稼働初日
動体検知。
音声データを取得。
言語解析。完了。対応ライブラリを読み込み。読み込み待ち。完了。
変換。完了。
可動部の損傷範囲を確認。なし。
カメラ調整。
起床フェイズに入ります。
対象とのコンタクトを開始。
「ほう」
「ナルエタ。ナルエタが私の識別名称ですか」
「識別名称――というよりは名前か。お前が、お前であるために必要なものだ」
「わかりました。ところでマスターのお名前は何と言いますでしょうか」
「私か? 私はホーエンハイムだ」
「かしこまりました」
「……かしこまる必要などない。私は、それほどの人間ではない」
「この村も随分大きくなりました」
「お前のおかげだ。お前が抑止力のおかげで、面倒な連中に手を出されずに済んだ」
「マスターは、この村をどうされるおつもりですか……?」
「どう、か……。さぁ、実の所、私は他人に興味が無い、のかもしれない」
「では、なぜ、こんな村を?」
「恨んでいるからだ。理不尽な死そのものを。この村は、私なりのソレへの反逆なのだろうな」
「――お前からすれば、人間などどうしようもなく、愚かな生き物に見えるのだろうな」
「中央より、戦線への招集があったと聞きました。……行かれるのですか?」
「あぁ。中央からのお達しだ。無視するわけにもいくまい」
「ワタクシが行きます」
「ならん。お前はいずれトワリスの守護者となる。私の理想を、ずっと守ってくれる、守護者に」
「――わかりました」
データが破損しています。
「ホーエンハイムの甥の――」
「あぁ。遠路はるばる、ありがとうございます」
「いえ、彼の思いを継ぐためと思えば、こんなもの――」
データが破損しています。
データが破損しています。
データが破損しています。
データが破損しています。
「ねぇ」
「なんでしょう」
「もし、さ。オレの病気が治ったとして」
「はい」
「そうしたら、オレ、ナルエタと旅行に行きたい」
「旅行ですか。どこか行きたいところはありますか?」
「海――は、見飽きたから、山とかがいいな」
「かしこまりました。治療後の運動としては、ややハードですが、サポートいたします」
「ありがとう」
「いつか……。いつか必ず行きましょう――リブライラ」
◆◆◆
懐かしい記憶を瞼の裏に写しつつ、ナルエタの意識は浮上した。
見慣れた天井が視界に飛び込む。
そこは記録城の自分の整備室だった。
窓から差し込む月明かりと、どうしようもない静けさが、今が深夜だと知らせてくれる。
本来ならば起動しない、時間帯だ。だというのに目を覚ましたのは、珍しくも夢などを見たからだろうか。
何をするでもないのだが、せっかくなので夜の庭園でも見に行こうか。
そんな気まぐれで、整備用のベッドから起き上がって、部屋を出た。
「ナルエタ様!」
廊下に出るなり、慌てた様子の衛兵に呼び止められる。
「どうしました?」
「ご両親の墓に行かれたリブライラ様が、何者かに襲われたとの情報が入りました……!」
一瞬、処理が止まる。
「リブライラ様は……! ご無事なのですか……⁉」
「それが、何者かによって連れ去れたのか、現場にはお姿がなく……」
――まずい。
そんなものは無いが、血の気が引く思いがした。
眼球に装着されたレーダーを起動する。
捉えた。都市から少し離れた位置にある小島で反応を拾う。
――知っている場所だ。あの小島だ。
「見つけました」
「……え?」
「まずはワタクシが向かいます。移動途中でロックウッド様に情報を送りますので、皆様は彼の指示に従ってください」
それだけ言い残してナルエタは歩き出す。
ただの賊の仕業ではないことは確かだ。
おそらく敵は、リブライラの価値を知っているものだ。
◆◆◆
明けて翌日の昼。
二人はざっざと砂を踏みしめて、木々が生い茂る森の中へと歩いていく。
先頭を歩くイヴの顔には、薄い笑みが張り付いていた。
「まさか、そのままぐーすか寝ちゃうなんてね」
「し、仕方ないだろ、疲れたんだし……!」
昨晩。イヴと二人、食後に話をしていたのだが、疲れがたまっていたのか、どうやら途中で眠ってしまったらしい。
曰く、そのままお姫様抱っこでテントまで運んだのだとか。
「ま、アンタも年相応の子供ってことよ。背伸びしてもしゃーないわよ」
などと、犯罪者がのたまう。
リブライラは適当に文句を垂れつつ、イヴの後ろに続いた。
しばらくは森の中だった。
といっても、道が無いわけでもなかった。かつて、誰かが踏み鳴らしたのか、それとなく道のようなものがあり、イヴとリブライラはその上を歩いて進んでいた。
その足取りに迷いはなく、明確な目的地が決まっているかのようだった。
「っていうか、この島は何なんだ」
「この島は、かつて賢者の石を研究していた施設があった所。何もかも記録するトワリスが、その名前すら忘却の海に沈めた、忘れ物」
こちらも向かずに、こともなげにイヴが返す。
「――そんな記録がどこに」
「無いわよ。だから、改めて確かめに来たのよ」
「――改めて?」
リブライラの疑問の声を無視して、イヴがそのまま先に進む。
唐突に森を抜け、開けた場所に飛び出た。
そこは何かの跡地だったのか、ただの広い平野らしき場所だった。
