幼馴染の悩み
「あれ? 師匠、どこに行くんですか?」
食堂での夕食を終えた後のことだ。ラウンジを出ようとした俺を華恋が呼び止めた。
「どこって、外だよ。ちょっと用事があってな」
「今からですか? もう外は真っ暗ですよ?」
「真っ暗だからいいんだよ。JSの幽霊を探すには打ってつけだろ?」
「ごめんなさい。私、師匠ほど変態じゃないのでちょっと何言ってるか分かりません」
今謝罪しながらバカにされた気がするが……まあいい。
「ここの前の持ち主一家の幽霊になって出てくるのは知ってるな?」
「編集長さんが言ってましたね」
「そしてその中にはJSもいるらしい。JS愛好家として、この機を逃す手はない」
「でもこの後編集長さんがレクリエーションとして、肝試しをするって言ってませんでしたか?」
確かにこの後、レクリエーションとして肝試しをやることになっている。俺がヤーさんに嘆願した結果おかげだろう。しかし、
「JSの幽霊が俺を呼んでる気がするんだ。多分この感じは気のせいじゃないはずだ」
「十中八九気のせいだと思います。師匠、少しは現実を見た方がいいですよ?」
驚くほど辛辣な華恋の言葉が胸に刺さる。べ、別に傷付いてなんかないからな! ちょっと目からしょっぱいものが流れてるけど、全然関係ないから!
「と、とにかくそんなわけだ。俺は今からJSの幽霊を探してくる。お前も来るか?」
「私、幽霊とかはちょっと……」
「何だお前、幽霊が苦手なのか?」
「はい、怖いものは全般ダメでして……」
そうかそうか、このJC幽霊が苦手なのか……今度お化け屋敷にでも誘うとしよう。別に日頃の恨みを晴らそうとかじゃなくて、純粋な好意で。
「とりあえず行ってくるわ。もしJSの幽霊と会って写真も撮れたら、お前にも少し分けてやるよ」
「いえ結構です。あ、それと紅葉さんが見当たらないんですけど、何か知りませんか?」
「いや知らねえな。部屋にでも戻ったんじゃないか?」
そういえば食堂でも見かけなかったが、俺は特に気に止めなかったな。
「部屋はもう見ました。さっきから探してるんですけど、姿が見当たらないんです」
「ならトイレとかじゃないか? 別にお前が心配することじゃないだろ」
「だといいんですけど……」
未だに不安げな顔の華恋。しかし紅葉ももう子供じゃないんだ。少し見当たらないくらい、心配するようなことでもないだろ。
そんなことを考えながら、俺はラウンジを出た。
「JSの幽霊はどこだああああああああ!」
月明かりの差し込む森の中、俺は並び立つ木々を避けながら吠えた。
JSの幽霊を探し始めてかれこれ一時間経過した。しかし未だに目的の幽霊は見つからず。
途中『お腹空いたよお……』とか『何か頂戴……』なんて声も聞こえたりしたので声のした方に向かったが、結局JSの幽霊はいなかった。
まさかヤーさんの情報はガセだったのだろうか? もしそうならあのヤクザ、今後は月のない夜道はまともに歩けないと思え!
その後もしばらく森の中を散策したが、JSの幽霊は見つからず。いつの間にか昼に遊んだ浜辺に出てしまった。
波の音が響き、月明かりを映した海面が静かに揺れる。昼とは違う雰囲気の海に思わず見とれてしまう。
「ん……?」
海面を眺めながら浜辺を歩いていると、見知った顔が目に止まった。
「紅葉? お前、どうしてこんなところに……」
「それはこっちのセリフよ。あんたがどうしてこんなところにいるのよ?」
「俺はJSの幽霊を探すために森を散策してたら、この浜辺に出たんだ」
「あんたって本当にブレないわね」
なぜか頭痛でも堪えるように額に手を当てる紅葉。俺は何かおかしなことを言ったのだろうか?
「私は普通に海を見てただけ。こんなに綺麗なんだもの、見なくちゃ損でしょう?」
「確かにそうだが……」
相槌を打ちながらも俺は紅葉の言葉、いや表情に違和感を覚えていた。
どこがおかしいのかと訊かれると少し言葉にし辛いが、強いて言うなら
「紅葉、お前大丈夫か?」
「は……? いきなりどうしたのよ透。あんたが私の心配をするなんて、明日は雨でも降るの?」
「うるせえ。ちょっとお前の様子が普段と違ったから、気になっただけだよ」
「様子が変ね……ふふふ」
何がおかしいのか、クスクスと笑う紅葉。明らかにいつもと違った様子に、少し動揺してしまう。
「ねえ透」
「な、何だよ……」
「透はさ、高校を卒業した後の進路は決まってる?」
「進路? いきなりどうしたんだよ、お前」
唐突な脈絡のない話題。今の紅葉の様子と関係があるのだろうか?
考え込んでいると「いいから答えて」と急かされてしまった。
「俺は高校を卒業したら、執筆に専念するつもりだ」
「つまり進学はしないってこと?」
「そうなるな」
俺があっさり答えると、紅葉は顔色を曇らせた。
「それって怖くないの?」
「何がだよ?」
「自分の将来がよ。透だって、いつまでもラノベを書いていられるとは限らないじゃない。もし書けなくなった時のための保険として、大学くらい出た方がいいんじゃないの?」
「確かにお前の言うことは一理あるな」
紅葉の言ったことは、俺――いや、作家ならば一度は考えたことのあるものだった。
俺もかつては『俺はいつまで作家でいられるのか?』『俺には作家としてやっていくだけの力はあるのか?』などと将来への不安に駆られていた時期もあった。
「だがそれでも、俺はラノベ作家一筋で行くつもりだ。作家以上に俺に向いてる仕事はないと思うしな」
「思うしなって……それで将来苦労したらどうするのよ? 後悔するんじゃないの?」
「確かに将来、俺は作家としてやっていけず苦労するかもしれないな」
「それなら――」
「だが後悔だけは絶対にしない」
紅葉の言葉を遮り、ピシャリと言い切った。
正直、今でも時折将来への不安に苛まれることはある。しかし、それでも俺は作家をやめようと思ったことは一度もない。
なぜなら、書くこと好きだから。例え締め切りを担当に急かされたり心ない読者にネットでボロクソに批判されたとしても、それでもやめられない。
この想いは理屈じゃない。もっと根幹の部分にあるものだ。
「……たまに思うけど、あんたって本当に凄いわよね」
「そんなに褒めるなよ」
「褒めてないわよ。ただ常軌を逸したバカだと思っただけよ……羨ましいくらいにね」
「紅葉?」
やはり今日の紅葉はおかしい。しかしそんな俺の考えに気付いた様子もなく、海に背を向けて歩き出した。
「透、戻りましょう」
「あ、おい待てよ」
俺もすぐに紅葉の後を追う。
――この時、俺は紅葉の背中が普段よりも幾分か小さく感じたが、指摘することはなかった。
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