第18話
夢を見る。
私に優しくしてくれたカーティス殿下。彼が優しく微笑む先に居るのは私ではなく、ベティ。
『・・・・どうして』
ベティが私を見て微笑む。彼女の視線の先に私がいることに気づいたカーティス殿下が私に冷たい視線を向ける。そして、彼は私に何も言わずに歩を進める。そんな彼の腕に抱き着きながら『いいの?』とベティが聞く。
『いいんだ。彼女は要らない子供だから』
その言葉に心が凍り付いた。ベティは嬉しそうに微笑む。カーティス殿下は彼女の頬を優しく撫でる。
『君の方が大事だ』
ああ。そうだ。これが現実だ。
いつもそう。全て手からすり抜けていく。何も残らない。残るはずがない。
ああ。そうだ。だから私は何も要らないんだ。何もなければ奪われることもない。それでいい。初めから何もなければ失望することもない。
遠ざかっていく二人の姿が溶けたロウソクのようにドロドロになって消えていく。真っ暗な闇の中、私だけが存在していた。
夢はそこで覚める。閉じていた目を開けると、うっすらと雫が零れ堕ちた。心に傷はない。だから泣く必要もない。
私は零れる涙を自分から隠すように腕で覆った。
まだ夜も明けきっていない時間帯だった。私はざわつく心を落ち着かせるために深呼吸をした。再び寝る気にはなれなかったのでベッドから出た。
この時間帯に人を呼ぶのも申し訳ないので一人で着替えを済ませた後は窓辺の椅子に腰かけて星を見上げた。空に浮かぶ星は夜の闇を照らしてくれるのに、私の心にある闇は照らしてはくれない。
ずっとそうだ。目の前に闇が広がる。その闇が全てを隠して何も見えない。お母様が死んでからはずっとうそうだった。それでも私は生きていかなけばいけないのだろうか。生きたい理由はない。でも、死にたい理由もない。
お母様が死んで、アンドレアが来て、キツイ躾が行われる。ベティにたくさんの物を盗られた。でもそれは死ぬ理由にはならなかった。
死なないから生きている。お腹がすいたからご飯を食べる。苦しいから呼吸をする。果たしてそれは生きていると言うのだろうか。
そんなことをつらつらと考えているといつの間にか夜が明けていた。暫くしてドアがノックされ、ブリジットが入って来た。
「おはようございます、ダリア様」
「おはよう」
ブリジットは心配そうに私を見つめる。
「あまり眠れませんでしたか?」
「そんなことはないわ。ただちょっと、早く目が覚めてしまっただけ」
ブリジットはしばらく何か言いたそうな顔をしていたけれどそれ以上は何も言ってこなかった。
彼女はミントティーを淹れてくれた。さっぱりして朝にはぴったりのお茶だ。
◇◇◇
時間になるとブリジットの案内で食堂に通された。まだ構造を理解していないので案内なしでは辿り着けない。
「・・・・・」
食卓にはカーティス殿下と彼にそっくりな男性が居た。銀色の髪に紫水晶をはめ込んだような瞳。武官のような体格をしていて、貫禄がある。
「初めまして、ダリア。私はオスニエル」
オスニエルと名乗った男性に私は凍り付く体を何とか動かして王族に向ける最上級の礼を取る。
「お初にお目にかかります、国王陛下。私はウッドミル王国にて公爵位を賜っていますマウロ・スチュワートの娘。ダリアです」
「そう畏まるな。お前は私の姪なのだから」
そう言われても無理だ。本来なら謁見の前で初対面となるはずなのに。なぜ、ここにいる。
「私たちは家族だ。家族に会うのに謁見の間などといった仰々しい場所では無粋だろう」
私の疑問を読み取ったかのように陛下が言う。にっこりと微笑まれるととても優しそうに見えるけれど、相手は国王陛下だ。私はまだ社交界デビュー前だし、あまり邸から出たことがなかったので婚約者であったコーディを除外して、自分よりも高い身分の人に会ったことがない。ましてや国王陛下なんて。緊張しない方が無理に決まっている。
「さぁ、食事にしよう。終わったらカーティスに邸を案内してもらうといい」
「庭も良かったら案内するよ。生前、母が気に入っていた庭で今も欠かさず手入れしている自慢の庭なんだ」
「ありがとうございます、カーティス殿下。とても楽しみです」
まだ硬さが抜けない私に二人は苦笑する。私は二人に着席を促されたので自分の席にいき、二人と一緒に食事をした。
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