第19話

「ここが私の部屋だ。と、言ってもあまり使ってはいない」

朝食を終え、陛下は仕事に戻った。カーティス殿下は陛下に言われた通り、私に王宮内を案内してくれている。私とカーティス殿下が並び、その後ろをガルーシアが護衛としてついて来る。

「執務室の隣に仮眠室があって、そこで寝泊まりをしている。仕事が遅くまでかかるから自室に戻るのが面倒くさいんだ」

そう言ってカーティスは無邪気な子供のような笑みを浮かべる。そんな主に散々、苦言を呈して来たのだろう。ガルーシアが不服そうにため息をついた。

カーティスはそれを華麗に無視していた。彼の臣下もなかなか大変そうだ。

次にカーティスは王宮の図書室を案内してくれた。さすがの一言だ。天井に届きそうな程の本棚にたくさんの本が並べられている。ジャンルは様々だ。料理本、歴史、動植物、恋愛、冒険、病気、考古学、美術などに関する本がある。本屋も廃業してしまいそうだ。

「歴代の王族達が集めた本だからな。色んな種類の本がある。ここは誰でも入れるから好きに使うといい」

「はい。カーティス殿下の本もあるのですか?」

「おっ。やっと私に興味が出てきたか?」

カーティスは嬉しそうに私の頭を撫でる。

「歴史や冒険ものだな」と言ってカーティス殿下は幾つかの本を紹介してくれた。

「ここにある本を全て読もうとしたら何十年とかかりそうですね」

「そうだな。さすがの私にも無理だ。父上と司書のレーベルは読破したらしい」

なんと!

レーベルと言うのは図書室に入る前にカーティス殿下から紹介を受けた。

癖の強い緑色の髪。赤茶色の瞳をしていて、縁が赤い眼鏡をかけている。30歳だけど人嫌いで行き遅れのオールドミス。カーティス殿下がレーベルを紹介してくれた時、彼女は不敬にならない最低限度の礼をしてすぐに読書を再開していた。そんなレーベルに慣れているのかカーティス殿下は苦笑していた。

レーベルの後ろにある扉を開けて、中に入った更に奥の部屋には騎士が二人いる。その部屋のドアにはカギがかけられており、厳重に守られている。中には歴史的価値のある本や王の許可がなければ見ることもできない本があるそうだ。カーティス殿下も中には入ったことがないと言っていた。

ここに入れるのは王位を継いでからなんだとか。

「大方。王宮はこんなものかな。じゃあ、次は庭を案内するよ」

「はい」

カーティス殿下に案内された庭には王侯貴族が好む薔薇ではなく紫色のスミレが咲き乱れていた。これは少し意外だった。

「ははは。驚いたか」

目を丸くする私にカーティス殿下はいたずらが成功した子供のような顔で笑った。これは失礼な感想になるので心の中で思うことにするが、少し彼のことを可愛いと思ってしまった。目上の人に抱く感想ではないと思うのだけど。

「母上は派手な花が嫌いだったんだ。楚々と咲く花を愛する人だった。王族は薔薇のようにあでやかである必要はない。この花の様に嵐の中でも咲き続けられる芯の強さを持て」

懐かしむようにカーティス殿下はスミレの花を見つめた。

「母上が言うには、薔薇は頭でっかちの花なんだと。だから些細なことですぐにダメになるんだそうだ」

確かに薔薇は重たいから嵐の中では茎が折れてしまってダメだろう。間違ってはいないけれど身も蓋もないことを言う人だ。

「お母様はどうして?」

「産後の肥立ちが悪くてな。弟を出産したんだけど、残念ながら死産だった」

「そうなんですか」

「ダリアの母上はどんな人だったんだ?」

「あまり覚えていません。ただ、いつも穏やかに笑っている人ではありました。少なくとも私の前ではそうあるように努めていました」

「そうか」

「カーティス殿下はお母様とお会いしてことはあるんですか?」

「幼いころに何度か。お体はとても弱い方ではあったけれど気性の穏やかな方だった。それにとても優しく、君の言うようにいつも穏やかに笑っていたな」

「そうですか」

優しそうに微笑むカーティス殿下を見ると私もここに居た頃のお母様に会ってみたかったと思う。昔はもっと思い出せたはずのお母様のお姿、思い出は時が経つにつれ薄れて行きもう殆ど面影を思い出すこともできない。なんて薄情な娘なんだろうと自嘲する。

「叔母上の部屋は今もそのまま保管してある。今から行ってみないか?」

私が急に黙ってしまったから、お母様を思い出して寂しくなっていると気を遣わせてしまったのだろうか。カーティス殿下が提案してきた。

公爵家にあったお母様のお部屋は豪華だけど、ひっそりとした雰囲気があった。使う必要がないからか、ソファーなども公爵家がずっと使い続けていたものでお母様の趣味ではなかった。

だから、お母様の趣味で作られた部屋に興味があったので私はカーティス殿下の提案に乗ることにした。

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