監獄島到着
大体五、六時間ほどで船旅は終わりを告げた。
甲板にいた時よりも少し強めの目も眩む日差しが全身を襲う。
「ここが監獄島か……」
船から降りた俺の目にまず飛び込んできたのは、四、五メートルほどの木々が不規則に並んだ森だ。
監獄島という名前からもっと無骨な建物なんかがそびえ立ってると思ったが、どうやら予想は外れたらしい。
「ここが監獄島……ふ、我の中の作家としての魂が震えるぞ!」
バカが隣でハシャぐ。一応ヤーさんの説明は聞いてたらしいが、なぜここまでテンションご高いのだろう。バカだからか?
ざっと周囲を見回すと黒スーツとそれ以外の服装の人が半々といった感じだ。恐らく黒スーツは編集者でそれ以外が作家だろう。
その証拠に、作家と
編集者と合わせて人数は三十人といったところか。結構な人数がいるな。つまり十五人ほどは締め切りを守らない作家ということか……このレーベル大丈夫か?
「諸君、こちらに注目してくれ!」
ヤーさんの野太い声が響き、全員声のした方を見る。するとそこには、拡声器を持ったヤーさんがいた。
『すでに君たちには伝えたと思うが、この旅行は君たち作家が原稿の締め切りを守らなかったために起こったものだ。私としても本意ではなかったことを理解してほしい』
そこまで言ってヤーさんは話を一旦止める。すると、
「死ねえ!」
「くたばれ!」
「ふざけんな!」
「このヤクザ!」
作家陣の罵詈雑言がヤーさんに向けて飛ぶ。これだけで、作家が今回の旅行に対してどれだけの不満を持ってるかがよく分かる。
「…………」
涙目のヤーさん。このヤクザは顔面と心の釣り合いが取れてないような気がする。
尚もボロクソに言われるヤーさん。しかし、そんなヤーさんを庇う者がいた。編集者たちだ。
「ふざけるなクズ共! てめえらが原稿をあげないせいでこっちも迷惑被ってんだよ!」
「そうだ! お前らのせいでこっちは夏休み返上でこんなとこまで付き合わされてんだよ!」
「こっちは夏だってのに家族サービスもできてないんだぞ! 挙げ句の果てには娘に『どうしてお父さんは私を置いて出張に行くの? 私のこと嫌いになったの?』なんて言われちまったよ! ウチの家庭は崩壊寸前だよ!」
醜い内輪揉めが勃発したぞ。ウチのレーベル、闇が深すぎるだろ。
互いに不満をぶつけ合う両陣営。このままでは殴り合いにまで発展するのでは、と思われたその時、
『静かにしたまえ!』
キーンと拡声器からの甲高い音と共にヤーさんが一喝する。ただそれだけで、この場は静寂に包まれた。
まああんな凶悪な面の人間がドスの利いた声を発したのだ。これで黙らない方がおかしい。例え先程の罵倒のせいで未だに目尻に涙を溜めてるとしても。
『……これからの予定だが、森の中に我々が寝泊まりするための施設がある。まずはそこまで私が案内するので、全員付いてきてくれ』
その後、数分準備をしてからヤーさん先導の元、森の中に入った。先頭は当然ながらヤーさん。その後ろを俺、華恋、紅葉、バカと続き、あとは知らない奴が列を作っていた。
「森にしては随分と道が整備されてないか?」
歩き始めて数分で気付いたが、森というには妙に歩きやすい。
「よく気付いたね。元々はどこぞの金持ちの別荘だったらしい。私がこの島を買ったのは、元の持ち主が死んでここがフリーになったからというのもある」
「へえ、元の持ち主が……ちなみに死因は寿命、事故、病気のどれかだよな?」
俺の直感が警鐘を鳴らしている。嫌な予感しかしない。
「残念ながら違う。ここに一家で遊びに来てたらしいが、来る時に使ってた船が整備不良で動かなくなってしまったらしくてね。最終的に誰も助けが来ることはなく、一家揃って餓死したらしい」
「ちょっと待て。ここってそんなに物騒な島なのか?」
「何が物騒なんだ? 別に猛獣や毒を持つヘビが出るわけでもない。……幽霊はたまに出るが」
ある意味猛獣なんかよりも恐ろしいじゃないか。
「俺は泳いででもこの島を出るぞ! こんな恐ろしい島にいれるか!」
推理もので真っ先に死にそうなことを言いつつ、踵を返そうとする俺にヤーさんが声をかける。
「ちなみにその幽霊の中には、死んだ一家の一人娘もいるらしい。確か年は……十歳とかそこらだったかな?」
「ヤーさん、夜にレクリエーションとして肝試しをしないか?」
「私は君のそういう欲望に忠実なところは気に入ってるよ」
流石はヤーさん。俺のツボをよく心得ている。JSの幽霊なんて一生に一度拝めるか分からない希少な存在じゃないか!
