第5話
「ここ、ミレーヌ修道院では貴族令嬢の再教育の場として存在します」
そう説明するのはシスター・ロザリア。シャープな顔立ちに細い目を覆う銀色の眼鏡。白髪交じりの灰色の髪をした壮年の女性だ。
シスター・ロザリアはずれた眼鏡を戻しながら私を見つめる。
「あなたのようなご年齢の女性が来るのは初めてですが。それも四大公爵家の血筋の者が」
「・・・・・」
「ここでは身分など関係ございません。家の権力の及ばぬ場所です。あしからず」
シスター・ロザリアが案内した部屋は二段ベッドと机が一つ置かれただけの手狭な部屋だ。まるで物置のような部屋だが、ここではそれが当たり前なのだろう。さらに二段ベッドということは同室。あり得ない。普通の貴族令嬢ならこの状況だけで発狂しそうだ。
シスター・ロザリアは与えられた部屋を無感情に見つめる私を値踏みするかのように見る。
「一つ言い忘れていましたが、一度入ればすぐに出ることはできません。二度と出てこないご令嬢が殆どですが」
「そうですか」
その方が私にとってはある意味幸せなのかもしれない。あの家に戻るぐらいなら。
「・・・・・」
「何か?」
「いいえ」
視線が気になったのでシスター・ロザリアを見上げたが、彼女はすぐに踵を返した。どうやら部屋に案内し終わったから自分の職務に戻るようだ。
私は部屋に入り、ベッドの上に腰を下ろす。
シーツは薄く、ベッドは硬かった。ここに使用人はおらず、全てを一人でしなければならない。着替えを一人でするのは初めてだけど、ここで着れる服はシスター服だけだし、決して一人で着れないような服ではないだろう。
「何、新入り?」
ドアの外から声が聞こえた。視線を向けるとキャラメル色の少し癖の強い髪を左右に三つ編みでまとめている気の強そうな10代の女性がいた。
「随分と小さいのね。名前は?ああ、ここでは家名は名乗ってはいけない決まりだから、名前だけで良いわよ。私はジュリア」
「ダリアです」
「そう。ダリア。よろしくね」
「はい」
そして私の修道院での生活が始まった。
朝5時に起床。礼拝を行い、廊下や食堂など割り当てられた場所の掃除。因みに同室のことは運命共同体のようなところがあり、片方が何かすると二人で罰を受けることになるのでお互いを監視するのだ。だから必然的に一緒に行動を共にすることが多くなる。
同室のジュリアは気位が高く、飽き性で面倒くさがり。そして、ミレーヌ修道院に送られた理由が分かるぐらい根性がひん曲がっている。
「あら、ダリア。大丈夫?」
足を引っかけられて転んだ。頭からぞうきんを洗ったバケツの水を被った。
「やっだぁ。くっさぁい」
そう言ってくすくすとジュリアは取り巻き?と私を笑いあっている。彼女は19歳。13歳の時にここへ送られたそうだ。それでもその性根が変わらないなんて。最初は目も当てられないぐらいひん曲がっていて、今は人並みに曲がっているぐらいに矯正させられたのだろうか。
「ここも一緒に掃除してくださるかしら」
彼女は掃除をしない。自分は貴族令嬢だから使用人のような真似事はしないと言っていた。だから19歳にもなって未だに修道院を出られないのだろう。でも、彼女のような存在に付き合うのは時間の無駄だし、下手にトラブルを起こして評価を下げたくはない。
「・・・・分かりました」
「何よ、生意気な顔ね。親に捨てられたくせに」
自分たちは違うとでも言うのだろうか。
◇◇◇
「あなたは、何も言わないのですね」
掃除を終えた後は朝食、それから作法やダンス、教養などの講義を受け、それらが終わると夕飯までは自由時間だ。みんな思い思いの場所で好きなように過ごしているようだけど、来たばかりの私はお気に入りの場所もないので礼拝堂でボーっとしていた。そこへ、シスター・ロザリアが来た。
「ミス・ジュリアに言われても黙って従う」
朝の様子を見ていたようだ。
「ここへ来る者にはね、大まかに分けて二パターンいるのですよ。まずはミス・ジュリアの様に再教育が必要と判断された女性。次に、あなたのように理不尽な理由で家を追い出された者」
「・・・・私のことを調べたんですか?」
シスター・ロザリアは静かに首を左右に振った。
「ここで働いているとね多くの事情を抱えた女性を嫌でも見ることになります。そうしますとね、目が養わていくものなのです。少なくとも私が見た限り、あなた自身に問題があるようには見えませんわ」
その言葉に私は何かを返すことはできなかった。何かをした覚えは確かにない。でも、父にとっては問題のある娘だったのだろう。それとも私が無実だと本当は分かっていて。前妻の娘の私が邪魔だったからここへ放り込んだのかな。嫌だな、嫌な報告に考えがいく。
「ここはどんなに行いが良くとも少なくとも5年はいなくてはいけません。ここがあなたにとって安らぎの場になることはまずないでしょうが、それでも少しでもそうなるように願っていますわ」
そう言ってシスター・ロザリアは行ってしまった。私は結局、彼女に何も言えなかった。
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