ブレスレット
赤という赤が、燃え盛り。
人という人が、赤くのたうち回るように、燃え盛り。
世界が赤く染まったようで。そんな世界の中を、誰かが自分の手を引っ張っている。誰だろう。この手を握っているのは、誰だろう。
この温もりは。暖かな優しさは、一体誰のものだろう。
夕焼けのような赤色の空の下を、誰かに手をひかれて走っている。
手を引く誰かが、何かを叫んだ。
◆◆◆
そして、ロゼはベッドの上で跳ね起きた。
『また』あの夢だ。ロゼはサイドテーブルの上を手で探る。喉が渇いた、水が欲しい。一向に指先にコップが当たらなくて、視線をそこにやれば、何もない。
そうだ。ここは自分の家ではないのだから。サイドテーブルも無ければ、コップもない。仕方なく、水を求めてロゼは隣で寝ているクロームを起こさぬよう、そっとベッドから抜け出した。
部屋を出て、一階へと向かう。何か、飲み物くらいは、売っていることだろう。ロゼは、一階へと降りる。その途中で、金色の髪がゆらゆらと、椅子に揺れているのが見えた。
キュウビが一階の団欒室で一人、安楽椅子に座っている。
暖炉の淡い明かりと、その外側に広がっている黒とで、彼の長い金色の髪が見え隠れしていた。
「こんな時間に何してるんですか」
ロゼが後ろから話しかけると、キュウビはさして驚くわけでもなく、「刀の手入れだよ」と答えた。ロゼは団欒室の奥にある、給湯室で二人分の紅茶を淹れて、その内の一つをキュウビへと手渡した。
「ありがとう」
ほんの僅かに光る暖炉の明かりだけが、部屋を鈍く照らしていた。
ロゼはキュウビの横にあった、安楽椅子へと腰掛けて、彼と同じように暖炉を眺めることにした。真夜中の暗闇を、優しく遠慮がちに明るくする炎の光は、さっき見た夢の赤と同じ色をしているけれど、ロゼの心を穏やかな形へと変えていった。
「あの」
ロゼの視線は、キュウビが今さっき鞘に納めた刀へと向けられた。
「どうして、キュウビさんは、アーティファクトを壊してるんですか? 犯罪ですよ、それ」
「知ってるよ」
「じゃあ、どうして壊すんですか? アナタは今まで沢山のアーティファクトを壊してきたんでしょう? でも、それはどうして?」
「う~ん。理由はあるよ。でもね、それを言ったらつまんないだろう?」
「つまんないって………」
「じゃあ、キミは?」
「え?」
「キミはどうして、記者になったの?」
「ワタシは―――」
ロゼの脳裏に浮かんだのは、あの夕日色の空だ。夢の中で何度も見上げて来た、あの空。
「世界中を見て回りたいから。そうすればいつか、あの空にまた巡り合えるかもしれないから」
「あの空?」
「えぇ。ワタシ、よく同じ夢を見るんです。赤い空。夕日色の空を見上げて、誰かに手を引っ張られているんです。何度も、何度も、その夢を見てきて。だから、その空を捜したくなったんです」
暖炉の炎は、揺らぎを止めず。かすかな蜃気楼を起こしながら、まだ小気味良い音を立てて、燃えていた。
「―――ワタシ、小さい頃のこととか、実はよく覚えてないんです。記憶喪失っていうか、なんていうか。気が付いたら、孤児院に引き取られてて」
「自分の過去の記憶を探るために、記者になって、世界中を飛び回ろうと思った?」
「はい。世界中を歩き回れば、いつかは自分の故郷に辿り着くんじゃないだろうかって、そう思って。そしたら、夢の中でワタシの手を引っ張ってる人のことも、少しは分かるような気がしたんです。そして、もし叶うなら、その人に会いたい」
「―――それで、本心は?」
キュウビは不敵な笑いと共に、ロゼにそう訊いた。あまりにも、自分の事を分かっているキュウビに、ロゼは思わず吹き出してしまった。
「実は、いろんな景色を見たかったってのが、殆どなんですけどね。世界には、ワタシが見上げた空は、無限に広がっていて、地平線の向こうには見たこともない景色が広がっていて。想像もつかないような街や、国がある。ワタシはそれを見たいと、知りたいと、感じてみたいと、思ったんです。青空の中に浮かぶ『空中庭園』。踏みしめる土の下に広がる『地下都市』。用途の分からない道具で埋め尽くされた『学研都市』。魔法使いが集う、『魔法城』。まだまだ、世界には絵空事のような景色が広がっているから」