ここはしっかりとカメラに収めておきたいところだ。そもそも幽霊はカメラに映るのか謎だが。
そこから更に歩くこと数分。目的の施設と思われる建物が見えてきた。
「凄いです……」
建物を前にして最初に感想を口にしたのは華恋だった。他の奴らは俺も含めて押し黙っている。唯一の例外は、ここのことを知ってたヤーさんのみ。
建物は真っ白な二階建て。高級ホテルのようなきらびやかさこそないが、広さだけなら負けてない。こんな孤島には不釣り合いな規模だ。
「今からここの管理人を呼んでくる。それまでは待機しててくれ」
呆然としている俺たちを尻目に、ヤーさんは建物の中に入っていく。
しばらくすると、一人の男性を伴って戻ってきた。
「初めまして。ここの管理を任されている
恭しく頭を下げる相川さん。
年は六十代といったところか。鼻下の髭と年相応に刻まれたシワ。着ているのは黒の燕尾服。異世界ファンタジーなんかに出てくる老執事というのは、きっとこういう人のことを言うんだろうな。
「なあヤーさん……」
物腰の柔らかい優しい人ということがよく感じられる。しかし一点だけどうしても無視できないことがある。それは、
「あの人、どうしてモヒカンなんだ?」
「……知らん」
「いやあんたがそれ言っちゃダメだろ」
あんな頭がヒャッハーしてる奴、いったいどこから雇ってきたんだ?
一応本人には聞こえないように気を遣いながら会話を続ける。
「何であんなの雇ったんだよ? 明らかにキチガイだろ」
「失礼なことを言うんじゃない。彼はこんな孤島の管理をわざわざ住み込みでやってくれる稀有な人材なんだぞ」
「いや稀有な人材というかただの危ない人だろ。モヒカンと燕尾服でコーディネートしてる時点でヤバいすぎるわ」
世紀末でもあんな格好してる奴はいないぞ。
「安心してくれ。基本的に無害だ。ただしモヒカンのことには絶対に触れないでくれ。あんまり刺激すると何をしでかすか分からないからね」
「いや怖えよ! 何でそんな爆弾抱えた奴と数日間過ごさなくちゃいけないんだよ!」
ヤーさんには辞書『安心』の二文字を調べてほしい。多分使い方を間違って覚えてるから赤線も引いてくれ。
「お二人共、どうかしましたか?」
コソコソしてる俺たちを妙に思ったのか、相川さんが話しかけてきた。
「な、何でもありません! なあ菱川君?」
「ああそうだなヤーさん!」
おかしなことを言って刺激してはマズいので誤魔化す。
「そうですか、それは良かった。ところで矢沢さん、そろそろ他の方も建物の方へ案内したいのですが、よろしいですか?」
「はいお願いします」
そして未だに相川さんの衝撃が抜け切ってない奴らも含めて全員、相川さんの先導で建物の中に入っていくのだった。
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