第25話

「さて。弁明はしていただけるんでしょうね」

ウッドミルの王宮。客間でカーティスはにっこりと笑いながら顔を青くして、流れ出る汗を拭き取るバイロン陛下を見つめた。その目が笑っていないことは後ろに控えているガルーシアは知っていた。

「我が国の姫君であり、次期国王の私の婚約者。つまり、次期王妃になるのですが。そのダリアを公衆の面前で辱める。まさかこれが友好国の王族に対するあなた方の礼儀ですか?」

「カーティス殿下、この度は」

「二股に愛人発言。いつから我が国の王族はウッドミルの公爵家如きに格下扱いされるほど落ちぶれたのでしょう。はて。私にはその記憶が一切ないのだけど。ガルーシア。君にはあるかい?」

弁明をしようとしたバイロンの言葉を遮ってカーティスは言う。本来なら失礼に当たる。バイロンも「無礼だ」と怒ってもおかしくはない状況ではあるけれど、自分の息子が仕出かしたことを考えるとそんなことできるはずもない。

「いいえ、殿下。私にもその記憶はございません。武力、国庫、作物の豊富さ。全てにおいて我が国はウッドミルと同格であったと記憶しております」

カーティスに問いかけられたガルーシアは相変わらず無表情で、けれどその目に怒りを宿して答えた。ガルーシアもカーティスと同様に、傷ついたダリアがエストレアで成長していく様を一緒に見てきた。彼にとってダリアは守るべき大切な存在であると同時に、妹のような存在でもあったのだ。その彼女を侮辱されて、怒らない方がどうかしている。

ガルーシアは無表情で、クールに思われがちだけど、本当はとても熱い男であることをカーティスは知っていた。

「あなた方は忘れているようですけど、フローレンスの時。そして、ダリアに対する虐待。私たちは二度。この国の愚行さに目を瞑りました。次もあるとは思わない方がいい」

「待ってくれ。フローレンス殿は元々病弱で。彼女の死は我々は関与しては」

バイロンは最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。できる将は視線で敵を殺すと言う。戦争に出たことのバイロンがそれを体験したことはなかったけれど、今まさにバイロンはカーティスの視線で心臓が止まりかけた。

「フローレンスが死んで直ぐに後妻を設けた。それが意味する裏切りに目を瞑ったと言ったんですよ、陛下」

「っ」

「それでは失礼します」

カーティスはガルーシアを伴って客間を出た。

王族なのでカーティスとダリアは王宮の別館を与えられている。カーティスとしては元婚約者であるコーディがいる王宮にダリアを居させたくはなかったけれど、他国で自分たちに何かあれば戦争の可能性だってある。警備のことを考えても王宮で暮らすしかなかったのだ。

「愛人ね・・・・・」

「殿下?」

「なぁ、ガルーシア。どこからその発言が出たと思う?」

ダリアはフローレンスとスチュワート公爵家の娘。対して、ベティの方は元平民と公爵の娘。しかも、年齢は一つ違い。どう考えてもベティの方が愛人の子だ。

ガルーシアは顎に手を当て、首を傾ける。数分考えてから彼は口を開けた。

「申し訳ありません。私の周囲にいるのはオスニエル陛下、殿下、ダリア様と優秀な者ばかりなのでベティ・スチュワート公爵令嬢のような者には免疫がないせいか、その思考は理解不能です」

「そうか」

何を思って『愛人』発言が出たのかは分からないけれど、そのような発言をすればするほど彼女の首が絞まるだけなので深く考える必要はないか。

「私の大切な婚約者を貶めた彼女たちはにはどうしてやろうか」

バイロンがどのような処罰をするのかは分からないけれど、それはそれだ。カーティスは許すつもりはないので徹底的に潰すつもりだった。彼女が受けた虐待のことも含めて。

ダリアが心配だからというのが大きいけれど、ダリアを傷つけた全てに報復するために来たのも理由の一つだった。だから、今回の件がなくても未来などないのだ。彼らには。

「ダリア様の傷は残っているそうでですね」

そう言えばと思い出したようにガルーシアが言った。

「天気が悪かったり、寒い日は痛むそうだ。そうだね。ダリアは背中だけど、彼女はどこが良いかな?」

とても楽しそうに笑いながら廊下を進むカーティス。彼は多くの令嬢から思いを寄せられるほどの美形の持ち主なので先ほどから近くを通る侍女たちが頬を赤く染めている。そんな彼女たちはカーティスが浮かべた笑みと、思考が真逆のものであることなど当然ながら知りもしない。

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