晩餐
紅葉とのお話(物理)を終えた後は俺、紅葉、華恋、佳澄ちゃんの四人で海を楽しんだ。途中から白マントに海パンというキテレツな格好をしたバカも加わったが、まあどうでもいい。
俺たちは日が暮れるまで遊び尽くした後、建物に戻った。
「ふう……遊んだわね」
「そうですね」
「楽しかったねえ」
ラウンジにある数個ある円卓テーブルのうちの一つ。それを囲うようにして置かれた三つの席に座る女三人衆が、海の余韻に浸っていた。
ちなみに俺は隣のテーブルの席にバカと一緒に座ってる。
本当は佳澄ちゃんと一緒に座りたかったが、紅葉と華恋に反対されてしまい断念した。
クソ! JSの隣は全て俺の指定席のはずなのに……それをあいつら! この借りは何倍にもして返してやる!
胸中で復讐を誓いつつ周囲を見回すと、ラウンジには他にも何人かいるのが確認できた。
現在俺たちがラウンジにいるのは、ヤーさんの指示によるものだ。
実は六時からラウンジを通じた扉の向こうにある食堂で夕食を摂る予定だったのだが、肝心の料理の方がまだ完成していないらしい。
そのため呼び出されこそしたが食堂に入ることができず、俺たちは料理の完成を待っているわけだ。
「お兄ちゃん暇だよお……何か面白いものない?」
かれこれ三十分近く待たされていたが、佳澄ちゃんはそろそろ限界のようだ。
「面白いものなあ……佳澄ちゃん、普段本は読むか?」
「読むよ。パパがよく会社の本をくれるんだ」
「へえ、その年でもうラノベを読めるのか。凄いね」
「えへへ、そうかなあ?」
JSって……いいな。ちょっと悟りを開きそうになる。
「よし、それじゃああそこの本棚の本でも読もうか」
実はこのラウンジの壁際にはあらゆるレーベルの本が並べられた本棚がある。ここの出入りをする際、軽く見た程度だが某大手レーベルからウチと同規模のレーベルのものまで揃えられていた。もしかしたら、全ラノベが揃っているかもしれない。
これは時間を潰すには最適だろう。現に暇を持て余した一部の奴らは、本棚から好きな本を抜いて読んでいる。
「うん、分かったよお兄ちゃん!」
俺と佳澄ちゃんは席を立つと、仲良く並んで本棚に向かう。
本当は手を繋ぎたかったが、恥ずかしいし断られると一生立ち直れなくなりそうなので諦めた。
本棚の前に立つ。レーベル毎に分けられた本の数は優に五百を越えている。
「うわあ……本がいっぱいだね! ねえねえ、お兄ちゃんの本はどれなの!?」
「お、俺の本? そうだな……」
……どうしよう。これは困ったことになったぞ。何が困ったかと言えば、俺の本を教えることについてだ。
本自体はこの棚にある。ウチのレーベルは弱小なので、端の方にちょこんと置いてあるが。
問題は俺の本の内容だ。俺の本は俺の内に秘めたJSへの愛をしたためたもの。悲しいが万人受けするものではないことは理解している。
そのため、もし正直に紹介すれば『読ませて』と言い出すに決まってる。そして実際に読めば軽蔑されるのは確定だ。
JSに嫌われるなんて死んでも嫌だ! つうかJSに嫌われたら死んでしまう!
考えろ、考えるんだ俺! どうすればこの状況を打開できるか! 世界中のJSよ、俺に知恵を分けてくれ!
一瞬にも満たないほどの短い時間。しかしそれだけで充分だった。俺はこの状況を打破するための策を思いついたのだから。
「佳澄ちゃん、俺の書いてる本は――これだよ」
身長の小さい佳澄ちゃんには届かない位置にある本なので、俺が取ってあげる。
佳澄ちゃんは本を受け取ると、瞳をキラキラ輝かせて俺を見る。
「あ、これ知ってる! 人気のラノベだよね! お兄ちゃん、本当にこれの作者なの?」
「ああ、そうだよ」
もちろん嘘である。俺の作品はJSとの愛を綴ったものであり、決して科学と魔術が交差する感じのアレではない。
ついでに言わせてもらえば、俺は一ヶ月に一本ペースで話を作れるような超人じゃない。もしそんな超人なら、そもそもここには来ていない。
「…………ッ」
正直に言って、JSに嘘を吐くことに罪悪感はある。だがこれは、俺がJSに嫌われないために取れる最良の手段だ。これ以上の良策は存在しない。
だから佳澄ちゃんの純粋な瞳に目が潰れそうになっても耐えなければならない。俺の嘘がバレないために。
「諸君、待たせたね」
俺が罪悪感で軽く死にたい気持ちになっていると、食堂に通じる扉が開かれ、中からヤーさんが出てきた。隣にはモヒカンという強い個性を携えた相川さんもいる。
「私の不手際によって皆様をお待たせすることになってしまい、誠に申し訳ございません」
相川さんが深々と頭を下げる。本人は至って真面目なのだろうが、下げた頭と共に揺れるモヒカンが色々と台無しにしている。
あの人はどうしてモヒカンなのだろうか? 後が怖いから訊かないが、どうしても気になってしまう。
「それでは皆様、どうぞお入りください」
相川さんの言葉を皮切りに、食堂の扉に人が殺到する。皆お腹が空いてたのだろう。全員が我先にと食堂に駆け込む。
