第2話
二人きりになると父は私に優しく微笑みかけた。
「ダリア、少しだけそのオルゴールをベティに貸してあげてくれないか?」
いや。だからね、貸すのとあげるのでは全く違うからね。
「嫌です」
「ダリア」
ほんの少し咎めるように父が言うけれど私は首を縦には振らなかった。父もアンドレアと一緒に私の態度に苛立っているのが分かる。
「これはお母様の形見です。なぜ、他人に渡さないといけないのですか?」
「他人じゃない。お前の妹だ」
「いいえ。他人です。少なくとも、お母様にとっては」
「君の母はアンドレアだ」
「私を生んだのはお母様です」
「フローレンスはもういない。死んだんだ」
「はい。私とお父様が殺しました」
パシンッ
父は私の頬を叩いた。幼い身ではその力を受け止めることができずに私の体は後ろ向きに倒れこんだ。叩かれた頬がジンジンとした痛みを私に訴える。でも、本当に痛んだのは頬ではなかった。
「彼女は病死だ」
そう言って怒る父。感情をあらわにするのは少なからず、母の死に責任を感じているからだろうか。母はきっと気づいていた。父の裏切りに。それが彼女を余計に死の国へいざなったのかもしれない。
はっとしたように父は叩いてしまった私と自分の手を見る。そして気まずそうに顔を逸らした後は無理に作ったと分かる不細工な笑みを私に向けた。
「ダメだよ、ダリア。母の死を自分のせいにしては。フローレンスは体が弱かったんだ。君のせいじゃない。これは仕方のないことだったんだよ」
私はあなたと私のせいだと言ったんですけど。何で私だけのせいに変換しているのでしょう。不思議です。
「ダリア。私がアンドレアを妻に迎えたのはね。君の為でもあるんだよ」
「・・・・」
「幼い身で母がいなくては寂しいだろうし、何かと不便だろうから。だから、今は無理でも少しずつ受け入れてくれるとありがたい」
私の、せいにするの。全部。母の死も、アンドレアを迎えなければいけなかった今の現状も、全て。
「ダリア、君はベティのお姉さんだ。姉は妹に優しくなくてはいけない。ベティは今まで、平民として慎ましく暮らしてきた。でも、ダリアは違うだろう」
父は優しく、駄々を捏ねる我儘娘に諭すように言う。
「ダリアは貴族の娘として生まれて、何不自由ない暮らしを送って来た。だから、その幸せを少しベティに分けてあげて欲しい。あの子の気持ちも考えてあげてくれ。ダリア、お父様からのお願いだ。聞けるよね」
「・・・・私は?」
「ん?」
「私の気持ちはどうなるの?」
父は眉間に皴を寄せて、ため息をついた。
「ダリアは、お姉さんだろ」
何かが完全に壊れる音がした。
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