第3話

オルゴールは結局、ベティに取られてしまった。そしてもう二度と私の元へ返ってくることはなかった。

父は仕事で家を空けることも多い。アンドレアは父がいない時を見計らって私を自分の部屋へ呼ぶ。私は母からしっかりと躾けられていないから。甘やかされて育ったから。だから、躾のし直しが必要なのだと。

アンドレアは社交界ではつまはじきにされているようだ。四大公爵家の一つでもあるスチュワート公爵家の当主の前でそのような素振りを見せるバカはいないので父は気づいてはいないようだが。

貴族と言うのは血筋を重んじる。だから体を使って父を篭絡し、我が物顔で社交界に出てくる元平民のアンドレアをよく思っていないのだ。けれど、彼女は見た目と家柄さえよければ誰にでも体を開く。本来、そう言った女性を社交界では蝶に例えられるのだが、それはあくまでも美しい血筋を持った正当な貴族の女性の場合のみ。

元平民である彼女は社交界では阿婆擦れの代名詞とされている。

そのことを節々で感じているのだろう。身から出た錆とはいえ。貴族のいじめは陰湿だ。特に女性は。だから、そのストレスが私の躾の最中に現れてしまうことは間々ある。



◇◇◇


ある日のこと。

「ねぇ、何でダリアばっかりこんなにたくさんのドレスや装飾品を持っているの?ずっるぅい」

そう言って、勝手にずかずかと入ってきてベティは私の部屋の物を物色し始めた。傍にいたメイドはその行動にあからさまに眉を潜めた。けれど、注意をすることはできない。

ベティはアンドレアの娘。そして家の人事権は父を誑かした女狐・・・・・失礼。アンドレアにある。彼女の機嫌を損ねれば職を失ってしまう。だから誰もベティに注意をすることができないのだ。

「人の部屋を勝手に漁らないでよ」

私はクローゼット開けて、中にあるドレスをほっぽり出すベティの腕を掴んだ。すると彼女は一瞬驚いた顔をした。そしてにやりと嫌な笑みを浮かべた後、大きな声で泣き出した。直ぐにアンドレアとこの日、休日でたまたま家にいた父が入って来た。

ベティは泣きじゃくりながらアンドレアとお父様に抱き着く。

「どうした、ベティ」

お父様は困惑した顔で私とベティを見る。腕の中で泣いているベティを優しく抱きしめながら。

「お、お姉さまが、私に暴力を」

「何だって!」

困惑していた父の顔がすぐに鬼の形相へと変わり、アンドレアは悲鳴のようなものを上げて、後ろ向きに倒れる。

「奥様」と言って、アンドレア尽きの侍女が慌てて彼女を支える。

「私は暴力など振ってはいません」

唯一証明できるのは私の部屋にいたメイドだけ。でも、彼女は私が視線を向けると気まずそうに逸らしてしまった。事実を言えば、自分が不利になる。でも、嘘もつけない。そんな葛藤が彼女から滲み出ていた。その姿を見て私は確信した。ここに自分の味方はいないのだと。

「嘘よ!お父様、騙されないで。お姉さまは私が卑しい平民の血を引いているって。愛人の子で、この家には相応しくないって」

そう言ってお父様の胸で泣きじゃくるベティ。

「ダリア!フローレンスを亡くしたばかりで可哀そうだからと甘やかしていた私が間違っていた。半分とはいえ血のつながった妹に向けるべき言葉ではない!ましてや、暴力など」

ぎりっと奥歯を噛み締め、私を睨みつけるお父様。ああ。こんなことなら本当に殴っておけばよかった。その方が幾分かすっきりしたのに。

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