第30話

「ダリア、何を見ているんだい?ダメだよ。君は私の婚約者なんだから私だけを見なくては」

「庭にある花を見ていただけですわ。カーティスたったら無機物にも嫉妬するの?」

カーティスはくすくすと笑う私の肩を抱き寄せ、頭にキスをする。周囲からきゃあと黄色の歓声が聞こえた。

今日は休日を使ってお茶会をしている。場所は学校の敷地内だ。王宮でも良かったのだけれど、下級貴族も上級貴族も気兼ねなく参加できるように特別に学校から許可をもらったのだ。

「羨ましいですわ。本当に仲がよろしくって」

「私の婚約者は贈り物ばかりでちっとこも言葉はくれませんの」

「私もよ」

「女は物だけ贈っていればいいと思っているんでしょうね」

周囲の貴族令嬢は物憂げな顔で呟き、近くにいた身に覚えのある令息たちはそっと視線を逸らした。

楽しいお茶会を楽しんでいると不協和音がした。

「お姉さま」

その言葉にお茶会を楽しんでいた者たちは談笑を止める。

アンドレアと同じく胸元を大きく開いたドレス。白いドレスに小さな赤い薔薇の絵が描かれている。

このお茶会にベティは呼ばれていない。

「酷いですわ、お姉さま」

周囲が白けた目でベティを見ていることに気づきもしないベティは目に涙を浮かべて、さも自分が被害者であるかのように振る舞う。それがどれほど滑稽なことか。

「いつもお姉さまはそうやって私をのけ者にして。私はお姉さまと仲良くなりたいのに」

ぱらぱらと涙をこぼすベティをしり目に、ダリアは甘いミルクティーを飲む。喉を通り、全身に巡っていく甘さが心地いい。

「無視しないでよっ!」

ベティは先ほどまで流していた涙が嘘であることを自らの行動によって暴露した。鬼のような形相で怒鳴るベティ。

私は手にしていたカップをテーブルに置く。ベティを見ると僅かにたじろいだがすぐに気を取り直して再びか弱い女の子の演技を始める。

「私はあなたの姉ではないわ。言ったはずよ。私はもう既に公爵家とは離縁していると。今の私はエストレア王国第一王女。一介の貴族が気安く声をかけないでくれるかしら」

「お姉さま、もうそよのうな嘘はお止めください」

「嘘?」

「ええ。全てはお姉さまが描いた幻想。現実ではありえませんわ」

一瞬だけどベティは勝ち誇った笑顔を浮かべた。それはすぐに私を憐れむ表情へと切り替えられた。

「お姉さまは公爵家の子供ではありませんわ。お姉さまは愛人の子供。その証拠にお父様とは全く似ていませんもの」

あり得ない言葉に周囲は凍り付く。

「スチュワート公爵令嬢。これ以上、私の婚約者を侮辱するなら許さないよ」

さすがのカーティスも黙っていられずに口を挟む。けれど愚かなベティはそれに臆することなく続けた。まるで自分こそが正しいのだと言わんばかりに。

「カーティス様は騙されているんです。これを見てください」

そう言ってベティが出したのは昔、ベティが私から取り上げたお母様の形見のオルゴール。それを見た瞬間、カーティスの目に剣呑さが増した。

「これはフローレンスお母様が私にとくださったものです」

「君は彼女が死んでから公爵家に引き取られたはずだ。だからそれはあり得ない」

つかさずカーティスが切り返すがベティは笑みを深めるばかり。

「カーティス様。確かに私はフローレンスお母様が亡くなってから公爵家へ来ましたわ。でも、最初に言いましたようにお姉さまは愛人の子供ですわ。だから私は公爵家に来る前からフローレンスお母様のことを知っていましたの。フローレンスお母様は私にとてもよくしてくださいましわ」

それは遠回しに私の父親がどこの馬の骨とも知らない平民の男だと言っている。

「だからフローレンスお母様はこれを私にくださいましたの」

オルゴールの蓋にはエストレアの王家の紋章が描かれていた。

「つまり、エストレアの王族として認められたのはお姉さまではなく私ですわ」

その言葉にはさすがのカーティスも目を丸くした。言葉を失い、固まるカーティスに何を勘違いしたのかベティは「これで分かったでしょう」と笑みを深める。

周囲もその無茶な理屈に唖然としていた。

「叔母上は病弱で公爵家に嫁いでから一度も敷地内の外に出たことはない。その殆どをベッドの上で過ごしていた」

「そう見せていただけですわ。お姉さまと同じ狡猾な人」

「証人ならいる。出てこい」

カーティスの言葉で数人の使用人がでてきた。それはアンドレアに解雇される前にスチュワート公爵家に仕えていた者たちだ。

証人が都合よくここにいるということはカーティスはベティに見張りをつけ、彼女の動きからこうなることを想定していたということだ。

「私たちは古くから公爵家へ仕えております。奥様がウッドミルに嫁いで来てからは邸から一度も出たことはありません。それは間違いないですわ。お疑いならば街の者たちに聞いてくださいませ」

