野生のバカが現れた!
とりあえず事情を説明した後、華恋と一緒に徒歩でゴロゴロ文庫編集部のあるビル――GL社を目指す。
途中、特に何の問題もなく目的地のGL社ビルに到着し、受付で手続きを済ませる。なぜか受付の人が華恋と俺を交互に見た後、電話の受話器に手を置きながら手続きを進めていたが、まあ些細なことだ。気にしないでいこう。
ヤーさんに指定された場所は応接室。ビルの四階にある。四階まで行くための移動手段は、階段かエレベーターの二択。
「師匠、階段とエレベーター、どっちにしますか?」
「そうだな……」
正直、引きこもりの俺にとって階段で四階まで上がるのは拷問に等しい。多少待つことになるが、エレベーターの方がいいな。
「よし、エレベーターで行くか」
「分かりました、師匠」
俺はエレベーターのある方へ足を向け、華恋がそれに追従する。
エレベーターの場所は、そう遠くない。エレベーターのドアが見えてきた、その時、
「ふっふっふ……久しいな、我が
俺たちの行く手に純白のスーツを着た男――バカが立ち塞がった。
「華恋、やっぱり階段にしよう。何か階段が俺を呼んでる気がするんだ」
「え……でも師匠、さっきは――」
「ほら、さっさと行くぞ」
エレベーターと階段の方向は正反対なので、俺は踵を返す。華恋も慌てて俺に付いて来る。
「待て、我が好敵手よ。なぜ逃げる? 貴様はそのような軟弱な男ではないはずだ」
しかし、バカは回り込んで再び俺の前に現れた。
「悪い、華恋。俺階段アレルギーなの忘れてたわ」
「師匠、嘘を吐くにしてももう少しまともな嘘はなかったんですか?」
華恋の辛辣な言葉が耳に痛い。最近、華恋の俺に対する当たりが強くなってきてるのは気のせいだろうか。
「我は久しく貴様に会えてこんなにも昂ってるというのに、随分と冷たいではないか」
バカの方は、なぜかドヤ顔を浮かべながらキモいことを言ってくる。
男に会って昂るとか、こいつはホモなのか? 色々な意味で、早くこいつから離れた方がいいな。
「華恋、さっさとエレベーターに向かおう」
「あの、師匠? あの人、もしかしなくても師匠の知り合いなんじゃ……」
「違う。あいつは頭にバカという名の不治の病を患った、とても可哀想な男だ。決して俺の知り合いじゃない」
「師匠、そこまで話して知り合いじゃないと言い張るのは、難しくないですか?」
しまった。関わりたくないあまり、ペラペラと余計なことを喋ってしまった。……もうこれ以上は誤魔化せないか。
「確かにお前の言う通り、あのバカは俺の知り合いだ。その上で警告する。華恋、あいつを見るな。バカが
「バカが伝染るなんて初耳なんですけど!?」
「何だ知らないのか? なら覚えとけ。バカは伝染る。特にそこのバカの感染力は凄いぞ」
まだ会って数分なのに、すでに頭が痛くなってきているのがいい証拠だ。相変わらず恐ろしい感染力のバカだ。
「我をバカ呼ばわりするとは無礼な。いったい我のどこがバカだというのだ?」
「お前の言動と格好だよ、このバカが」
中二丸出しの痛々しい言動。白スーツという常人ならば決して着ることのないイカレた服装。更には、スーツの色に合わせて白のマントまで着用している。
これをバカと言わずして何と言う。
「ふん。この高貴なる我のことを凡人に理解せよとは言わないが……好敵手たる貴様にまで理解されないとはな。我は少し悲しいぞ」
「安心しろ。世界中どこを見渡しても、お前のキテレツなセンスを理解してくれる奴はいねえよ」
「バカな!」
「バカはお前だ」
驚愕の表情を浮かべるバカ。相変わらず、致命的なまでの頭の悪さだ。
「あと前から思ってたけどよ、そのマントどこで売ってるんだ?」
「アメ横だ。アメ横はいいぞ。何でも置いてある」
こんな永遠の中二野郎のファッションセンスに沿うものがあるとは……アメ横には無限の可能性が秘められているのかもしれない。
「あの師匠、そちらの方は師匠とはどういう関係なんですか?」
バカと話していると、後ろから華恋がおずおずとした様子で声をかけてきた。
「ああ、こいつは――」
「我に興味を持つとは中々の着眼点じゃないか、少女よ!」
俺の言葉に重なる形で、バカが華恋の問いに反応した。
「我が真名はバルカス=カタストロフ。そこのJS太郎とは宿命の
「しゅ、宿命の縁……!」
録音して十年後に聞かせたくなるレベルの痛々しい発言をするバカと、それを真面目に聞いてる華恋。真に頭が悪いのはどちらだろう。
「華恋、そいつの言ってることは八割が戯れ言。残る二割がゴミだ。真剣に聞く必要はないぞ」
「貴様、我にケンカを売ってるのか?」
「何だ? 図星を突かれて逆ギレか?」
「あ……?」
「あァ……?」
メンチを切り合う俺とバカ。
「師匠もバル……何とかさんも落ち着いてください!」
華恋が割って入ったことで、俺とバカの距離が離れる。
「もう、二人共何をしてるんですか? ここは公共の場ですよ。少しは自重してください!」
「「ご、ごめんなさい……」」
いい年してJCに叱られる男二人。……色々な意味で情けない。
「ところで少女よ、さっき我の真名を適当に言わなかったか?」
「き、気のせいじゃないですか?」
「少女よ、気のせいならば我の目を見て話してくれぬか?」
「……ごめんなさい」
その謝罪は、名前を適当に言ったことと目を見て話さなかったこと、果たしてどちらに対してのものだろう。
まあ、俺としてはどうでもいいことだが。そもそも、痛々しい中二ネームにしてる奴が悪いわけだしな。
「ところで、お前はどうしてこんな所にいるんだ?」
「担当との打ち合わせの帰りだ。二ヶ月後に発売する、我の新刊の……な」
「へえ……ちなみに、原稿はどこまで進んでるんだ?」
「ふ……このスーツと同じと言えば分かるか?」
つまり真っ白ということか。
「お前、ある意味凄いな」
「そんなに誉めるな。我も照れてしまう」
「安心しろ。まったく誉めてないから」
俺よりヤバいくせに、何でこいつはこんなに誇らしげな顔をしてるんだ?