「ここも、変な都市の一つだ。あらゆる物に価値を求めて、自分自身に価値を付ける都市。十分変わってるよ」
「で、アナタはどうしてアーティファクトを?」
「忘れてなかったの?」
「もちろんです」
「そうだなぁ。キミは、今のこの都市を見てどう思う?」
「どうって。それは変、ですよ」
「そう。変だ。命に価値を付けている、この都市は変だ。その根源は、アーティファクト神の眼。だから、オレはそれを壊して、この都市を元に戻すのさ」
「―――それで、本心は?」
「それは秘密」
「ずるいですよ。ワタシは喋りましたよ。キュウビさんも言ってください、不公平ですよ」
「アーティファクトは、人の負の感情を喰って稼働している、魔兵器なんだ。だから、壊さなければならない。確かに性能は素晴らしいけど、放っておけば大変なことになる」
「それ本当ですか」
「ウソだけど」
「だ~か~ら~! もう、良いです。話題を変えましょう、話題を。この話を何時までもしていても、不毛です」
「もうずいぶん夜中だよ」
「知ってます。じゃあ、これを教えてくれたら、寝ますよ」
「何を?」
「アナタの名前の『qb』って、何なんですか? 何かの略称ですか? それとも暗号?」
「あぁ~、それは、その、非常に恥ずかしいので、オレはもう寝ます」
「あ、ずるいですよ」
◆◆◆
「おはよう………ございます」
重たい瞼をこすりながら、ロゼはノーレッジに挨拶をした。
彼は部屋の丸テーブルの側の椅子に座って、朝のパンをかじっている最中だった。隣にはクロームとキュウビも居る。あれだけ夜中自分と喋っていたキュウビは、しかしシャキッとした様子で、朝食をとっていた。
「遅かったわね。どうしたの? やっぱり、疲れてた?」
「えぇ、まぁ、はい」
クロームに朝食を持ってきてもらいながら、ロゼは瞼をまたこすった。前に、ハムエッグと、トーストと、スープが運ばれてくる。
「今日は一先ず、『カルミヌスの城』に向かうわけだけど。大丈夫?」
心配そうにノーレッジがロゼを覗き込んだ。大丈夫です、と欠伸を我慢しつつ、ロゼは答える。どうして、キュウビはあんなに元気なのだろう、という疑問を頭の片隅に抱えたまま、トーストを口に運んだ。
「それで、件の古城の場所は分かってるんですか?」
「そこはクロームに任せようと思うんだけど、どうだろう?」
キュウビの視線が今まさに、コーヒーに口付けようとしていたクロームへと移る。
「土地勘、あるんだろう? ここは外の人間が地図と睨めっこして行くよりも、現地人に任せたほうが楽だ」
「―――確かに、アタシはあの古城の場所も知ってるし、ここからの行き方も知ってる。でも、本当に行くの?」
「随分、しつこいね」
ノーレッジがむっとして言うと、クロームはため息をついた。
「そりゃそうよ。地下通路の話なんて、殆ど子供の作り話みたいなもんなのよ。それを大真面目に信じて、それを頼りにして行くなんて」
「地下採掘場の、あのダストシューターのように、古城が地下の何かと繋がっていても、おかしくは無いだろう?」
キュウビがコーヒーを飲みながら、じぃっとまたクロームを見つめた。とうとう根負けしたのか、クロームはやれやれと、息を吐いて、ようやくマグカップに口をつけた。
「また、あの青髪の人が来なければいいですけどね」
ロゼがそう言うと、コーヒーを飲んでいたキュウビは盛大にむせた。ノーレッジはそれを冷めた目で見ている。
「シアリスは、随分キミにご執心だからね。また来るよ、絶対」
「お前は何で、そんなことを言うんだ、ノーレッジ。縁起でもない」
「あの人って、何者なのよ」
「中央国家の警官だよ。ずっと前から、キュウビを追いかけてるんだよ」
「一応、お前も追いかけられてるんだからな、ノーレッジ」
「分かってるよ。でも、ここにも来てたなんて、さすがシアリスだね。レーダーでも付いてるんじゃないの? キミの」
◆◆◆
風邪だろうか。
シアリスはテスト四六の塔内の廊下で、大きなくしゃみをした。隣を歩くトパーズが不審そうな眼で見るが、気にしない。
