第22話

ここの人はみんな優しい。陛下も。カーティス殿下も。使用人の人も。だから怖くなる。もう昔のようには戻れないから。

あの時は何も感じなかった。でも今は一人が怖い。時々、不安になる。ここにいる人たちはみんな優しい。でも、ある日突然放り出されたら。要らないって、捨てられたら。そんなはずがないのに怖くなる。彼らを信じていいか分からなくなる。

私は不安を紛らわせるために夜、時々部屋を抜け出す。部屋の前には二人の護衛がついているので気づかれずに抜け出すのは不可能だ。

申し訳ないので断っているけれど彼らは頑として私について来るのだ。仕方なく今夜も護衛をつれて王宮内を彷徨っていた。護衛の人たちは何も言わずに私について来る。

「眠れないのかい、ダリア」

窓の前で月明かりに照らされた陛下が優しく私に微笑みかける。

「そんな薄着で出歩いてはいけないよ。体が冷えてしまう」

陛下は自分の上着を私にかけてくれた。護衛を下がらせて、陛下は私の手を引いて、自室に入る。いつの間にか陛下の部屋の前に来ていたようだ。何も考えずに歩いていたので気づかなかった。

陛下は私をソファーに座らせ、侍女に頼んでホットミルクを入れてくれた。

「飲みなさい。体が温まる」

「ありがとうございます」

自分が思っていたよりも体は冷えていたようだ。食堂を通り、体に行き渡るミルクの温かさが心地い。

「あまり、眠れていないようだね」

やはり私が深夜に時々、徘徊していることは陛下の耳にも入っていたようだ。

「申し訳ありません」

「ああ、違うよ。私は怒っているわけではないんだ。心配しているんだ」

「心配ですか?」

心配される意味が分からない。私の睡眠の状態何て陛下には関係ないのに。

「何か、悩みでもあるのかな?」

悩みと聞いて、漠然とした不安があることに思いたる。でも、それを話すのは気がひける。だって、彼らを信じていないと言っているようなものだ。

不安を抱いている時点で、心のどこかで彼らを信じ切れていない自分がいるのは確かなんだろうけど。

「どんなことでもいいんだよ。何かあるのなら話してほしい。解決できなくても、話すだけで楽になることがある。私ではダメだと言うのなら侍女のブリジットでも良い。女性同士の方が話しやしいこともあるからね」

黙ってしまった私を陛下は気遣ってくれる。だから私は陛下に話そうと決めた。

「これと言った悩みがあるわけじゃないんです。ただ、漠然とした不安があるんです」

私の言葉を陛下は黙って聞いてくれた。

「皆さん、優しくて。とても嬉しいです。でも、もし失ってしまったら。そんなことはないと分かっていても、ある日突然、元の生活に戻ったら。私はきっと前みたいに耐えられない」

怖いのだ。失うのが。信じるのが。怖くてたまらない。私は心の強い人間ではないから。それを知っているからこそ余計に恐れているのだろう。

「ダリア、君がそう思うのは仕方のないことだ。君は奪われてばかりの人生だったから。だから直ぐに信じろとは言わないし、そんなことは無理だろうね。だけど、お願いだ」

一国の王がお願いだなんて言葉を使うのが意外で私は陛下を見つめる。

「だけど一人で抱え込まないでね。こうやって話してくれるととても嬉しい」

「はい」


この日、私はなぜか陛下の提案で一緒に寝ることになった。断るべきなんだけど、陛下の笑顔で押し切られてしまった。朝、陛下を起こしに来た侍女長が陛下を叱りつけ、騒ぎを聞きつけたカーティス殿下になぜか次の日の夜に添い寝を強制させられた。

曰く。

「父上と寝られて私と寝られないなんてことはないよね」

これには頷くしかなかった。

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