第28話

「ダリア王女殿下」

他国への留学は決して楽なものではない。勉強をしながら他国の貴族との交流も図らないといけない。他国の情勢も実際に目で見て、肌で感じて学んでいかないければいけない。もっとも、それはカーティスに任せている。

私はウッドミルの貴族との交流に専念しているので積極的に夜会やお茶会に出席をしている。

そんな私に近づいてきたのは懐かしの顔ぶれ。

「お久しぶりです、スチュワート公爵」

他人行儀の言い方に公爵は苦笑した。そこにはどこか寂しさが入っているようにも感じた。何を寂しがる必要があるのだろう。愛してもいない女の子供だ。元から関心などなかっただろうに。

公爵の隣には相変わらずど派手な、露出の多いドレスを着たアンドレアがいた。

「娘が無礼を働いたこと、謝罪をさせていただけないでしょうか」

私を肉親の仇のように睨みつけるアンドレアの隣で公爵は頭を下げ、謝罪をした。

「お互いに何か行き違いがあったのでしょう。既に過ぎたこと。気にしていませんわ」

今更、謝罪してももう手遅れ。カーティスは動き出している。でも、そのことを知らない公爵はほっと胸を撫で下ろしていた。

「随分と立派になられましたわね」

「アンドレア」

私に対して上から目線で。実際、アンドレアの方が背が高いので私を物理的にも見下ろしながら彼女は公爵の咎めも無視して言う。

「けれど、旦那様に謝罪させるなんて少し厚かましいのではなくて」

「このようなことになった経緯を何も聞いてはおられないのですか?スチュワート公爵夫人」

「ほんの少し行き違いがあっただけでしょう」

「ええ。私を愛人の子だと勘違いしたり、未だに公爵家の人間だと勘違いしているなど。あなたの言う通り、些細な行き違いですわね」

私の言葉にアンドレアの眉間に皴が深くなる。隣で公爵が「アンドレア、もう止めないか」と言っていたけれど彼女の耳には届いていないようだ。

「娘はマナーのできた立派な淑女。そのため人の品位や立ち居振る舞いで判断してしまうくせがついてしまったのですわ。悪い癖ではありますので直させるようにはしておりますの」

それはつまり、私の立ち居振る舞いや品位が王女には見えないと。これでもエストレアでは淑女の手本だと言われているのだけど。

「それならば仕方がありませんわ。本人の求める淑女の基準に当てはまる貴族の子息令嬢などそうそういないでしょうから」

寧ろ彼女のお眼鏡に叶うマナー基準なら。常識ある貴族なら恥ずかしくて出せないだろう。

「そう言えば、今日はスチュワート公爵令嬢は来てはいらっしゃらないの?是非、ご自慢のマナーを見せていただきたかったのですが」

私がにっこり笑って言うと、ばきりと音がした。アンドレアが持っていた扇子を強く握りしめるあまり折ってしまったのだ。さすがは元平民。貴族の令嬢にはない逞しさだ。

「ええ。体調が優れませんの」

今回のことがあったのでしばらく自宅謹慎を命じられたベティ。そのため、夜会への出席も自粛中なのだ。

「そう。それはお大事に」

「ダ、ダリア殿下。我々はこれで」

「ええ」

これ以上、騒ぎを起こしたくはない公爵は無理やりアンドレアを連れて行った。

「ダリア、大丈夫かい?」

近くで見ていたカーティスはいつでも助けに入れるようにスタンバイしていた。本当なら彼らが近づいた時点ですぐにでも傍に行きたかったのだろうけど、私の意思を尊重してくれたのだ。

カーティスの妻に、王妃になるのだ。この程度、彼の支えがなくても簡単に躱せなくてはいけない。だから彼の助けを借りずに一人でやりたかったのだ。

そっとカーティスは私の手を握りってくれた。私の手は僅かに震えていた。それに彼は気づいていたのだろう。

「情けないわね。この程度で」

「仕方がないよ。君が思っている以上に傷は深いものだ」

大したことはないと思っていた。もう4年も前のことだし。でも、久しぶりにアンドレを前にすると背中の傷が疼いた。また鞭を振られるのではないかと体が強張った。それでも逃げずに立ち向かえたのは視界の隅にカーティスが居たからだ。

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