俺はともかく、あの人混みはJSの佳澄ちゃんには耐えられるものではない。なので落ち着いてから入ることにした。
中に入ってまず目に止まったのはラウンジ以上の広さと豪華な部屋の作り。まるで高級ホテルのようだ。
部屋の中央には料理の乗った長テーブルが等間隔で並んでいる。どうやらビュッフェ形式らしく、料理の周辺にはたくさんの人が群がっていた。
「師匠、美味しそうな料理たくさん取ってきましたよ!」
先に入っていた華恋が料理の乗った皿片手にこちらに近づいてきた。皿の上の料理は、ローストビーフなどの普段はお目にかかれないようなものばかりだ。
「師匠の分も取ってきたので一緒に食べましょう。あ、もちろん佳澄ちゃんも」
「本当に? ありがとう華恋お姉ちゃん!」
諸手を挙げて喜びを露にする佳澄ちゃん。このJC、中々に気配りができるな。
「どうですか師匠? 私、中々気の利くJCですよ? 弟子にしたくありませんか?」
最近ご無沙汰だった弟子入り懇願。しかもこのタイミング、十中八九狙ってのものだろう。
こういうところがなければもう少しまともなのに……色々な意味で惜しい奴だ。
「ああ。こちらにいらっしゃいましたか、先生」
華恋の持ってきた料理を食べながら三人でウロウロしていると、片手にガラスのコップを持った担当が声をかけてきた。
「……何の用だよ」
「そう警戒しないでください。別に変なことはしませんから」
「黙れ。俺は金輪際、お前ら編集者の言うことは信用しないと決めたんだ」
この旅行で編集者がどれだけのクズ共かは身に染みた。編集者が信用できないというのは、妥当な判断だろう。
「何やら誤解が生じてるようですね。嘆かわしい限りです」
スタンガンで人を気絶させて拉致った奴が何か言ってるよ。
「まあその件は後日また別の機会に。実は今回は先生に渡したいものがあって来たんですよ」
「俺に渡したいもの?」
「はい、こちらです」
言いながら、持っていたガラスのコップを俺に手渡してきた。
「これは編集長から作家の方々への贈り物です。明日以降、執筆に取りかかる皆様のために編集長が用意した特製ドリンクです」
「特製……ドリンク?」
ヤーさんが用意したドリンクか……何だろう、嫌な予感しかしない。飲む前に安全かどうかをしっかり確認しよう。
握ったコップの中にあるドリンクを見てみる。色は紫という刺激的なものだが、エナジードリンクなんかだと珍しいものではない。
次に匂い。少し鼻をツンと突くような刺激があるが、基本は甘ったるい香りだ。もしかして、本当に普通のドリンクなのか?
「どうしたんですか、先生? 早く飲んでください」
担当が急かしてくる。……仕方ないので覚悟を決める。
まあ流石にヤーさんも死ぬようなものを飲ませたりは、
『きゃああああああああ! ひ、人が倒れてるわ!』
『何だって!? お、おいしっかりしろ! いったい何があったんだ!?』
『わ、私見てたわ! その人、紫色の飲み物を飲んだ直後に倒れてたわ! きっと飲み物に毒か何かが混入してたのよ!』
ちょっと聞き逃してはいけないことが、色々と聞こえてくる。どうやら紫色の飲み物を口にした人が倒れたらしい。
物騒だな。俺も紫色の飲み物には気を付けないと。
「おっと手が――」
「――滑らないように私がしっかりと支えてます」
手から離れそうになったコップを担当が俺の手ごとガッチリ掴んで支えてくれる。
「気を付けてください、先生。そのドリンクは一人につき一杯ずつしかありませんから」
「……はい」
どうしよう……ドリンクを持つ手が生まれたての小鹿のように震えてる。
な、何かないのか!? この絶望的な状況を打破することができる策は!
周囲にいるのは担当、佳澄ちゃん、華恋の三人。担当と佳澄ちゃんにドリンクを押し付けるのは無理だ。担当には物理的に、佳澄ちゃんには精神的な意味でできない。
華恋は言えば飲んでくれそうだが、流石に罪悪感が湧いてしまう。
「好敵手よ、楽しんでいるか?」
何かいい案はないかと思案していると、都合のいいことにバカがこちらに向かってきた。
せっかくだ。こいつには尊い犠牲となってもらおう。
「なあバカ、お前にいいものをやるよ」
「貴様が我にいいもの? ……何を企んでる?」
「はっはっは、何のことだ?」
「何よりこの飲み物、我の直感だが危険なものではないか?」
俺が差し出したドリンクに警戒を露にするバカ。
バカのくせに中々鋭いな。仕方ない、適当なことを言って調子に乗った勢いで飲ませるか。
「……実はな、このドリンク普通のドリンクじゃないんだよ」
「貴様、我にそんな怪しげなものを――」
「異世界のポーションなんだよ」
「頂こう」
今ほどこいつがバカで良かったと思う日は、多分未来永劫来ることはないだろう。
バカは俺から受け取ったドリンクを某栄養ドリンクのCMの如し勢いで呷る。
「ウボア……ッ!」
そして奇声をあげてぶっ倒れるのだった。
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