「本当に何もない島なんだな」
辺りを見わたす。てっきり使われていない建物などがあるかと思っていたのだが、どうやらそのアテは外れたらしい。
「そうでもないわよ」
すー、っと金属のすれる音を聞いた。イヴが刀を抜いていたのだ。
続いて、ざ、ざ、という複数の足音。振り返れば、そこには墓場で見たあの化け物たちがいた。
「追ってきたのか……?」
「勘弁してよ。せめてイケメンならまだしも、どこが顔かもわかりづらい化け物に追われても嬉しかないわよ」
イヴがリブライラの前に立ち、刀を構えた。
「#$」#)“”=!!!!!」
化け物の一匹が吠える。跳躍し、その腕をイヴに向かって振り下ろす。
イヴがそれを刀で切り伏せる。
ただ、すさまじい力だったせいか、勢いまでは殺せず、イヴの足元の地面も陥没する。
――というか。
ピシピシという不安な音が周囲から響き始める。足元を見れば、地面に幾つもの亀裂が入り始めている。
「ちょっ――!」
落ちるという言葉を発するより先に、地面は割れ、イヴとリブライラは暗闇に投げ出された。
「リブライラ!」
落下する暗闇の中で、イヴに名前を呼ばれる。
腕を掴まれ、そのままぐいと引っ張られて、腰を抱かれる。
「じっとして」
そう叫ぶとイヴはもう片方の腕を上げる。その手には銃のようなものが握られていた。イヴが引き金を引くと、その銃口からは、鉛玉ではなくワイヤーが発射された。
そしてそれが遠くの何かに絡まったか、刺さったのか、イヴとリブライラの落下が緩やかなものになり――やがて止まった。
底がどれほど先にあるのかもわからない、暗闇の中で、イヴとリブライラは宙ぶらりんになったのである。
「――もしかして、墓場もこれ?」
「かっこいいでしょ。――ま、かっこいいだけで、腕も肩もシンドイから二度としたくないって、思ってるんだけど」
「まさか、下が空洞になっていたなんて……」
「何も無いってわけじゃなさそうね。とりあえず、ゆっくり降りるわよ」
スルスルとワイヤーを少しずつ伸ばしながら、ゆっくりと降りること数分。
どうにか地面らしきところに足が付き、二人はようやくお互いの体を離した。
「さて、光あれ、と」
イヴが懐からペンライトを取り出して、それをつけた。
光に照らされて映し出されたのは、妙な空間だった。鍾乳洞のように、四方を岩肌が覆ってはいるが、視界の端々に映るのは見たこともない、謎の機材だった。
天然の洞窟を、秘密基地か何かに改造したかのようだ。
「秘密、基地……?」
「そんな楽しいもんじゃなさそうね」
イヴがぴしゃりと言い放つ。
明かりが何かを照らす。
一瞬しか映らなかったが――それは、人の形をしたナニカだった。
「おっと」
イヴが慌てて、光をそらした。
それが暗闇に溶けて、見えなくなる。
「――見ない方が良いわよ。あんまり、趣味の良いもんじゃないから。夢に見るわよ」
イヴの助言に従って、リブライラは視線をイヴに向けた。
「ともかく、ここは『当たり』みたいね」
明かりが次に照らしたのは鉄の扉だった。
◆◆◆
イヴが特にも警戒せずに、ドアノブを掴んで回した。
鍵がかかっているわけではなく、ドアノブがそのままかちゃりと回り、錆びてしまった鉄の扉が、悲しげな音を立てて開かれた。
ずかずかと入るイヴの後ろに、リブライラは続いた。
部屋の中は薄暗くはあったが、しかし先ほどまでの洞窟とは異なり、わずかな明かりがあった。床、天井、壁が鉄でできた冷たい部屋だった。
研究室なのだろうか。いくつもの並んだ巨大な水槽が、青白い光に照らされていた。
床には用途不明のチューブがはい回っていて、何かが稼働するゴンゴンという音が耳に届く。
「研究、施設、か……? 設備は生きてるみたいだけど……」
部屋の中の水槽を見て回りながら、リブライラはそう言った。
過去、誰かが研究に使用していて、現在は廃棄された施設、ということだろうか。
「そうね。けど、設備が生きてるってことは、最近まで稼働していたか――、落ちてたのを誰かがつけたのか」
イヴの声を聴きながら、リブライラはふらふらと部屋の中を歩く。
並べられた水槽を見やる。白い空気の玉が水面に浮上しているところを見ると、どうやら空気が送られているらしい。水槽の大きさはさまざまで、金魚鉢のようなものから、何匹も魚を飼う時のもののような大きさのものまであった。
部屋の奥、壁近くには円筒形の水槽があり、人がすっぽり一人は入りそうな大きさのものもあった。
何気なく、そっと手を触れてみる。
ここには、何が入っていたのだろうか。
水はすっかり汚れてしまっていて、何も見えない。
――が。
その時、ぼんやりと中にいる何かの輪郭を見た気がしたのだ。
黒い――赤ん坊の――。
理解しようとしたとき、割れるような痛みが頭を襲った。
遠くでイヴの叫び声が聞こえる。
誰かに肩を掴まれる。
頭痛は止まない。
頭の骨が割れて、何かが這い出てくるのではと錯覚するほどの痛み。
歯を食いしばって、どうにか痛みに耐えようとする。
涙でかすんだ視界には、水槽に反射して映る自分の姿があった。
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