「風邪をひいたわけでもないのに」
「誰かが噂でもしてるんだろォヨ。それよか、こんのくそ忙しい時に、ディヤマンテの野郎が出てくるなんて」
「ディヤマンテ、という男の事がまだよく分からないんだけど」
「この都市における、第一級犯罪人、と言ったところです」
廊下の窓から差し込む、太陽の光をその身に受けて、ラズラピリがシアリスの前に立っていた。昨晩と変わらないローブを身にまとっているが、その手には昨日は無かった、魔女らしい杖が握られている。
「捜索部隊から連絡がありました。ディヤマンテが潜んでいたと思われる、アジトを発見したとのことです」
「場所はどこですか?」
「中央卸売市場の近くの、マンホールの中。トパーズがqbの追跡の際に、入った不法マーケットです」
「あぁ、あの人体卸売市場か。でも、何でまたディヤマンテは出て来たんだ? オレがあそこに入った時には、誰も居なかった。多分、入れ違いになってたか、隠れてたんだろォが………。そのまま放っておけば、見つかることもなかった」
「目的は―――qb?」
シアリスは、自分が呟いたその言葉に、やはり疑問を感じざるを得なかった。あの化け物と、qbにどんな接点があるというのだろう。彼のほうから何かちょっかいを出したのなら、分からなくもないが。
「――さぁ、どうでしょう。まだ断定できません。ディヤマンテの思考事態、我々からすれば理解できないものですから」
「どうだかな」
ラズラピリの言葉を、トパーズは素早く否定した。
「アイツの考えてることは、一つだけなんじゃねェのか、昔から」
◆◆◆
ルインという言葉がある。
廃墟、という意味合いを含んでいるが、その中には、廃墟にどこか美的価値を内包しているようにも感じられる。
あくまで感じられるだけであって、実際にはそうではないのだろうが、今自分が見ている古城からは、どこかの国の偉大な巨匠の手によって作られた巨大な美術作品のような雰囲気がにじみ出ている。
かつては天井があったであろうそこには、今はもう何もなく。代わりにさんさんと光り輝く太陽があった。窓ガラスは割れてなく、廊下には穴があいていて、そこから日の光が差し込んでいる。赤色のカーペットを照らして、その上に生えている草に光合成をさせていた。
一階の大広間では、かつて誰かがここで踊ったかもしれないホールに、我が物顔で草花が居座っている。
古城を流れる血管のような、壁に這っているツタにそっと、触れてみた。
「ほーら、やっぱり言った通りじゃないの」
大広間の端から、クロームが大声を上げて抗議した。靴の爪先で、側にあった石ころを蹴り飛ばす。
「ここには、何もないって言ったのに」
「そんなことないさ」
壁に手を当てて、ぐるぐると大広間を回っているキュウビが、太陽が覗き込んでいる穴のあいた天井を見上げて言った。
「いい社会見学になった。カルミヌスの民が、一体どんな所に住んでたかも興味あったしね」
「―――それを知ってどうすんのよ」
クロームはため息を盛大について、その場にしゃがみ込んで、天を仰ぐ。
やはりここには何もないのだろうか。ロゼはまたも、天を仰ぎ太陽を見上げた。日の光は今日も変わらず、自分たちを照らしているだけだ。
「そういえば。カルミヌスの民は、これだけのお城を持って居ながら、今はどこに居るんですか? この街から出て行ってしまったんですか?」
「滅んだのよ、一夜にして」
天を仰ぐクロームが、呟きを漏らした。
「『赤色の黄昏時』っていう大きな事件が、昔あったの」
「赤色の黄昏時?」
「そう」ロゼの疑問の声を、引き継ぐようにキュウビが壁をノックするように叩いた。そこには、何かのシミが出来ている。
「炎と血の赤だ。カルミヌスの民の中の一人が、他の仲間を皆殺しにした。ここアゴラ一番の惨劇にして、市場都市が生み出した惨劇さ」
「どういうことなんですか、それ」
