日本だけでなく、世界に等しく与えられていた。

 原因は未だ不明。それゆえに、様々な憶測が飛び交った。未知のウイルス。未知の放射性物質。……そして、神の裁き。

 オーロラを見た、または“声”を聞いた、もしくはその両方を見聞きしてしまったものの多くが死に絶えた。しかしながら、それでも死に至らなかった者もいる。その基準も不明。

 ただ人類の多くが滅びた。それだけが誰にも分かっている、厳然たる事実だった。


 それから二ヶ月。一月の後半となった極寒の日本でぼくは心の壊れた結花を連れ、滅びた世界を彷徨っている。


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