第27話
「カーティス、どうしたの?」
「何が?」
カーティスはきょとんしていた。その表情はとても可愛いのだけど。私の目は彼の握りこまれた手に合った。
「気づいていないの?血が出ているわよ」
「ああ」
思い出したようにカーティスは手を開いた。掌にはくっきりと爪の跡ができている。私は侍女に救急箱を持ってくるように頼み、彼の手を引いて、ソファーに座らせた。
「ガルーシアもいるのに。あなたが怪我をするなんて珍しいわね。何があったの?」
侍女が持ってきた救急箱をから必要なものを取り出し、カーティスの手当てをする。
「別に何もないよ」
にっこりと笑ってカーティスは言うけれど、ここまで強く手を握り込まなければ感情を爆発させてしまう程の不快なことがあったのは一目瞭然だ。
そして彼は先ほどまでバイロン陛下の元へ居た。今回のコーディとベティの件に関して抗議をするために。
「陛下に何か言われたの?」
彼の手に包帯を巻きながらこっそりとカーティスを盗み見るけれど彼の表情からは何も読み取れない。頑固な彼は絶対に何も教えてくれないだろう。それが私の為だと言うのは分かるけれど、時々歯がゆくなる。
「カーティス。私はいつまでもあなたに守られてばかりの子供ではないのよ。子供だったら私はここへは来ないわ。あなたと陛下・・・・お義父様のいる安全地帯から出たりはしないわ。お願い、カーティス。私を守られるだけの情けない存在にさせないで。あなたの傍であなたを支えられるぐらい強くなりたいの。これはそのための第一歩なの」
カーティスは深いため息をついた後、私を抱き寄せた。硬くて、厚くて、温かい胸板に私は顔を埋める。目を閉じると彼の心臓の音が聞こえて、私のざわつく心を落ち着かせる。
「私の婚約者は勇ましいね」
ちゅっ、ちゅっ。とカーティスは頬に、額に、耳にキスをする。最後に私の唇を軽くはみ、もう一度強く私を抱きしめる。
「ダリア、あまり別館から出ないで」
「用がなければ特に出ないわ。王宮にはコーディ殿下もいるし。無暗に騒ぎは起こしたくないもの」
「さっき、スチュワート公爵令嬢に会った」
「ベティに?王宮にいたの?」
「直ぐに出入り禁止になると思うよ。公爵の方も忠告が陛下の方から行くだろうし」
バイロン陛下は名君ではないけれど暗愚ではない。カーティスの手にあった傷。彼をあそこまで怒らせたりはしないだろう。そうなると、原因は一つ。ベティだ。彼女は昔から人の神経を逆なでするのが得意だ。
「ベティに何を言われたの?」
「君のことを愛人の子だと言っていたよ」
「はい?」
それは食堂でも言っていた。でも、あの時は結局教師が駆け付けて有耶無耶になってしまったんだった。
「どうしてそんなことを?」
「実はね」
私はカーティスから聞いた、私の愛人疑惑の真相に唖然とした。
「その理屈で言いますと、母親似の貴族の子供たちは全員、母親の不貞でできた愛人の子供になりますわよ」
私の言葉にカーティスは苦笑した。
「それに君の母上は父上の妹だ。他国の王族の不貞を一公爵令嬢が言いふらす。それがどういう意味か分かっていないようだったよ。君の元義妹は」
私はめまいを覚えた。一層このまま意識を失ってしまえたらどれほど楽だっただろう。
「カーティス。スチュワート公爵家は」
「悪いけど、見逃すつもりはないよ」
そっとカーティスの大きくて、剣だこまみれのごつごつした手が私の髪を掬い、キスをする。
「君を傷つける存在をエストレアは許さない。それにもう二回も見逃してやっているんだ。次があるわけないだろ」
にっこりと笑うカーティス。その背後にどす黒い影が見えるのはきっと気のせいだろう。気のせいだと思いたい。
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