第20話

カーティス殿下に連れられてやって来た母の部屋。埃は一切被っていないことから毎日、掃除されていることが分かる。

色は薄ピンクで統一されていた。とても女性らしい部屋だった。公爵家にある母の部屋とは全く違う。天蓋付きのベッドに近づき、そっと冷たいシーツに触れる。

ここに母がいたのか。

「お母様、祖国に帰すことができずに申し訳ありません」

自然と出た言葉。それに反応するように私の目からいくつもの涙が零れた。

声を上げることなく静かに泣く私をカーティス殿下が優しく抱きしめてくれた。とても温かくて、優しい腕の中は公爵家では味わうことができなかった安心感があり、私は余計に泣いてしまった。

カーティス殿下は私が泣き止むまでずっと私を抱きしめてくれていた。


◇◇◇


「この人が私のお母様」


落ち着いた私にカーティス殿下が家族の肖像画を見せてくれた。

体の弱い母を気遣ってか。椅子に座った母を中心に母のお母様とお父様、オスニエル陛下がいた。

私と同じ燃えるような赤い髪に翡翠の瞳を持つ母は、儚げでとても美しい人だった。

「体が弱くて、元々成人まで生きるのは難しいと言われていたそうだ。だから結婚もそして君を生んだことも彼女にとっては奇跡に等しい出来事だったんだ」

母の部屋で、ソファーに座りながら私の頭を優しく撫でてくれるカーティス殿下。国同士の取引の為とは言え、あのような家に嫁がせてしまったのは無念でしかないと彼が思っていることなど知る由もない私は食い入るように母の絵を見つめた。

「見れて良かったです。母の顔を殆ど覚えていなかったので。できれば忘れたくないです。このままずっとこの目に焼き付けていたいです」

でも、記憶は時と共に風化してしまう。また十年も経てばきっと今みたいに思い出せなくなってしまうのだろうか。それは嫌だなと思っているとカーティス殿下が部屋にある戸棚から手鏡を出した。蓋に百合の花が咲き、雫を模した小さなダイヤが散りばめられている、シンプルだけどオシャレな鏡だ。

「見てごらん、ダリア」

私はカーティス殿下に言われるまま手鏡に移る自分の顔を見つめた。

「君と叔母上はとてもよく似ている。それはこの絵を見れば分かる。ダリア、君が大人になったら、この鏡に映るのは叔母上と同じ立派なレディーだよ」

私は絵の中の母と鏡に映る自分を見つめた。そして、確認するようにカーティス殿下を見つめる。彼は私の不安を取り除くように微笑み、頷いてくれた。

「そうだと、いいです」

そう答えるだけがやっとだった。

「この鏡と絵は君にあげるよ。叔母上もきっと喜ぶ。大丈夫。父上の許可は取ってあるから」

「はい。ありがとうございます」

戴いた鏡と絵を大事に胸に抱きしめると胸のあたりがほっこりと温かくなった。すると自分でも気づかないうちに自然と笑みがこぼれた。そんな私をカーティス殿下は嬉しそうに見つめていた。私はそれも嬉しかった。

私が笑うことで喜んでくれる人がいることがいることが。

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