「発展していく都市の中では、住民はカルミヌスの民か、そうでない者かで二分されるくらい、カルミヌスの民は増えていたんだ。そして、している事はオリハルコンの採掘作業っていう、力仕事ばかり。まるで『奴隷』のようってわけ。でも悲しいかな、彼らにはそれしかなかった。それしか出来ず、それが最も得意だった。中には不思議な術が使えた奴もいたらしいけど、大半は体分の命しかないD判定を食らった人間のように、彼らは生きていたのさ。つまり、城を与えて無限の労働力を、アゴラは手に入れたってわけさ。カルミヌスの民は、利用されたんだよ。神の眼の究極検査では、カルミヌスの民っていうだけで即D判定が下されたらしいんだ」
そして、と付け加えてキュウビは、辛そうに息を吐いた。
「この都市は価値が全てだ。カルミヌスの民は、ただそれだけでD判定をくらった。反発する者は居たが、神の眼の究極検査は絶対だ。反論できないし、彼らには力仕事しか出来なかった。だが、神の眼の究極検査を受けて、自らの価値を高めようと思った奴が、ただ一人だけ居たんだ。タグを偽造してもらうのではなく、正攻法で、自分の価値を上げる方法でね」
「―――どうやって、ですか? 神の眼は、人が生まれた瞬間に死ぬまでの命の価値を決定するんでしょう? 生まれた後で、それをどうやって変えるんですか?」
「価値のパラドックスっていうのは、知ってるかな? 水は生きるのに必要な、とてもとても重要な物だ。そして、ダイヤモンドは生きるのには、さして必要のない物だ。重要な物と、そうでない物。けれども高いのは後者で、安いのは前者なんだ。何故だと思う?」
「え? え~っと。安くないと、皆が困るから、ですか?」
「ブッブー、ハッズレー。正解は、水は沢山あるから、でした。水は沢山存在するけど、ダイヤモンドは少ししかない。希少性が高いのは後者だから、そっちのほうが高くなる。コイツに目を付けた奴が、カルミヌスの民の中にいたのさ。自分たちは『多い』から希少性がなく、価値が低いのだと。ならば少なくしてしまえばいい。そうすれば、希少性が上がり、価値が上がる。そう考えて、自分の価値を上げるために、そいつは一族を皆殺しにしたんだ。カルミヌスの民は、最後の一人のそいつを残して皆死んだ。だから、あの採掘場で働かされてるのは、D判定を食らった人間と、罪人だけだった、ってわけさ」
「そんな、そんなこと………」
ロゼは言葉を失った。信じられない。そこまでする必要が、あるのだろうか。自分の親兄弟を皆殺しにしてまで、価値とは欲する物なのだろうか。
価値とは、何のだろうか。命の価値とは、己の命の存在する意味というものは、そんな数字に頼らなければならないほど、弱いものなのだろうか。自分には分からない。この都市で生まれ、生きていない自分には分からない。自分の命というものは、無条件で尊いものだと思っている。けれども、この都市では違う。
命に優劣が在り、人間に順位があり、生きることに絶対的な数字の価値がある。
価値とは、何だ。
「大丈夫?」よほど暗い顔をしていたのだろう。離れた所に居たはずのクロームの手が、肩に置かれて、ハッと我に返った。「ロゼ」
「あ、あ、すいません」ハハハと乾いた笑いをして、ロゼはクロームと目を合わせた。途端に、何かのピントがずれるよう感覚が、また自分を襲った。世界の一部分が変わったのだろうか。それぐらいのずれ方だ。だが、それも一瞬で元に戻る。どこかに飛ばされて、急速で元の位置に戻されるようだ。
「あれ、そういえば」と、ロゼは先の赤色の黄昏時の話を思い出して、ふと脳裏にある人物が浮かんだ。「カルミヌスの民を、皆殺しにしたのは、カルミヌスの民なんですよね」
「えぇ、そうだけど?」
「そのカルミヌスの民って、髪の毛と目が赤色なんですよね?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「それって、昨日ワタシ達を襲った人なんじゃないんですか? ほら、あの人髪の色、赤でしたよね」
「そう」
ロゼと向かい合っていた、キュウビが静かに羽織の中に隠された鞘へと、手を伸ばした。
「名前はディヤマンテ。といっても、それが本名かどうかは誰も知らないけど」
背後で誰かの足音が聞こえた。干からびた土を、割って歩くような音だ。
