呼び出し
担当の容赦ない鞭打ちを生き延びてから、一週間の時が流れた。
本日も華恋は俺のラノベを読んで勉強中。俺は真っ白なノートパソコンの画面を前に、頭を抱えていた。
担当が鞭打ちをしようと、俺の原稿は埋まらないのだ。
「どうしたものか……」
次に担当が来るのは三週間後。それまでに原稿を完成させなかれば、待っているのは死だ。……もしもの時のために、逃げる準備をしておこう。パスポートも必要かもしれない。
「ん……?」
逃げる算段を考えていると、テーブルに置いてたスマホから着信音が聞こえてきた。
自慢ではないが俺は友達が少ない。多分片手で足りるレベルだ。
そのため、俺のスマホに着信が来ることは滅多にない。俺の連絡先を知ってる人間は、両親、紅葉、担当、あと教えてもないのになぜか知っている華恋だけ。
このタイミングでスマホに着信……嫌な予感がする。しかし無視するわけにもいかないので、渋々とスマホを手に取り電話に出ることにした。
「……もしもし」
『私だ』
「いや誰だよ」
電話越しに届いた野太い男の声に思わずツッコミを入れてしまう。
『失礼。
「ヤーさん?」
声の主は矢沢
『何度も言ったが、私はヤーさんなどという名前ではない。編集長と呼びたまえ』
「分かったよ、ヤーさん。今後は気を付けるよ、ヤーさん」
『……もういい』
なぜか疲れ切った声音のヤーさん。編集長としての激務のせいで疲れてるのだろうか。頑張るのは結構だが、少しは身体を労ってほしいものだ。
「つうか、何で俺のスマホの番号を知ってるんだ? ヤーさんには教えてなかったよな?」
『如月君に訊いた。君に用があってね』
「俺に用?」
普段は大して接点のないヤーさんが、わざわざ担当に連絡先を訊いてまで俺に直接連絡してくるとは……いったいどんな用件だ?
『最近君がJCを飼ってると聞いてね』
「ちょっと待て。それ誰に聞いた?」
ことと次第によっては、犯人を八つ裂きにしなくてはならない。
『それでどうなんだ? 君はJCを飼ってるのか?』
こっちの質問はガン無視して問いを重ねるヤーさん。
そもそも
「別にJCなんて飼ってない。俺が愛してるのはJSだけだ。浮気なんてしない」
『そうか……なら最近、君の家に通いJCが出入りしてないか?』
何だ、その通い妻みたいな斬新な単語は。
「ヤーさん、もしかしなくても疲れてるだろ? そうなんだろ? じゃなきゃ、通いJCなんて頭の悪い単語、出てこないもんな?」
編集者の仕事がヤーさんをバカに変えてしまったのだろうか。もしそうなら、涙が止まらない。
『……すまない、最近仕事が忙しくてな。特に締め切りを守らない作家のせいで、関係各所に謝罪に行くのが大変でね』
「へえ、それは大変だな。そういう奴には一回ガツンと言った方がいいぞ」
『……そうだな、確かに一回ガツンと言った方がいいかもしれない。流石にそろそろ、丸刈り要員もいなくなってしまってきたからね』
「ちょっと待て。丸刈り要員って何だ? お前たち編集者は、謝罪の際に何をしてるんだ?」
『気にするな、彼らはただの人柱だ』
……今の短い会話で編集者の闇を垣間見た気がする。人柱なんて単語、リアルで聞いたのは初めてだぞ。
『君の言った通り、締め切りを守らない作家には何かしらの対策を立てるとしよう。君も覚悟しておいてくれ』
「俺も?」
はて、なぜ俺が覚悟しなくちゃいけないんだ?
『……話を戻すとしよう。最近君の周辺にJCが出没しなかったか?』
「JCが出没……」
「そんなに私の方をじっと見てどうしたんですか、師匠?」
俺の視線を受けて、華恋が小首を傾げた。
「一応、最近ウチに押しかけてきた奴がJCだが……」
『そうか……そのJCは今、すぐ近くにいるか?』
「ああ、いるぞ。ソファーで横になってラノベを読んでる」
先程視線を向けたためか、今はラノベを読みながらもチラチラとこっちを見ているが。
『なら丁度いい。今すぐそのJCと一緒に編集部の応接室まで来てくれ』
「今から? こっちにだって都合ってものがあるんだが……」
『どうせ大した用事じゃないだろう?』
「…………」
図星なのが余計に腹立たしい。
『とにかく、できるだけ早く来てくれ。もし来なかったら、如月君に迎えに来させるぞ?』
「分かった。例えこの身が滅びようと、絶対にそっちに行く。行くから……担当を寄越すのだけはやめてください!」
『わ、分かった。ちゃんと来てくれるなら、こちらも如月君を寄越しはしない。では、応接室で待ってる』
その言葉を最後に、通話は終了した。
さて、それじゃあ早速華恋を連れて家を出るとするか。早くしないと、ドS担当が鞭を片手に嬉々としてウチに突入してしまう。
「おい華恋」
「何ですか、師匠?」
「今から外に出るから、ちょっと付き合え」
「え……!?」
なぜか顔をトマトのように真っ赤にする。俺、何か変なことを言ったか?
「し、師匠、それはもしかしてデートのお誘いですか?」
「ちゃうわ!」
華恋のあまりにも検討違いな答えに、思わず関西弁でツッコミを入れてしまった。
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