つるはし
『第一級犯罪者qbとは。
身体的特徴は、金色の長髪に、金色の尾。そして頭上に生えた耳である。彼は希少な半獣人であり、見た目は十五~十七の少年。
服装は、白い袖口の広い着物をはおり、その下に黒のシャツを着ている。ズボンは長ズボンで、色は茶。
(これは、本官が最後にqbと接触した際に、本人が着用していたものであるため、よほどの馬鹿でない限り、現在は違う格好をしているものと思われる)
彼の名称である『qb』とは、念のために記述しておくが、彼の本名ではない。
この名称は彼が最初の犯行を行った『戒律都市トマジウス』のアーティファクト『法の調律書士』が彼を呼んだ際の、名前である。
そのため、本人の口からはqbという名称は出ていないが、彼自身否定していないため、それが本名である可能性が高い。
『q』と『b』という二文字が名前と言うのも、妙な話であり、qbとは何かのイニシャルや、暗号ではないかという噂が飛び交っている。
qbの名前の解釈については、人それぞれによって変化し、それがなお彼の存在を謎にしているとも言える。
ちなみに彼は、親しい人物にはその読み方をもじって、『キュウビ』と呼ばせることがある。
(本項でしっかりと否定しておくが、本官に対してqbはキュウビと呼べと、行ってきたが、一度も本館は彼をキュウビと呼んでいない(ここでの呼称は例外とする))
彼の行う犯罪は、全て都市の主要な部分を担うアーティファクトの破壊であるが、その真意は未だ不明に包まれている。
何故彼が、そのようなことをしているか。何を目的に破壊を続けているのか。
その理由さえ知ることが出来れば、謎多きqbへと近づけるのではないのだろうか』
シアリスの中央国家へ 『qb』の調査書より抜粋
◆◆◆
『究極検査』は都市外からの旅行者にも行っている。
市場都市アゴラの一種の名物でもある。
しかし、その検査内容は全く外に漏れることはない。何故なら、その内容が漏れたならば『正確』な検査が出来ないからだ。
といっても、実はそのようなことは問題では無かったりする。アゴラの中央に聳え立つ『テスト四六の塔』は、その名の通り四六のテスト、検査対象に行うのだが、うち四十五はさほど重要ではない。
それら四十五のテストは、最後の一つの試験の制度をより高めるために、存在している。
具体的に言うと、九十九.四五四三三三二パーセントの精密性を九十九.九九九九九六八パーセントに引き上げるためだという。塔の最上階で行われる最後の検査こそ、この都市の『アーティファクト』神の眼によって行われるのだ。そしてそれこそが、究極検査のほとんどと言っても、過言ではない。
―――と、以上のようなことが書かれたパンフレットに、目を通しながら、キュウビは待合室にいた。
むろん、究極検査のためである。
病院の待合室よりも、いささか贅沢な空間で、ゆったりとソファに身を預け、検査長官が自分を呼びに来るのを待っていた。旅行シーズンを見事に外しているため、今日の検査希望の部外者は自分だけらしい。アゴラで取れる『二万ナシ』のシーズンは、もう終わったので、それも仕方ないことだが。
取っ手の回る音がして、この部屋唯一の出口を見たが、入って来たのは検査長官ではなかった。桃色のショートヘアーに、白のワンピースに、薄い桃色のカーデガン、そしてジーンズ。見た目は、ただの観光目的の少女の一言に尽きるが、自分は彼女の仕事を知っている。
「あぁ!」
桃色の髪の少女は、入室するなり、キュウビを見て声を上げた。
「アナタは、列車の相席の―――」
「やぁ、久しぶり」パンフレットを閉じて、キュウビは『新米記者』の少女に軽く会釈した。少女はキュウビの向かいに座った。
「すごいですね。こんな偶然って、あるんですね」
「そうだね」と乾いた笑いと共に、キュウビはしまった、と後悔した。今日の検査希望者は自分一人だと踏んでいたから、こんなところに堂々と来たのだ。そうでないとなれば、確かに自分も困るのだが、それ以上に困るのは―――、向かいの少女を見る。
「そういえば、これも何かの縁です」
ごそごそと、カバンを漁りだす少女。
「はい、これです」と名刺が差しだされた。古風な文体でブルーハワイ新聞社と、印刷されている。その横には彼女の名である『ロゼ』という文字。
「ロゼと言います」
名刺を受取って、それを見つめているキュウビに、ロゼは小さく頭を下して言った。それから、頭を上げて、キュウビの顔を見る。目からは、『アナタの番ですよ』という言葉が飛んでくる。