「まぁ、本人に聞けばいいんじゃない?」
突如、刀は鞘から抜け出して、銀色の刃を光らせる。キュウビは地を蹴り、切っ先を地面に向けて、一目散にロゼのほうへと向かってくる。一瞬、何が起こっているのか分からなかったが、次の瞬間後ろから、獣のような呻き声を聞いて、思わず背筋が伸びた。
振り返れば、そこに居たのは、『赤』だ。
赤いニット帽に、赤いマフラーを首に巻いた、赤い髪で赤い目の男。黒いコートは、今日もはためいていて、剣はその手に握られている。
ディヤマンテが、ロゼをじぃっと見つめていた。世界のピントがずれて行く。急速に高速に、光速に。何かが弾けて混ざり、溶けあって、ぐちゃぐちゃの昼夜を巡るような。
音を立てて世界が崩れて行く。
力が抜けた。否、意識さえ遠のいて行く。クロームの声が聞こえる。優しい彼女は心配そうな声を上げて、必死になって自分の体を揺さぶってくれているが、どこか遠く事のように感じられる。
水槽の中の金魚が、外の世界を見ているような気分だ。
赤色の空が瞼の裏へと、誰かに手を引かれて走る光景が瞼の裏へと。
現在を見失って、とうとう意識は闇に沈んだ。
◆◆◆
クロームの叫び声が聞こえるが、今はそれどころではない。
キュウビは、折れないでくれよ、と祈りながら刀で思い切り、ディヤマンテの剣を弾いた。自分的にはかなり無茶な使い方をしたほうだ。傷が付いていないことを祈るばかりだ。
「aaaa,almas! Almaaaasssss! :」][:/:/,./,./’!()()(‘(#”==!)!==~~」
昨日聞いた理解不能な言葉を喋るディヤマンテだが、その中で唯一、理解出来うる単語が耳へと届いた。キュウビは柄を持つ手の力を緩めることなく、ディヤマンテと対峙し続ける。
「キュウビ、ロゼが!」
焦ったクロームの声が、後ろから届いてくる。
「分かってるよ。でも、とりあえずこっちの殺人者のほうが先決―――」
言葉は後に続かない。
何故なら無数の足音が、それをかき消すように、砂埃を立てながらやって来たからだ。黒を基調とした制服は見覚えがあった。
「オレ様にも運が巡って来たってことかァ?」
ケラケラと愉快そうに、笑う声が聞こえる。それは古城の入口から徐々に近づいてくる。
黒い尻尾をゆらゆらと揺らして、トパーズは警備兵を引き連れて、そこに立っていた。
トパーズに引き連れられて来た警備兵たちは、キュウビたちをぐるりと囲むように配置に着いた。数え切れない銃口が、一斉に向けられた。
「逆にオレの運気は大暴落だけどね」
刀を地面に置いて、両手を上げてキュウビは言った。後ろには、倒れたロゼ。さすがに逃げるのは至難の業だろう。だがディヤマンテは違った。奴は踵を返し、一瞬にして、側の警備兵の銃をはたき落した。
「逃がすな!」
トパーズは慌てて叫ぶがもう遅い。ディヤマンテは、逃げる寸前で銃をはたき落した警備兵を盾にしたのだ。そのせいで、他の警備兵達は発砲できず、隙が生まれた。そしてディヤマンテはすでに姿を消している。
早技と言うにふさわしい、手際だった。きっと手慣れているのだろう。動きの全てが滑らかだった。
「いや~、オレもああ成りたいもんだね」
「赤いニット帽は似合わないわよ」
クロームの避難する声の次に、別の声が飛んでくる。
「えぇ、アナタにはこの灰色の鎖がお似合いよ」
その声を聞いた時、キュウビは、げ、などと思わず呟きそうになった。苛立ちと戸惑いが同居しているような顔をしているトパーズの隣には、いつも通りの冷静な表情のシアリスが立っている。その手には、当然のごとく手錠があった。
「随分変わったブレスレットだね、シアリス。どうして、輪が二つもあるんだい? そのまま付けたら、まるで手錠のようじゃないか」
「えぇ、だってこれ、手錠だもの」
がちゃりという音が聞こえた。
それは、終焉の音でもあり、鬼ごっこの最後の音でもあり、手錠が閉まる音でもあった。こうしてキュウビの両手は、酷く接近することになる。
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