第4話
にやりと父の腕の中で私を見てベティが笑っている。嫌な性格。
「私は暴力を振るっていません」
「まだ言うか!」
父の怒鳴り声に私はびくりと体を震わせる。それでも、やってもいないことを認めることはできなかった。私は震える拳を握り締め、父を睨みつけた。
「私は暴力を振るってなどいません」
バシンッ
「旦那様」
頬が痺れ、熱を持つ。近くにいるはずのメイドの悲鳴がなぜか遠くから聞こえたような気がした。
「お父様、やめて。私が悪いの。私が、きっとお姉さまを怒らせるようなことをしたから」
そう言って父に縋るベティ。父はそんなベティの頭を撫で、愛おしそうに抱きしめる。目には意地悪な姉に虐められる哀れな妹に対する愛情があった。
「ダリア、少しはベティを見習ったらどうだ。ベティはお前にどのような仕打ちを受けても、お前を庇い、姉として慕おうとしているのだぞ。少しは歩み寄りというものをしろ」
「・・・・歩み寄り、優しさ。それを見習えと?」
私はじんじんする頬を抑えながら父の言葉を繰り返した。強い力で叩かれると痛みを感じないことを私は今日初めて知った。痛いのは嫌いなので有難いことだ。
私は真っすぐと父を見つめた。父は私の目にわずかにたじろぐが、直ぐに私の言葉を肯定した。
「分かりました」
「どこへ行く」
私は自分の部屋を出て真っすぐと向かったのはベティの部屋だった。
「きゃあ!何をなさっているのですか、ダリアお嬢様」
ベティ付きの侍女が私の行動に悲鳴を上げた。私の後を追ってきた父とアンドレア、ベティは私の行動に呆然とした。思いもしなかったのだろう。私がはしたなくも人の部屋を散らかすなど。クローゼットを開けて、私よりも上等な、私よりも多いドレスの数に驚いたけど、躊躇わずに引っ張り出し、床やベッドの上に散乱させた。
「うわぁぁぁぁんっ!!」
漸く私の行動に理解が追いついたのか、ベティは邸中に響き渡る声で鳴き始めた。騒々しい。
「ダリア、何をしているんだ」
再び、父は私の頬を叩く。今度は反対の頬だ。その衝撃で口の中が切れたみたいだ。鉄の味がした。気持ちが悪い。
「何って。有言実行ですわ」
「は?」
間抜けな声。間抜けな顔。
「お父様がベティを見習えと言ったから私はベティの行動を真似ただけですわ。彼女ははしたなくも私の部屋に許可もなく入り込み、部屋の中の物を物色したのですわ。現に私の部屋の物が散乱していたでしょう」
泣いているベティに気を取られてあまり気にしていなかったようだが。父は私の言葉に、私の部屋の状態を思い出したようだ。良かった。記憶力の乏しい人ではなくて。
「私、驚きましたわ。でも、さすがはお義母様の娘と関心しましたの。卑しい平民の血が流れているのならその行動も仕方がないと許して差し上げることにしましたわ。私、優しいでしょう。お父様」
父は忌々し気に私を睨みつける。私自身、自分の言葉が良くない言葉だと分かっている。でも、反省するつもりも一度出した言葉を引っ込めるつもりもない。
覆水盆に返らず。先に壊したのはお父様、あなたですもの。
「ひどい、ひどいわ。お姉さま。私、そんなことしていなわ。お姉さまが急に今みたいにご自分の部屋を散らかしたんじゃない」
そう言っていかにも傷つきましたって顔をしているけど、ベティ。ご存知かしら。あなたの目、濡れていないわよ。頬にだって涙の跡がない。とても泣きはらしたとは思えない。綺麗な顔ね。でも、気づいているのは私と味方でもなければ敵でもない。保身第一の使用人たちぐらいかしらね。
「それが、お前の言う優しさだと言うのか?」
「ええ。だって、ベティの優しさを真似ろと言ったのは他ならぬお父様ですもの。これが違う者の優しだってあったのならもっと違った優しさであったでしょうね」
ベティとアンドレアが鬼のような形相で私を睨みつける。ベティ。姉に虐められる哀れな妹はどこに行ったの?演じるのなら最後まで演じないと。ああ。演技の才能がないから大根演技しかできないのね。可哀そう。一層本当にどこかへ逝ってくれないかしら。
「わざと自分の部屋を散らかして、義妹のせいにするその根性。おまけにそれを許すなどと図々しい。その根性をっ叩き直してやる。お前をミレーヌ修道院へやる」
そこは心のひん曲がった貴族の根性を叩きなおすことで有名な修道院。とても戒律の厳しいところだと噂で聞いた。私はアンドレアとベティを見た。彼女たちは満足そうに笑っていた。そしてそのことに彼女たちに背を向けている父はやはり気づいていない。愚かな人。
「それがお父様のお望みならば」
私は一礼して部屋を出た。すぐにメイドに旅支度を命じる。メイドは痛ましそうに私を見ていたけど、何も言わずに指示に従った。
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