「奥様の赤い髪はとても珍しいです。街に出れば人々の記憶に残るはずですわ」

「隠していたのよ」

苦し紛れにベティは反論する。その言葉に使用人たちはいっせいに頭を横に振る。

「奥様は慣れない土地での暮らしで体調を崩すことが多く、不貞を働く体力さえもありませんでしたわ」

ベティは苦虫を噛み潰したような顔で使用人達を見つめた。だが追撃はまだ続く。次に別の使用人の集団がやって来た。彼女たちはアンドレアやベティの怒りを買って邸を追い出された使用人達だった。

「アンドレア様は公爵が不在の時はいつも邸に男を連れ込んでいますわ」

「ベティ様だって朝帰りが日常茶飯事ではありませんか」

「なっ!う、嘘よ!」

使用人たちの独白にベティは顔を真っ赤にして怒鳴る。だが、ムキになればなるほどそれが真実だという裏付けになる。ましてや学校に通う貴族たちは私やカーティス以上にベティの普段の行いを知っているのだ。

もちろん、アンドレアは今でも社交界では阿婆擦れと呼ばれている。それは私が公爵家にいた頃から変わらない。

「やはり平民の子ね」

「浅ましいわ」

「嫌だわ。あのような者が公爵家を名乗るなんて。私たちの品位まで疑われてしまうわ」

扇子で口元を隠しながら貴族の令嬢たちはベティを罵る。今まで家を盾に強く出られなかった分溜まっていた鬱憤を晴らすかのようにその場にいた貴族の子供たちはベティを罵り始めた。

「っ。カーティス様!フローレンスお母様は私にエストレア王家の紋章が刻まれたオルゴールをくださいました。つまり、私はエストレア王家に相応しいと認めて下さったのです!お姉さまではなく、私が」

「黙れ」

今まで見てきたどの目よりも冷たい目にさすがのベティを息を飲む。

「お前はダリアとは赤の他人だ。それをいつまで姉として扱う。それに許可もなく王族の名前を呼ぶなど。躾のなっていない娘は王族の前に立つな。貴族の恥さらしが」

『躾がなっていない』それはかつてダリアがさんざん言われた言葉だった。それにはベティは顔を引き攣らせながらから笑いをする。

「な、何を言っているんですか。カーティス様。それはお姉さまの方ですわ。私は、マナーも完璧です。立派な淑女です。そこの、出来損ないの愛人の子供とは違いますわ」

その言葉に周囲の貴族は失笑し、カーティスは疲れた顔で深いため息をついた。

「どこまでも学習しない娘だ。ここまで言ってもまだ不敬を働くか。一層自殺願望でもあるのかと思いたくなるな。ベティ・スチュワート公爵令嬢。それはお前が私のダリアから盗んだものだろう。王家の紋章が入った王族の物を盗み、所有することはそれだけで死罪に値する。極刑を望むのなら今すぐ場を用意してやろう。一人では寂しかろうから観客を大勢用意してやるから安心しろ」

それはつまり、公開処刑を示している。普通の死罪とは違い、死体はその者の家の門に一か月は吊るされ、晒されることになる。

「盗んでなんかいませんわ。これはフローレンスお母様が」

「止めて!さっきから『フローレンスお母様』って。あなたの母親はアンドレアでしょう。私のお母様の名前を気安く呼ばないで!」

溜まらず叫ぶとベティはわざとらしく目に涙を浮かべた。

「またそうやって私を迫害するのですね、お姉さまは。どうしてお姉さまは私を家族として認めてくれないの!私が平民の子だからって。カーティス様、分かりましたか。これがお姉さまの本性なんです。こんな選民思想の強い方はあなたに相応しくありませんわ。でも、私はお姉さまとは違う」

胸の前で手を祈るように組み、上目遣いでカーティスを見るベティ。

「私はお姉さまと違って慈悲深く、そして」

その言葉は最後まで言うことはできなかった。カーティスは深いため息とともに彼女の言葉を遮ったからだ。

「タダでも見たくない三文芝居だな。大道芸は好きだが、観客を白けさせる道化師は好きではない。それに、本当に慈悲深い人間は自らを『慈悲深い』とは言わない。これ以上は時間の無駄だ。ガルーシア、連れていけ。王族への不敬罪だ。ああ、オルゴールを忘れるなよ。あれはダリアの物だ」

「はっ」

ガルーシアに腕を拘束されたベティは拘束するガルーシアの力が強すぎたのか蛙が潰れたような声を出した。

「放しなさい、無礼者。私は公爵家の娘よ!お前が気安く触っていい相手じゃないのよ」

とベティは叫んでいた。そうかと思ったら「私は平民なのよ。貴族なら平民に施すのは当たり前でしょう!貴族の義務を持っていないなんて、ただの穀潰しじゃない」と訳の分からないことを喚いていたけれどそのままガルーシアに連行されていった。

「平民に言われるまま全てを与えてしまえば国は破綻する。それに貴族も人間。施しを与える人間を選ぶ権利はある」

冷たく言い放ったカーティスはベティの姿が見えたなくなるとすぐに彼女の存在を忘れたかのように私を抱きしめ、周囲の貴族に騒ぎを起こしたことを謝罪した。

みんなは他国の王族の謝罪に恐縮しながら何事もなかったかのようにお茶会を再開した。さすがは貴族。よく心得ている。

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