女湯は異世界
紅葉と一緒に建物に戻った後、紅葉と別れて自室に戻った。
部屋に戻るとバカが形容し難い顔色でベッドに横たわっていたが放置した。起きてたら起きてたでうるさいので丁度いい。そう思っていたが、
「暇だな……」
バカが使っているものとは別のベッドに寝転び天井を眺めながら、ボソリと呟いた。
やることが何もない。一応スマホは持ってきているが、こんなどこの島かも分からない場所では、当然ながら電波など入ってない。
ラウンジにあるラノベを借りてくるのも悪くないが、今は何となく気分ではない。
「トイレ行こう……」
催してきたのもあるが、とりあえず部屋を出て気分転換をしよう。
トイレは一階と二階、それぞれに男女両方三ヶ所に存在する。ここから近いのは、一階と二階を繋ぐ階段の近くのものだ。歩いて一分とかからないだろう。
扉を開けて部屋を出る。すでに十時を過ぎてるせいか、廊下には人の気配がない。
すぐに目的のトイレが見えてきたが、それよりも目を引く奴らがいた。
「師匠!」
夜にも関わらずやかましい声をあげる華恋。こいつは時間に左右されず元気な奴だな。
「華恋、少し落ち着きなさい」
一緒にいた紅葉が華恋を諌めにかかる。海で会った時に感じた違和感は鳴りを潜め、いつも通りの様子だ。
「止めないでください紅葉さん! こんな夜遅くに師匠に会えるなんて、これはもう運命ですよ! 師匠、今暇ですか!?」
「ひ、暇だが……」
「なら一緒にお風呂に――あ痛ァ! 何するんですか紅葉さん!?」
「それはこっちのセリフよ。華恋、今この変態に何て言おうとした?」
叩かれた頭を押さえながら抗議する華恋に、紅葉は冷たい視線を向ける。
「一緒にお風呂に入りませんか? って言おうとしただけですが、何か問題がありますか?」
「問題大ありよ! こんな欲望の塊と一緒ににお風呂なんて、いったい何をされるか……」
「ちょっと変なことをされるぐらい我慢しましょうよ! せっかくのJS以外にも興味を持たせるチャンスなんですから協力してください!」
「絶対に嫌!」
ギャーギャー醜い言い争いを繰り広げる二人。
今の話から察するに、どうやら二人は今から風呂に行くようだ。よくよく見てみると二人ともバスタオルを持っているので、間違いないだろう。
「師匠も男の子なんですから、私や紅葉さんの裸に興味――」
「ないな。JSになって出直せ」
「せめて最後まで言わせてくださいよ!」
やかましいJCとの会話は疲れるな。あと、そろそろ俺の膀胱も限界なのでトイレに、
「佳澄ちゃんも一緒ですから!」
「華恋!」
紅葉の顔色がサッと青ざめた。
そうかそうか、佳澄ちゃんも一緒なのか……。
「じゃあ、俺はもう部屋に戻るわ」
「待ちなさい」
背を向けた俺の肩を紅葉がガッシリ掴んでくる。
「ねえ透、覗きは犯罪だって知ってる?」
「もちろん知ってるぞ? 人として当たり前のことじゃないか」
そう。覗きは性根の腐ったクソ野郎がする最低最悪の行為だ。許されていいものじゃない。そんなことは百も承知だ。
「よし、覗きに行くぞ」
「常日頃我のことをバカと呼ぶが、真のバカは貴様ではないか?」
面白い顔色で寝ていたところを叩き起こしたバカが、同じくベッドに座る俺の話を聞いて開口一番にそんなことをほざきやがった。
「どうして俺がお前にバカ扱いされなくちゃいけない? 俺はただ自分の煩悩に従って発言してるだけだぞ?」
「我は未だかつてないほどの戦慄を覚えたぞ、好敵手よ」
ちょっと何言ってるのか分からないが、バカの言うことをいちいち相手してたらキリがないので無視する。
「そんなことより、お前暇だよな? 今から俺の覗きを手伝ってくれよ。流石に一人じゃ成功率は低くてな。お前みたいな肉か――仲間が欲しかったんだ」
「断る」
「どうしてだよ!?」
「我は犯罪行為に加担する趣味はない」
犯罪行為? こいつはいったい何を言ってるのだろう?