「師匠、この人は師匠と同じ作家なんですか?」
「ああ、そうだ。イカレた格好をしてるが、これでも俺と同期の作家だ」
ペンネームはさっき華恋に名乗ってたバル……何とかをそのまま使ってる。厳しいラノベ業界で、未だに執筆を続けている数少ない同期だ。
初めて会ったのは、受賞記念パーティーの時。参加者の大半が俺よりずっと年上の人間だった中、唯一同年代だったのがバカだ。
初対面なのになぜか俺のことをライバル視してきて「貴様と我は終生のライバルだ!」などとアホなことをほざいてたのは、懐かしい思い出だ。
当時から色々と残念な奴ではあったが、年々痛々しさに磨きがかかってるように感じるのは気のせいではないはずだ。
「バル何とかさんは、何て言う作品を書いてるんですか?」
「ほう……我の作品に興味を持つか、少女よ。ならば特別に教えてやろう。我の作品は――これだ」
次の瞬間、バカは懐から一冊の本を取り出した。
『異世界に転生した我は、頂を目指す』
ジャンルはタイトルからも想像できる通り、昨今流行りの異世界転生もの。内容に関しても、タイトルを裏切らないものになっている。
本人が聞けば調子に乗るので絶対に言わないが、かなり面白い。特に異世界の設定に関する造詣は深く、ジャンルは違うが読んでて勉強になる。
「これをやるから読んでみるといい。面白さは保証してやろう」
バカは取り出した本をそのまま華恋に渡した。
「あ、ありがとうございます!」
華恋もまさかもらえるとは思ってなかったのだろう。目を丸くしながら受け取っている。
「家に帰ったら大事に読ませてもらいます」
「そう言ってくれたら、我も渡した甲斐があったというものだ。……そういえば、名前を訊いてなかったな。少女よ、我に貴様の真名を教えてはくれぬか?」
「菊水華恋と言います。こちらのJS太郎先生の弟子です」
「弟子の部分は戯言だから聞き流していいぞ」
「酷いです、師匠……」
一応誤解を受けないために訂正しておくが、バカは目を見開き固まっていた。
「バカな。貴様に弟子……だと?」
「だから、こいつが勝手に言ってるだけだ」
再度告げるが、ちゃんと聞いてるかは怪しいところだ、などと考えていると、バカが怒声をあげる。
「ズ、ズルいぞ貴様!」
「はあ……? 何がズルいんだよ?」
「貴様だけ……貴様だけ催眠術を使えるなんてズルいぞ!」
…………。
「いったい、いつから使えるように――む、何だ? いきなり拳を振り上げてどうし――げぶら!?」
「…………」
バカの愉快な声を聞くと、少しだけスカッとする。
「き、貴様、いきなり殴りかかってくるとはどういう了見――ぶびら!?」
「うるせえ! 黙って殴られてろ!」
俺の怒りを込めた渾身の一撃が、バカの頬を打ち抜く。
そんな俺を見かねたのか、華恋が俺の腰に抱き付いて止めにかかる。
「落ち着いてください、師匠!」
「止めるな華恋! 俺はただ、こいつの顔面を
「それバル何とかさんが死んじゃいますよ!?」
「知ったことか!」
もう限界なんだよ! どいつもこいつも華恋を見るなり、催眠術を使ったのかと疑いやがって!
とりあえず、溜まりに溜まった鬱憤をこのバカで晴らしてやる!
「くたばれええええええええ!」
その後騒ぎを聞き付けた警備員の人が来るまで、俺はバカをシバき続けた。
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