「いやー、えっと、オレはね―――」
と、その先を言おうとしたが、それは叶わなかった。荒々しく開けられた扉の音が在ったからだ。警備兵たちが雪崩れ込んでくる。
「金色の髪に、金色の尾の半獣人!」
警備兵の一人が、怒鳴り散らした。あまりの展開に、ロゼは目を白黒させて、キョロキョロと小動物のように周囲を確認している。
「貴様が、第一級犯罪者qbだな!」
「えッ!」
言葉を忘れたように、それだけ言ってロゼは後は、キュウビの顔をじっと見つめてるだけだった。
さすがに気まずいので、キュウビはまた乾いた笑いをして、警備兵のほうを見た。その手には、リモコンが握られている。『何の』かは想像したくないところだ。
「アゴラの利益を脅かす不良品には、『リファビッシュ』が必要だ。お前『たち』は、工場行きだ!」
「―――お前『たち』?」
ロゼの疑問の声が空気に溶ける前に、警備兵がリモコンのスイッチを押した。ふわり、と重力から解放されたような感覚。いや、むしろ重力に支配されている。待合室の自分たちが居た所に、大きな丸い穴が音もなく現れた。警備用システムだろう、とキュウビは落下するソファに座りながら、ぼんやりと推測した。キュウビとロゼの体は。奈落の底のような黒い闇の中へと、落ちて行った。
◆◆◆
真っ暗だ。上も下も、右も左も。まるで夜の底のような場所。キュウビは自分が柔らかな場所に、未だに座っていることに、安堵をおぼえた。どうやら自分はまだ生きているらしい。こんなに暗い空間が天国などとは考えたくない。
「もう!」
そう遠くない所の闇が、少女の声で喋った。
「一体、どういうことなんですか! いきなり、こんなわけの分からない所に突き落とされるなんて!」
少女の声は不満をぶちまけていく。キュウビはそれを聞き流しながら、ごそごそと羽織の内側をまさぐった。確か、ノーレッジからこんな時のために貰った、道具があるはずだ。指先が冷たく堅い物に触れた。
――あった。
取り出して、スイッチらしきものを押すと、闇は左右に避けた。
「やぁ」
不満を漏らす声の近くの闇に光を向けると、そこに居たロゼが眩しそうに目を細めて、キュウビをにらみ返した。
「まさかアナタが、あのqbだったなんて! ワタシまで仲間と勘違いされるなんて」
「固い言い方だなぁ。キュウビで良いよ」
とロゼをたしなめて、キュウビはライトで周囲を照らし続ける。やはり、ここは予想通り地下のようだ。自分たちが落ちたのが、ぽっかりと空いた丸い空間であることが分かる。出口は一つだけ在り、道は暗闇の向こう側へと伸びている。
「君、確か記者だったよね」
「えぇ、まぁそうですけど!」ロゼは怒り心頭のまま答える。腕組みをして、キュウビをこれからどうしてやろうか、というポーズまで取っている。
「だったら、チャンスだ」
キュウビは立ち上がり、ライトを出口に、そしてそこから伸びる道へと向ける。
「はい?」
「市場都市アゴラ。その忌むべき暗部を暴く、初めての記者に成れるんだから」
ライトをかざしたまま、キュウビは歩き始めた。ロゼが慌てて後ろをついて行く。二人は小さな明かり一つを頼りに、無明の洞窟へと足を踏み入れていった。
◆◆◆
「あの~」
もう果たして、どれほどの時が流れただろう。ロゼは棒になってしまった足を、さすりながら、前方を歩く少年を憎たらしく見た。金色の尻尾がふさふさと左右に揺れているのさえ、今は腹立たしい。
「なに?」
『qb』もとい、キュウビは何事もないような、涼しげな顔のままこちらに振り向いた。この長すぎる散歩が、さして苦でもないような風である。ロゼの疲れ切った精神は、そんな彼の些細な表情一つで、苛立ちを感じてしまう。
「なに? じゃ、ありません! 一体、いつまで歩くんですか! 『市場都市アゴラ。その忌むべき暗部を暴く、初めての記者に成れるんだから』とか、何とか言っておきながら、その暗部とやらには、いつ出会えるんですか! さっきからワタシたちが出会ってるのは、変な蝙蝠と、闇だけじゃないですか!」
「―――いや~、まぁ確かにそうなんだけどね。ま、もう少しだと思うから」
「本当ですか」
「………うん」
一瞬の間があって、キュウビはうなずいた。どうも信用出来ないが、それきりで彼は前を向いて歩きだしてしまったので、その話はそこで途絶えてしまった。
「じゃあ、少しお話をしようか」
「お話?」
「そう。ここ市場都市アゴラは、神の眼によって、利潤を得て、発展してきた。それは、知ってるね?」
「えぇ、一応」
「なら、何故発展出来たかは、知ってるかい?」
