執筆地獄スタートその1

「どこだここ……?」


 目を覚ました俺の第一声は、そんな疑問だった。


 覗きをしようとして捕まり、お仕置きを受けたところまでは覚えているが、それ以降の記憶はない。


 まあアレでアレをアレして命があっただけでも儲けものだろう。


 命があったことに喜びを感じながらも、ここがどこなのか確認するために周囲を軽く見回す。


 分かったのは、向かい合う壁同士の距離が五メートルほどで薄暗い部屋であること。光は天井にぶら下がっている電球からのもののみ。


 壁に妙なシミと『タスケテ』『ユルシテ』『ゴメンナサイ』という文字が赤で書かれていたが、きっとここで子供が字を書く練習でもしてたんだろう。……深くは考えないことにする。


 他には小さな冷蔵庫と卓袱台、そして卓袱台の上のノートパソコンがあるだけ。床は冷たいコンクリートだ。


 一見すると完全に閉じ込められたように見えるが、そんなことはない。正面にちゃんと、出入口らしき鉄製の扉を見つけてある。


 なぜこんなところにいるのかは分からないが、とりあえずここから出よう。


 俺は立ち上がりそのまま扉のノブを回す。しかし、


「……冗談だろ?」


 扉はピクリとも動かない。更に数回ガチャガチャと音を立てながらノブを回すが、扉には何の変化もない。


「クソ……!」


 焦燥感が募り思わず扉を力任せに蹴ってしまうが、扉はビクともしない。


 そこからしばらく、どうにか扉を開けようと苦心するが変化はなかった。


 通常のやり方では開かないと分かり、どうしたものかと頭を悩ませていると、


「ようやく起きたのか」


「…………!」


 扉越しに聞き慣れた男の声がした。


「ヤーさん!」


「昨日ぶりだね、菱川君」


 このタイミングでヤーさんが現れたことに、俺は思わずガッツポーズを作ってしまう。


「丁度良かった。ヤーさん、ここからの脱出を手伝ってくれ。内側からじゃ開かないんだよ」


「断る」


「は……?」


 今何か予想外の返答をされた気がするが……気のせいだよな? もう一度訊き直すとしよう。


「ヤーさん、ここからの脱出を――」


「悪いが君に協力することはできない」


「どうしてだよ!?」


「私が君をそこに閉じ込めた犯人だからさ」


 今とんでもないことをカミングアウトされたぞ、おい。


「なら尚更協力しろ! さっさとここから出せ!」


「無理だ。を出すことはできない。どうしても出してほしいのなら――原稿を完成させるんだ。そうすれば、そこから出してあげよう」


「ふざけんな!」


 原稿を完成させれば出れるということは、逆を言えば原稿が完成するまでは出られないということじゃねえか! こんな不気味な部屋に長い時間いるなんてごめんだ。


「私は最初に説明したはずだ。この旅行は君たちクズ共に原稿をあげさせることが目的だと」


「その手段が監禁ってか!? お前ら編集部はバカか? バカなのか!?」


 この旅行で嫌というほど思い知らされていたが、ウチの編集部は色々な意味でヤバいな。


「君たちクズが原稿をあげてくれるなら、我々は何者にでもなろう。とにかく、原稿をあげるまで君はこの部屋から一歩も出られないと思え。食事は決まった時間に三回、如月君に持ってこさせよう」


「ちょっと待て。トイレはどうするんだよ? まさか、垂れ流せなんて言わないよな?」


「その点も抜かりはない。菱川君、そこに冷蔵庫があるだろう? 開けてみるといい」


「冷蔵庫?」


 とても冷蔵庫にトイレ対策となるものがあるとは思えないが、一応指示通り冷蔵庫に手を伸ばす。


 開けてみると、中には予想通りドリンク類が入ってるだけだった。これでどうやってトイレ問題を解決するんだ?


「ヤーさん、飲み物が入ってるだけだぞ」


「そうだ、そこには飲み物がある。しかも全てペットボトルのもの……ここまで言えば分かるな?」


「……まさか、飲んだ後の空になったペットボトルで済ませろってことか?」


「その通りだ」


「ふざけんな!」


 人の尊厳というものも考えてほしい。


「第一、それだと大きい方はどうするんだよ!? ペットボトルに入れるなんて無理だぞ!」


「そちらに関しても問題ない。その部屋には卓袱台があるだろう? その下に秘密兵器があるから、確認してみるといい」


 最早期待はしてない。どうせペットボトル同様、人としての尊厳を度外視したものが出てくるだろう。


 陰鬱な気分になりながら、卓袱台の下にあったものを引っ張り出す。するとそこには、


「ヤーさん、もうワガママは言わない。ちゃんと原稿もあげる。だから……せめて人間扱いしてくれ!」


 確かに、卓袱台の下から出てきたのはトイレだった――ただし猫用のな!


 使い捨てでもいいから、人間用のトイレを用意してほしかった。


「ヤーさん、トイレについて真剣に話し合おう」


 その後数分の交渉を経て、トイレに関しては一日に五回まで外のものを利用することが許可された。もちろん脱走しないように見張りを付けた上でだが。






 監禁生活一日目。


 ノートパソコンと向かい合うが、アイデアは一向に出てこない。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、紅葉と華恋が様子を見に来た。どうやら俺の身を案じてのことのようだ。


 気分転換に色々と話したが、その中にいくつか役立つ情報があった。


 まずここがどこなのかだが、俺たちが利用した建物の地下らしい。なぜ地下にこんな監禁部屋があるのか謎だが、怖いのであえて追及しなかった。


 次に他の作家たちについてだが、予想通り一人の例外もなく地下に監禁状態のようだ。そして俺同様、原稿をあげなければ出ることができないらしい。


 結局この日は何の進展もなく一日が終わった。


 監禁生活二日目。


 冷たいコンクリートの上でそのまま寝たので身体が痛い。監禁するにしても、もう少しまともな場所はなかったのかと愚痴りたくなった。


 この日も何も進展はなかった。


 監禁生活三日目。


 事件が起こった。向かいの部屋のペンネーム、骸ヶ岡むくろがおか先生が発狂した。


『キエエエエエエエエ!』という奇声をあげて部屋の中で暴れたそうだ。


 奇声は俺の部屋まで届いたので何事かと慌ててしまったが、事情を聞いて一安心――とはいかなかった。


 俺もいつかはああなるのかと思うと、足が生まれたての小鹿のように震えた。


 ちなみに発狂した骸ヶ岡先生の奇声は怖かったが、笑いながら説明してくれた骸ヶ岡先生の担当編集はもっと怖かった。


 何で笑っていられるんだろう? 頭のネジ十本くらい飛んでるだろ、絶対。


 この日は恐怖で指先が震えてタイピングは不可能だったので、原稿は進まなかった。

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JSを愛してやまないラノベ作家の俺にJCが弟子入りを迫ってくる件について エミヤ @emiya

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