「なあバカ。『据え膳食わぬは男の恥』ってことわざ知ってるか?」
「知っているが……それは今関係ないのではないか?」
「いいやあるね。いいか? 『据え膳食わぬは男の恥』ってことわざは、女からの誘いを断るのは男の恥って意味がある。これを今の状況に置き換えるとだな、風呂に入ったJSに覗きを働かないのは男の恥ってことになるわけだ。分かるな?」
「言いたいことは分かったが意味が分からん」
やはり所詮はバカということか。俺がわざわざ分かりやすい説明をしてやったのに、まともに理解できないとは。
「とにかくだ。人手が欲しいから手伝え。俺にはお前みたいな肉か――仲間が必要なんだ!」
「さっきもだが貴様、我のことを肉壁と言いかけなかったか?」
「気のせいだろ」
「…………」
バカの訝しむような視線が突き刺さる。
多分このまま正攻法でいっても、このバカは説得できないだろう。仕方ない……奥の手を使うか。
「なあバカ。お前女湯には入ったことがあるか?」
「あるわけないだろう。我は男だぞ」
「つまり、お前にとって女湯は未知の場所――異世界ってことだな」
「む……」
異世界という単語にバカが反応を示す。やはり異世界という単語は、バカにとって聞き逃せないもののようだ。このまま畳みかければいける!
「今手の届く距離異世界があるんだぞ? お前はこの機会を逃していいのか!?」
「……ふ、そこまで言われては仕方ない。いいだろう、我も貴様と共に行こうではないか――異世界へ」
いい顔でカッコいいことを言ってるが、これからやるのは女湯に不法侵入。ただの覗きだ。
正直、ここまで単純だと安堵するよりも逆に心配になってくる。こいつ、将来怪しい商売に引っかかったりしないだろうな?
「まあいいか……」
このバカが詐欺に引っかかろうが怪しい宗教に入ろうがどうでもいいことだ。
それよりも今俺たちがすべきは女湯へ行くこと。
「行くぞ、好敵手よ!」
「ああ……!」
――そして二人の男が動き出した。女湯を目指して。
「――それで女湯を覗こうとしたのね?」
「そうだ、悪いか!」
「悪いも何も犯罪じゃない!」
紅葉が叫ぶ。
俺とバカは現在、『女』ののれんがかけられた入り口の前で縄で縛られていた。
目の前には、紅葉の他に担当、ヤーさん、香坂さんがいた。
「どうしてだ……どうして俺たちが女湯を覗きに来ることが分かったんだ!?」
「佳澄ちゃんがお風呂に入ることを知ったら、あんたがどう動くかなんて簡単に予想できるわよ」
「それで待ち伏せしてたのか。何て卑劣な奴らなんだ!」
「それ、覗きをしようとした人間の言っていいことじゃないから」
俺はそんな正論が聞きたいわけじゃない。
「マー君……お姉ちゃんは悲しいよ。マー君がそんなエッチな子だったなんて……」
「ま、待ってくれ! 我の話を聞いてくれ! 我はただ――」
「言い訳は聞きたくありません! マー君は今からたっぷりとお説教させてもらいます!」
言いながら、香坂さんはバカを引きずってどこかへ消えるのだった。そしてこの場に残ったのは、俺、ヤーさん、担当、紅葉だけだ。
「今気になったんだが、華恋はどうした?」
「あの子は佳澄ちゃんと一緒にお風呂よ。『師匠が来るのを生まれたままの姿で待ってます!』って息巻いてたわよ」
……あいつも中々だな。
ここにはいないJCに少しの戦慄を覚えた。
「それじゃあ透、覚悟はいい?」
「何の覚悟だ?」
「もちろん――私たちのお仕置きを受ける覚悟よ」
それはそれは凶悪な笑みを浮かべる紅葉。嫌な予感がして周囲を見ると、ヤーさんと担当も同じく物騒な笑みを顔に貼り付けていた。
「ウチの娘に覗きを働こうとはいい度胸じゃないか……覚悟はいいね?」
右の肩を勢い良くグルグルと回すヤーさん。
「ふふふ、今日の先生はどんな声で鳴くのか……楽しみですね」
鞭を片手に楽しげに呟く担当。
……願わくば、明日の朝日が拝めますように。
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