「はい? 何故って、それは神の眼の究極検査で………」
「いやいや。ただ物の価値を正しく判定出来る程度じゃ、それは利益には繋がらないよ。せいぜい、鑑定都市になる程度さ。でも、この都市はそうじゃない」
「そういえば、そうですね。あ、じゃあ、『ー万ナシ』のお陰ですか? あれは、すっごく美味しいですからね」
一万ウェートで取引されるという、超高額のスイーツ。それがー万ナシだ。神の眼が一万ウェートと判断したことで、話題を呼びここアゴラの名物となった梨。自分はまだご馳走になったことはないが、きっと美味には違いない。
「それも違う。ー万ナシは、アゴラがある程度栄えてからの名物。この都市の発展を支えたものじゃない」
「じゃあ、何なんですか?」
あれも違う、これも違う。ロゼの中には、ほんの僅かに子供じみた苛立ちが広がっていた。ならば、お前は知っているのか、とむぅと膨れた顔で後ろからキュウビを睨んだ。
「これさ」
キュウビが羽織りの袖口から、何か石のようなものを取り出した。
「石?」
「いいや、ただの石じゃない」
ライトに照らされて、それが何かの鉱石であることが分かった。鈍い緑色の、拳代の鉱石。
「鉱石さ。こいつが、ここアゴラの発展を支えてきたんだ」
「これが」
とキュウビから鉱石を受け取って、ロゼはまじまじとそれを見た。宝石としての価値はそれほどないだろう。あまり美しいとは呼べない輝きをしている。では、何か特別な用途でもあるのだろうか。
「そいつの名前は『オリハルコン』。いわゆる、万能鉱石って奴さ。固くて、軽くて、火で炙れば柔らかくなり、電気を通しやすく、精密機械にも用いられる、最高の素材。そのサイズでお値段なんと、四万ウェート!」
「よ、四万ウェート!?」
思わずロゼは、手の上でオリハルコンを躍らせてしまった。地面への落下は何とか避けることが出来たが、まだ心臓は火を噴くように高鳴っている。
「初めはそいつもただの石ころだったんだ。でも、ここに掘り出された神の眼の究極検査によって、真実の価値が分かって、市場に流通し始め、それによってこの都市は発展していった」
「なるほど。神の眼だけでは、この都市はこうまでは成らなかったですもんね」持ってると落ち着かないので返します、とロゼはキュウビにオリハルコンを返した。
「じゃあ、今はどうなんですか? オリハルコンの力で、この都市は発展しているんですか」
「その通り。オリハルコンは、希少価値の高い鉱石でね。今のところ運良く、ここアゴラでしか採掘出来ていない。つまり、市場を独占出来るってわけさ。そんな美味しい話をこの都市が放っておくわけがない。だから、今日も黙々と採掘されているわけさ」
黒一色の視界が、徐々に開けていく。進行方向から小さな光が、囁くように瞬いている。それは、だんだん大きくなり、やがて喧騒と共に、闇は消え去った。
「ここでね」というキュウビの言葉と共に、ロゼの眼の前に、広大な採掘場が広がった。
「ここは、一体」
ロゼの言葉は、そのまま作業に従事している人々の喧騒へと吸い込まれていく。
「さっき言ってたオリハルコンの、採掘場さ」
採掘場は、丸くドーム状に広がっていて、二階建てになっている。みな、作業着を着て、皆つるはしを手に、ひたすらに掘り進めている。と、その光景にどこか異質なものを、ロゼは感じた。
成人男性に交じって女性や子供もいる。
そして、その首には得体のしれない首輪が巻かれている。
「新入りか」
さっきのテスト四六の塔に居たような警備兵が、入口に立っていた自分たちに、声をかけて来た。二人組の警備兵の手には、あの首輪がある。
「いやはや、どうも。道に迷っちゃったみたいで」
あからさまに嘘をつくキュウビを無視して、警備兵は首輪をつけ始める。ロゼは首元の冷たい感触に不満を覚えながら、恐る恐る警備兵たちに尋ねる。
「あの、これは………」
「首輪だよ。ここから抜けだしたら、とたんにドカン、だ」
冷静に、酷く機械的にこたえる警備兵に、ロゼの背筋は凍った。首元の感触を忘れるほど、背筋に悪寒が走る。なんてこと、一言心の中でつぶやいた。
「ほい、コレ」
警備兵から渡されたつるはしを、力なく受け取り、隣のキュウビに視線を送る。
「いや~、たまには勤労してみようかな、と思ってね」
ウィンクと共に発せられた言葉に、軽い殺意を覚えた。
つるはしが凶器にならなかったのが、奇跡としか思えないほどの。
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