第31話

「ダリア、どうしてこんなにひどいことができるんだ!」

ベティは地下牢に連れていかれた。他国が関係することなので慎重に審議すが進められ、処分が決まる。今は彼女の処分の判決を待っている期間中だ。まぁ、公爵家と言っても彼女の母親は平民。彼女自身の処分の決定は何の問題もなく行われるだろう。

問題は公爵家の方だ。貴族のパワーバランスも関係してくるのでなかなか難しい。スチュワート公爵家の処分についての審議が難航している中、与えられた部屋でお茶を飲んでいた私の元にコーディ殿下が来た。

部屋の外では私の許可もなく入室する殿下を咎める騎士の声が聞こえたが、王族相手に力技もできず、中に入れてしまったようだ。

傍に居たブリジットがすぐに私を守れる位置に移動する。侍女兼私の護衛である彼女は侍女服の下に隠している小剣に触れていた。いつでもコーディ殿下を殺せるように。それに気づきもしないコーディ殿下は私と自分の間に入って来たブリジットに眉間にしわを寄せる。

「退け。俺は王族だぞ」

「申し訳ありませんが、私の仕える王族はエストレアです。たとえ王族でも他国の者の命は聞けません」

「何だと」

コーディはブリジットの後ろでソファーに腰かけお茶を飲む私を睨みつけた。

「主が主なら、その飼い犬も無礼だな。躾がなっていない。さすがは、幼いころに修道院に送られるだけはある」

ベティに聞いたのだろう。そんなこともあったなと私はお茶を飲みながら少しだけあそこで過ごした時のことを思い出した。

「ブリジット、構わないわ」

「・・・・畏まりました」

不服そうではあるけれど、ブリジットは体を横にずらし、コーディ殿下を通す。コーディ殿下は無遠慮にずかずかと入ってきて、私の前に腰かける。

腕を組み、足を組んで尊大な態度をとる彼に自然と部屋にいる使用人たちの顔が不快気に歪められる。エストレアの第一王女相手にそのような態度をとることは、エストレアの侮辱と取れるからだ。部屋にいた私の護衛が一人、気づかれないように部屋の外に出た。カーティスを呼びに行ったのだろう。

「わざわざ王子である俺が足を運んでやったのに茶も出さないのか?」

本当に図々しい男だ。昔の方がまだ可愛げがあった気がする。

「他国の王族の婚約者の部屋にお茶を優雅に飲むほど長居するつもりですか?」

暗にさっさと出て行けと告げると彼は舌打ちで答えた。きらりと一瞬だけどブリジットが袖から何やら光るものを出した気がした。このままで王子暗殺事件が私の部屋で起こってしまいそうだ。早々に用事をすませて出て行ってもらおう。

「それで、どういったご用件ですか?」

「どういっただと?」

「ええ。どういったご用件ですか?」

「俺がここに来た理由が本当に分からないのか?」

コーディ殿下は拳を強く握りしめ、怒りで体を震わせている。

「分からないから聞いているのです」

もったいぶらずにさっさと用をすませて出て行って欲しい。

「ベティのことだ。お前、恥ずかしくないのか。妹を陥れて」

「私に妹はおりません」

「ベティはお前の妹だろう!それとも平民の血を引くから家族として認められないのか。貴族も王族も等しく平民によって生かされているのだぞ。誇りにこそ思え、見下すなど」

正論だけど、彼は本当の意味でその言葉を分かっていない気がする。例えるなら教師に教わった耳障りの良い言葉を並べて満足している子供だ。

「私は公爵家とは離縁いたしました。その時点で私には妹などいないのです。それに向こうも私のことを姉とは思っていないでしょう」

「ベティはいつも他国へ行ったお前のことを気にかけていた。お前にどうのような仕打ちを受けようと、お前を姉だと健気に慕っていた」

お腹を抱えて笑い出したくなる言い分だ。それと同時に切なくもなる。

「彼女にどのような話を聞いたかは存じませんが」

カップの中身が空になってしまった。すぐにブリジットが新しいお茶を注いでくれる。淹れたてのお茶の香りがざわつく私の心を落ち着かせてくれる。

「あなたはいつも一方の言い分、一方の見方しかしない」

「そんなことはない」

そう言い切る彼を見て私は思わず鼻で笑ってしまった。

「ではなぜ、私のことを信じてはくださいませんの?あなたと私はいつだって一方通行でしたわ。今回の件もそう。私が悪人だと決めつけている。周囲の者に話を聞けばどちらに正当性があるか自ずと分かるものです」

私の言葉にコーディ殿下は悔し気な顔をする。唇を噛んでいるせいで彼の口に端から血が流れた。

「みな、口を揃えてベティを悪し様に言う。彼女が平民の子供だから」

だからみんな保身の為に私を庇っているとそう捉えたのか。

「ベティは、彼女はあなたにとって都合のいい女だったでしょう」

「何を?」

唐突な私の言葉にコーディ殿下は怪訝な顔をする。私は手にしたカップを回し、揺れる紅茶を見つめた。この紅茶の様に彼の心も揺れている。

「だって、耳障りの良い言葉しか使わないもの」

「っ」

図星をつかれたかのような顔をして私を見るコーディ殿下。ついでに何を思ったのか私に手を伸ばしてきた。ブリジットは迷わず小剣を取り出した。だが、それがコーディ殿下に向けられることはなかった。その前に入って来た言葉によって彼女の行動は封じられたからだ。

「いつまで私の愛おしい婚約者の時間を独占するつもりだい、コーディ殿下」

「・・・・・カーティス殿下」

カーティスは私に向かって伸ばされたコーディ殿下の手を不快気に見た後、私の傍に来て、私を抱き寄せる。

「コーディ殿下。私はあまり寛大な男じゃない。とりわけ、ダリアのこととなるとね」

「何で、彼女にそこまで」

呆然と呟くコーディ殿下。カーティスの眉がぴくりと上に上がった。

「自分の婚約者なんだから当然だろう。誰だって愛おしい人に余計な虫がつくのは嫌なものだ」

「・・・・虫」

「コーディ殿下、このことは陛下に報告させてもらう。用はすんだだろう」

さっさと出て行けと遠回しに言うカーティス。反論しようとしたコーディ殿下だったけれどカーティスに威圧され、顔を青くして逃げるように退出した。

ブリジットは淹れたての紅茶をカーティスの前に置く。

「大丈夫だったかい、ダリア」

「ええ」

「そう。それは良かった。でも、もう二度と私以外の男と二人きりになってはいけないよ」

「二人きりって。部屋には護衛の騎士とブリジットがいましたわ。それに」

「ダメだよ」

「・・・・はい」

「うん。良い子だ」と言ってカーティスは私の額にキスをする。

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